遅れている夕食会
姉との一件から数日が経った。
彼女からいじめられることはもうなかったが、母との関係は特に変わることはなかった。
姉の言ったことは信じられないような話ばかりであったし、正直言ってあまり期待しすぎると、かえって失望してしまうかもしれないと思い、できるだけ考えないようにしていた。
姉は最近、頻繁に外出を繰り返している。
母はもう姉のおかしな行動に対していちいち驚かなくなっていた。僕はいつものように、別棟に住み、静かに本を読んだり、魔法の自主トレをしたりしていた。
魔法には、火、水、土、風、光の5種類がある。基本的には血統にかなり影響を受けるため、貴族によってその得意魔法は異なっていた。
王族は風、ブラッドフォード家は火。開祖が魔族であったヨーク家は水系統だが、特に氷系が得意という特色がある。
庶民は基本的に魔法を使えないが、中には突然変異で、魔法を使えるようになる人物が現れることがある。そういった人物が推薦されると王立学校に入学が可能になった。
学校では貴族の子女と仲良くなるチャンスが転がっているので、才能がある人間は良い就職先を見つけることができた。そのため、子供が魔法を使えると分かると、親は先を争って役人のところに連れて行った。
現在、自分は全系統の魔法を中級程度は使いこなすことができる。これはなかなかのすごいと自分でも思っていた。なぜなら、貴族であっても自分の得意属性以外ほとんど上達しないからだ。
ただ、上級魔法に関しては貴族の家それぞれの直伝ということもあり、自宅にある魔法の本での学習は困難だった。王立学校へ行けはその点は解消されるかもしれない。
もう一つ気になるのはやはり自分が庶民の出ということであった。姉の魔法をかなり前に見かけたことがあったが、背筋が凍るほどの恐ろしい火力だった。あれではまともに戦っても勝てやしない。それほどの能力は貴族の血統で無ければ得られない可能性がある。つまり、いくら頑張っても頭打ちの可能性もあった。
だが今、辺境にでもいかない限り魔物との戦いはほとんどない。戦争にでもなれば、火力の高い魔法が重宝されるが、平和な時であれば、逆に自分のような器用貧乏的な方が役に立つだろう。
と言うわけで、その器用貧乏に磨きをかけるべく、日課である魔法の修行を一通り終え、充実した1日の終わりを静かに自分の部屋で迎えていた。
そして、部屋の窓から真っ赤な夕日をぼんやりとながめていたところで、大変な用事があったことを不意に思い出した。
今日は父がいる日だ。
いつも出張で不在がちの父が今日は自宅にいる。つまり、夕食はみんなで一緒に取らなければならない日だったのだ。
元々自分と、母・姉との仲は冷え切っていたので、父がいない時はなるべく彼らと会わないように、こっそり一人で食べに行ったり、ノノアさんに部屋に持ってきてもらったりしていたのだ。彼女たちもその方が好都合だったのか、特に文句も言われずにいた。
だが、父はとにかく家族一緒の団欒にこだわっていたので、彼がいるときだけはいつも《《家族そろって》》食事を取っていた。
普段はメイドのノノアさんが呼びに来てくれるのだが、今日に限って来なかった。ノノアさんを当てにしすぎて、完全に夕食には間に合わない時間になっている。
「しまった、これはまずい」
僕は慌てて準備をすると、自分の部屋から出て、暗くて冷たい渡り廊下を小走りで駆け抜けていった。
そのまま、食堂に向かって進んでいき、扉を開けた瞬間、先手必勝とばかりに
「遅れて申し訳ありませんでした」
と頭を下げた。しかし、何も反応はなかった。
恐る恐る頭を上げてみると、誰も席についていない。執事のヘンリーは少し困った顔をしながらこういった。
「『しばらくの間、席で座って待っていてください』とエドワード様からの伝言です。ウィリアム様」
「父はどうしたのですか? 母や姉もいないようですが」
「私には、詳しい事情はわかりかねます」
僕はしょうがなく席に座って待っていた。長い時間が経ったが、誰も出てくる様子がなかった。食事は食べていてもいいとのことだったが、なんとなく手をつける気になれず、ひたすら水を飲んで待っていた。コップが空くたびにヘンリーがタイミングよく水を注いでくれる。正直、そんなに水が飲みたいわけではないのだけれど。
いよいよ、これは覚悟しなければいけないのかもしれない。
姉の交渉がうまくいかなかったのかもしれない。本来ならいつ追い出されてもおかしくないような状況だった。来るべき時が来たのか。ずっと前から心の準備はできていたけれど。
そう考えると、少し切なくなった。この2年間、辛いこともあったけど、母を失って天涯孤独になった自分を、庶民であるにもかかわらず、温かい家の中に向かい入れてくれ、さまざまな援助を受けて暮らすことができたのはブラッドフォード家のおかげであった。
いじめられたことも、母や姉の事情を考えればやむを得なかったと思うし、2年前と違って知識や魔法は身に付けている。たとえこの家から追放されてもなんとかできる自信が少しは出てきていた。
今までのこと、感謝しなければいけないな。
そう思った時に、扉が開き、両親と姉が登場した。
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