丘から望む風景
広いブラッドフォード家の敷地の中で、僕はその丘がとても気に入っていた。緩やかな斜面を登ると一本の太い樫の木が立っていて、ちょっとした木陰を作っていた。
丘の上はとても風が強く、そのせいで樫の木は少し斜めにねじれていたけれど、それでもしっかり根を張って、その揺るがない存在を誇示していた。
木陰に座って、屋敷を見下ろしていると、その中で起こっている出来事が、とてもちっぽけなことのように思えて、少し気持ちがスッキリする。落ち込んだ時はいつもここにいて、気が済むまでぼんやり屋敷を眺めているのが習慣になっていた。
「ウィリアム様、ウィリアム様」
後ろから突然声をかけられてびっくりして後ろを振り向いた。そこにはノノアさんがいた。
「マリア様がお呼びです。至急いらしてくださいとおっしゃってました」
いつもそうだが、クールな彼女の顔からは感情が読み取りにくい。
「もうすぐ行きます」
「この景色が好きなんですね」
ノノアさんはいつしか僕の見ている方向と同じ向きを見ていた。
「ええ、ここにいると自分がちっぽけな存在だとわかるので安心するんです」
「変なこと言いますね」
相変わらずノノアさんはクールだ。
「あそこにお屋敷が見えるでしょ。中にいると、屋敷の中はとてつもなく広く感じるんだけど、ここから眺めた景色の中では、屋敷は広い敷地の一部でしかなくて、そして……」
それから僕は遠くの方を指さした。
「あそこに見えるのが僕が住んでいた町です。たくさんの人が住んでいるけれど、ここから見るとすごく小さく見えます……」
そして僕は立ち上がって、東の森に視線を移した。
「あそこには、広大な森があって、そのずっと奥には魔族たちの住む場所がある。そんなさまざまな場所がたくさん集まっているこの世界はもっともっと広いんだなって思うと、ちっぽけな僕の悩みなんてなんだか馬鹿みたいに思えて、すごく安心するんです」
彼女は神妙な顔で話を聞いていた。
「今までどうも申し訳ありませんでした」
彼女は僕に向かって頭を下げた。
昨晩は執事のヘンリーとともに使用人たちからも謝罪を受けていた。できるだけ、必要時以外は声をかけたり助けたりしないようにと言われていたのだという。
僕の母もここでメイドをしていたのでわかっているが、貴族の家で使用人は女主人の意向が絶対だ。だから、僕は特に彼らには恨みの感情を抱いていなかった、けれども、彼らにとって本当は心苦しかったのかもしれない。
「その話はもう昨日で済んでいますよ」
「でも、私は自分のことが許せないのです。働き始めの頃、あなたのお母様に一番助けていただいたのですから。それなのに、恩を仇で返すなんて……」
うつむいた彼女の両肩は震えている。いつものクールな様子ではなくなっていた。
「僕は母に言われていたんです。自分のためにこそ、人を許しなさいって」
少し顔を上げた彼女の顔には疑問が浮かんでいるようだった。
「僕は昔っから理屈っぽくて、間違っていると思うことは絶対に許せなかったんです。それで、親友とケンカしてなかなか仲直りできなかったときにこう言われました。相手を許してしまったら、その人だけが得をすると思っているようだけど、あなたのためにこそ、許すことが必要な時があるのよと」
「本当は僕、つまらない意地を張って、親友を失ったことをとても後悔していたんです。だから、相手を許そうと思えた時、とても気持ちが楽になったんです」
「その後、仲直りできたんですか?」
「大丈夫でした。その後、何度も喧嘩はしましたけどね」
僕は笑ってこう言った。彼女はちょっとだけほっとしたような顔をしていた。
「今までのことはもう気にしないでください。それに、知っているんですよ。誰かがそっと日々僕を助けてくれていたことを。お菓子が時々置かれてあったり、部屋の花がその日によって変わっていたり、部屋の中がさりげなく綺麗に片付けてあったり。ノノアさん、今までずっと助けてくれてありがとう」
驚いた表情を見せる彼女を見て、自分の考えが間違っていないことがわかった。不意に亡き母の笑顔が思い出された。
「天国にいる母もあなたに感謝していると思います。だからもう自分を責めたりしないでください」
彼女は深々と頭を下げ、小刻みに震えながら、ただ静かに涙を流し続けていた。
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