マリア三つの試練(中編)
試練の初日 すっかり日も暮れたあと、姉は帰ってきた。
泥だらけの姿で玄関に倒れ込むと、メイドたちが彼女を部屋に連れていった。しばらくして部屋を訪問すると、ベッドで寝込んでいる姉の姿があった。
「もうだめ、すぐにでも死んでしまいそう。さようなら、ウィリアム。来世で会えたら、また、よろしくね」
「何言っているんですか姉さん。明日は街に行くんでしょ」
「もういいわ、アーサーに何を言われても絶対にこの部屋から出ない。私はこのまま部屋で一生暮らす」
そこで、僕はヒーリングの呪文を使い、彼女を回復させてあげた。姉はすぐさま、飛び起きて、部屋を出て階下に降りて行った。僕もついていくと食堂で食べ物をむさぼり食べている姉の姿が見えた。
「大変でしたね」
「大変なんてもんじゃないわよ。朝から晩まで働かされて、とにかく容赦ないったらありゃしない、最後に何か食べ物を出されたと思ったら、味も何もしないスープをだったわ。馬鹿にするにも程があるわよ」
まあ、なんだかんだ言っても、仕事自体はちゃんとやってきていたようで安心した。
「それで、そんなにお腹が空いていたんですね」
「あなたのおかげでなんとか回復できたわ。明日は商人の家でお手伝いだから、今日よりはマシな気がする」
満腹したせいか、少し元気が出てきたようだ。
「あと二日、がんばりましょう」
「まあ、やるしかないわよね」
姉は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
◇
試練二日目、姉は町娘の格好をして自宅から出発していった。
夕方ごろにアーサーが自宅にやってきた。姉は不在だったので、応接間に通してもらった。僕の部屋は離れにあり手狭で薄暗く、あまりいい場所ではなかったからだ。
「いよう、ウィリアム。元気にしていたか?」
「まだ、姉は帰ってきていませんよ」
「知っているよ。だけどさ、なんだか、心配になってさ。来ちゃったんだよ」
彼はいつもの調子でソファーにどっかりと腰を下ろし、背もたれに身を委ねた。
「それにしても、久しぶりですね」
僕も椅子に座ってそう切り出した。アーサーは試練の後に一度きたきりで、しばらくこちらに顔を見せてはいなかったのだ。
「ああ、実はこの間のことで、色々と問題になっているんだ」
「この間?」
「魔の山の件だよ、魔の山の」
アーサーが試練を受けた場所だった魔の山。オークの大群が現れたり、サイクロプスが登場したりと、あのときはとんでもない状況だった。山の周囲に住んでいるオークはともかく、サイクロプスは魔王が使役していた魔物の一つで、なぜ、王国領内に現れたのか、大問題になっていた。
そこの領土を収めているのは、ポッター子爵だった。
魔の山は王国の辺境に近く、魔族たちに対して警備をするのは、そこの領主の役目でもあった。そのため、貴族たちの間で、怒りの声がかなり上がっていた。
しかし、ポッター子爵は少々の罰金刑で済まされ、実質的には不問に付されていた。王族たちもかなり憤慨していたが、どうしようもなかった。なぜなら、審問会は貴族による貴族を裁くシステムで、王族は実質的に審問会から排除されていたからだった。
アン王女が王として国をおさめていた時、貴族に対して罰則が強化されていた。貴族たちの反発は相当だったようで、彼女が王を辞めてからシステムが変更になっている。三大公爵家が審問会の裁判官を務めることとなり、彼ら全員の意見が一致しないと、貴族に対して厳しい罪を問うことができない。今回は、ラナーク家による反発により、罪がかなり軽減されていた。
「ラナーク家は、ポッター家とかなり密接につながっているらしいよ。母さんもかなり怒っていたけど、どうしようもない」
「それはいいんですが、妙ですね。ラナーク家は昔から王族との繋がりが強いところだったはず」
アーサーは背もたれから体を起こして、声のトーンを抑えてこう言った。
「今のラナーク家当主 ヘンリー・ラナークのことを知っているかい?」
「いえ」
話だけは聞いていたが、本人にはあったことがない。
「奴は下級貴族フレディ家からの養子だと言われているんだが、何か妙なんだ」
「何がです?」
「フレディ家の誰とも全く似てないんだよ」
フレディ家は皆、黒髪か茶髪で、目の色も皆黒だった。輪郭も違って、エラが張っていて四角い顔立ちの特徴的だった。背が低く体つきも皆ゴツゴツしている。対して、ヘンリー・ラナークは金髪、碧眼のほっそりとした美丈夫であまり似ていない。
「ここだけの話だけどな」
アーサーは意味ありげな風にしてささやいた。
「俺の父親の隠し子なんじゃないかって噂されているんだ」
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