和解
父はとても厳しい顔つきでこちらを見ている。母はうつむき加減で父の横に立っていた。姉は後ろの方に立っているようだが、表情はよくわからなかった。
「ウィリアム。これから話したいことがある」
父はかなりおごそかな雰囲気でこう言った。
僕は覚悟を決めてこう言った。
「覚悟はできています。ブラッドフォード家には大変お世話になりました。皆様には大変感謝しています。おかげさまで、この2年間で独り立ちできるだけの力がつきました。すぐに荷物をまとめてここを出て行きます」
その時突然、母が僕に向かってやってくると、思いっきり抱きしめてきた。驚く僕は何もできずにされるががままになっていた。彼女は震える声でこう言った。
「ごめんなさい、ウィリアム。私が悪かったわ」
「えっ」
「私が勝手に勘違いしていたから、こんなことになったのね。あなたにはとても辛い思いをさせてしまった。どんなに謝っても今さら取り返せないのかもしれないけれど、あなたに出ていかれるのはとても辛い、あなたの天国にいるお母さんにも合わせる顔がないわ」
彼女は泣いていた。
「彼女の誤解を解くのに2年もかかってしまった。申し訳ない。今さらだと思うのかもしれないが、もう一度チャンスをくれないか。今度こそ、本当にお前をうちの家族に迎え入れたいんだ」
父も頭を下げてこういった。
僕の心は正直かなり揺らいでいた。もちろん、今までのことがなかったことにはならない。けれど、寄って立つところがない僕にとっては大変ありがたい申し出でもあった。僕は母がかつて言っていたことを思い出していた。
『あなたのためにこそ、人を許しなさい』
そして、僕は母をそっと引き離すと、父に向かって右手を差し出した。
「よろしくお願いいたします」
◇
「どう、うまく行ったでしょ」
翌日、姉の部屋で僕らは話をしていた。
「びっくりしました」
僕は率直にこう感想を言った。
「それにしても、あなた、私の言葉、全然信じていなかったのね。勝手に一人で出て行こうとするなんて」
彼女は腕組みをして少し怒ったような顔をして見せた。
「すいません」
「まあ、いいわ。ちょっと時間かかっちゃったしね。証拠がある場所についてはある程度検討がついていたんだけど、意外と探すのに手間がかかっちゃって。でも、うまく行ったでしょ」
僕が黙ってうなずくと大層機嫌良い顔に戻った。
「父さんもこじれる前に手を打っておけばよかったけど。まあ、今回、色々隠し事をしていることがよくわかったわ。あの人はなかなかの策士ね。母さんについては許してちょうだい。父さんが一番悪いのよ。きちんと説明できない事情もあったんだろうけど」
「僕の本当の父は誰なんですか?」
姉はしばらく、考え込んでいたが、やがて、口を開いた。
「あなたの両親にはまだ秘密がある。それは確かよ」
姉は少し難しい顔をしていた。
「でも、すべての真相に関しては、あなたに今明かすわけにはいかない。イベントを全てこなしてからにしたいのよ。私たちの行動で、未来がどう変わるかわからないしね。例えば、あなたがシャーロットに夢中になって寝返る可能性もある」
「シャーロットって、王立学校に入学してくるゲームの主人公ということですね」
「そうよ、そして、私を破滅に追い込む可能性がある人物」
「僕は姉さんを裏切ることはしませんよ。誓います」
「どうかしら。少なくても、シャーロットとあなたが結婚するルートがなくなったわけではない」
姉は一息つくと、紅茶を口に運んで唇を潤わした。
「それに、私もすべてのことを覚えているわけではないの。前世での古い古い記憶だし、それに、悪役令嬢役は初めてだしね。特に入学前はほとんど情報がないから手探り状態よ。その上、あなたと和解をした時点で、未来が大幅に変わっている可能性がある。油断はできないわ」
「わかりました」
僕は覚悟を決めて姉に従うことに決めた。自分の価値は自分で示す必要があるのだ。姉さんだけではなく、この家のためにも頑張ろうと心に決めた。
姉はスッと椅子から立ち上がった。彼女の影が僕にさしかかる。上から見下ろしている彼女の表情は、やや陰りを帯び、僕を値踏みしているようにも感じられた。
「今度はあなたが私を助ける番ね」
そして姉は腰をかがめて顔を近づけると、耳元で囁くようにこう言った。
「一緒に未来を塗り替えるのよ。ウィリアム」
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