マリア三つの試練(後編)
アーサーの父親のチャールズ王は女癖の悪いという評判ではあった。可能性がないとは言いきれなかった。三代公爵家が下級貴族から養子を取るのは滅多にないことでもあった。どこかでできてしまった子供を、王家が子供の素性を世間に知られないように変更して、ラナーク家に引き取らせてしまったのかもしれない。
確かにヘンリー・ラナークはフレディ家よりもむしろアーサーに似ているような気がした。王家であるカーライル家は少しクセのある金髪、碧眼でスッキリした顎のラインが多かったのだ。
「もしかしたら、ヘンリー・ラナークは俺の兄かもしれないな。嫌だな、あんな奴。話はしたことがあるが、仲良くなれそうにない」
「問題はそこではない……ですよね」僕がそう尋ねると、
「そうだな」アーサーは顔をしかめてそう答えた。
ヘンリー・ラナークがもし、チャールズの本当の子供であるとなると、話が変わってくる。アーサーがもし死んだ時、場合によっては彼が王位継承者に出てくることもあり得るわけだ。
ポッター子爵の妙な動き、そして、彼を擁護するヘンリー・ラナーク。もしかしたら、裏で動いているのはヘンリー・ラナークなのかもしれない。
僕がそう考えていると、アーサーが僕の顔を顔をまじまじと見つめてこう言った。
「そういえばお前も金髪だったな」
「僕は庶民の出ですから関係ないですよ。金髪なら庶民の中にもたまにいますしね。偶然ですよ」
「ヘンリー・ラナークのようなやつなら、たとえ実の兄だとしてもごめんこうむるが、お前が俺の弟だったら歓迎するぜ」
僕はちょっと苦笑いをするにとどめ、話題を変えた。
「それにしても、アーサー。なぜ、姉さんを好きになったのですか?」
「お前にはわからないかもしれないが、そうだな。他の女とは全然違うんだよ、マリアさんは」
アーサーは急に熱を帯びた調子で話し始めた。
「俺の周囲にいる人間は、上っ面ばかり取り繕っている奴らばかりなんだ」
彼は首を振って嫌そうな顔をした。
「そういう奴ほど、陰で悪口ばかり言ってやがる。だが、そんなことはすぐにわかる。初めて耳に入った時はすごくショックだったけど、最近は慣れてしまったので、まあ、人間なんてそんなもんだと思うようになっていたんだよ」
彼は王太子ということで相当辛い経験をしていたのだろう。
「だけどさ、あの晩餐会の日。俺は彼女の印象を悪くさせて婚約成立しないように仕掛けていたけど。まさか、あんな反応が返ってくるなんて、とてもびっくりしたんだ」
彼はあの時の出来事を思い浮かべるような調子でそう言った。
「最初は腹が立ったんだけど。考えてみれば俺が悪いんだし、それに、目の前ではっきりと本音を言ってくれたのが、すごく新鮮で、嬉しかったんだ」
姉は前世が異世界だったので、この世界では考えられないような常識を持っている。そんな彼女ならばこそ、貴族や王族など関係なくフラットに関係を結ぶことができるのかもしれない。
「”破滅フラグ”って知っています?」
「なんだ、それは?」
(まあ、わからないだろうな……)
「いえ、ただ、いつか姉さんがピンチに陥ったときは助けてください」
「ああ、もちろんさ。だけど、変なことを言う奴だな。マリアさんと似てきたんじゃないか」
「とんでもない、一緒にしないでくださいよ」
そして、僕らは笑い合った。不思議だけど、こんな感じで王太子と親しくなるのも、きっと姉さんのおかげなのだろう。僕にとっては、この貴族社会こそが異世界のようなものだったから。
ひとしきり笑い合った後、急に王太子は真面目な顔つきになった。
「もしさ、王立学校卒業の時、マリアさんに振られたとしても、俺は絶対に諦めるつもりはないんだ。あんな素晴らしい女性はもう現れないかもしれないからな」
「ずいぶん、姉さんに入れ上げてますね。もう少し、冷静になった方がいいかもしれませんよ」
僕はからかうような調子でそう言った。
「俺は絶対に諦めないさ。それがたとえ、お前が相手だとしてもだ」
「冗談ですか?」
彼は無言のままだったが、表情は真剣そのものだった。
◇
「あー疲れた疲れた。あれ、アーサー来てたの」
姉は昨日とは打って変わって、ご機嫌な調子で帰ってきた。
「いよう。うまく行ったようだな」
アーサーは笑顔で声をかける。
「もちろんよ。ねえねえ聞いて聞いて、私、お店の売上最高記録を出しちゃったのよ」
鼻息荒く、両手を腰に手をそえて、仰反るような態度を見せる姉。かなりうまく行ったようだった。
「よかったですね。姉さん」
「この調子で行けば明日は楽勝ね」
「何か昨日と変わったことはなかったですか?」
「全然。特にないわ」
「そうか、じゃあ安心だな。俺は帰るよ」
アーサーはソファーから立ち上がった。
「あら、もう帰るの。いつもはなかなか帰ろうとはしないくせに」
「お前の顔を見て安心した。言いたいことも言えたし。明日は王宮に来るんだろう」
「そうね、明日はばっちりメイド服を見せてあげるわ。でも、仕事中は勝手に見にこないでね」
「ああ、分かった分かった。楽しみにしているよ。いつも通りやれば大丈夫さ」
そう言って、アーサーは帰っていった。
◇
「本当に何も問題なかったんでしょうね?」
アーサーが帰った後に、僕は念を押してみた。姉は油断すると隙が多くなる。だいたいアン王女が与えた試練が、そんなに簡単なものなのだろうか。彼女は明らかに姉との婚約を反対していたはずだ。
「ずいぶん疑い深いのね。まあ、そう言うところが頼りになるところでもあるんだけどね。うーん、そうね。変わったことはないけど、最後にまたスープが出てきたわ。やっぱり、味が全然しないやつ」
味がしないスープ?
昔、庶民だった頃にそんな習慣があったような気がした。確か、終戦記念日に食べるものだった。ブラッドフォード家にきてからは食べた覚えがない。
何か引っ掛かりがある気がする。でもそれが何かは全然分からなかった。
「明日は最終日ですね。王宮の仕事が終わったら、アン王女と会うんでしょう」
彼女は少し身震いして答えた。
「うーん緊張してきた」
◇
そして三日目。メイド服を散々僕に見せびらかしてから、姉は王宮に向かって行った。僕は例によって図書室で調べ物を進めていた。第13次魔物対戦の時の資料は比較的多く見つかったが、アン王女自体の話については、目新しい情報はあまり見つからなかった。
新たに分かったことは、戦争中、魔物による人的被害は多かったものの、実際には農作物の被害がより甚大だったこと。そのため、魔物に殺された人たちより、実際には《《餓死して死んだ人の方が多い》》ということだった(現王妃の実家である《《カーディフ侯爵領が最も餓死者が多かった》》)。
これ以上の事は、書物だけで調べるのは難しいのかもしれない。
ちょうど、夕刻になった。姉の仕事が完了する時刻だ。
アン王女に会う前に、姉と話をしたほうがいいかもしれない。そう僕は思ったので、使用人に馬車の準備をしてもらい、王宮へと向かうことにした。
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