マリア三つの試練(前編)
「はー、疲れた。疲れた」
姉はソファーにいきなり倒れ込んで、足をバタバタさせていた。
姉は王宮に呼び出されて、今、帰ってきたところだった。
「大丈夫でしたか」
「大丈夫も何もないわよ。明日は私、農作業に行かなきゃならないわ」
姉の言っていることがよくわからなかったので聞いてみた。
「どういうことですか?」
「どうもこうもないわよ。試練なんだって」
「試練…ですか?」
「そうよ」
姉はため息をついてそう答えた。
◇
急な呼び出しは先代の王、隠居していたはずのアン王女からのものだった。そして、王宮で彼女から直々に言われたのは、『アーサーと婚約するつもりなら、試練を受けなくてはいけない』ということだった。
「どんな人でしたか?」
「何かこう、普通のおばさんっていうか、周りのみんなは萎縮しちゃってたけど、私からしたら、そんなに怖くは感じなかったわ」
「えっ、そうなんですか」
ちょっと拍子抜けした感じはしたが、姉に対する印象は悪くなかったのかもしれない。
「綺麗な人だったわね。60は過ぎてるっていうけど、とてもそんな風には見えなかったわ。下手したら王妃より若いように見えたわね。30代って言っても分からない感じ。ただ、先だっての対戦で、魔王の呪いを受けたせいかわからないけど、両足がもうあまり動かなくなっているっていう話よ。車椅子の生活なんだって、アーサーが言ってたわ」
「そうですか、で、どんな話をしたんですか?」
「王や王妃は婚約のことを承認しているが、私には事前に聞かされていなかったと。それで、どんな人物かわからないと困るので、家族に迎えるに相応しいかどうか試練を受けてほしいと言ってたわ」
「なるほど」
ようやく、話の意味がわかってきた。
「明日から三日間。働きに出なくちゃいけないのよ。一日目は農家の手伝い。二日目は街に行って商売の手伝い。最終日はお城でメイドの仕事をしなきゃならないのよ。本当に面倒なことになってしまったわ」
庶民派と言われるアン王女だけあって、試験としては何となく分かるような気がした。ただ、姉は前世では庶民だったようだが、だいぶ貴族の生活に慣れ親しんでしまっている。果たしてうまくやれるのだろうか。
「手を抜いちゃいけませんよ。きっと農家の人以外に、監視に来ている人もいるはずですから」
「わかってるわよ。アーサーには申し訳ないって何度も謝られたし、しょうがないわね、やるときはやる女よ。見ててちょうだい」
姉はいつになくやる気を見せていたが、僕の中ではいやな予感が湧き上がっていた。
「僕が見に行かなくても大丈夫ですか?」
「子供じゃあるまいし、危険もないから大丈夫よ。大丈夫」
姉の顔には一片の曇りもなかった。
◇
姉の試練一日目
姉のいないうちに、アン王女のことを調べてみた。
アン・カーライル 63歳 第27代の王。
現28代の王チャールズ・カーライルの異母姉
第26代の王 ヘンリー・カーライルの長女として生まれる。
幼い頃から、剣や魔法の才能あふれていて、成人になる頃には王国中でかなうものはいなかった。
ヘンリー王は四人連続で女児が生まれ男児に恵まれなかった。そこで、彼女は女性としては異例の王後継者として育てられていた。
しかし彼女が20歳の時に、二人目の王妃であるエヴァから男児誕生。その後はあっさりと後継者の道が閉ざされ、ラナーク公爵領の当主 ディビッド・ラナークと結婚した。
彼女の運命が変わるのが、25年前に第13次 魔物対戦が勃発した時で、この頃は彼女が38歳。すでに夫は亡くなっており、そのままラナーク領にて平穏な生活を送っていた。しかし、最強の魔王とも言われている魔王ベ・アルドが王国領を強襲し、次々と侵略を開始していった。
対するヘンリー王は賢王として知られ、数々の魔物との対戦で相手を退けていた歴戦の王だったが、魔王ベ=アルドの策にはめられて不覚をとり、王国の主力メンバーともども戦死。王国内は大混乱となった。
魔王の侵略だけでなく、後継者選びでも王国は危機に直面していた。
なぜならば、王妃エヴァが生んだ子供、王後継者のチャールズ・カーライル(アーサーの父、現王)は弱冠18歳、その上、全ての面において凡人であるだけでなく、女性遍歴がひどくて社交界でも相当な悪評が立っている人物だった。このまま後継者として選んでも、平時ならともかく危急の際に役に立つとは到底思えない人間だった。
そこで、アン王女を王宮に戻して王位につかせろという運動が起こったのだった。
次々と領地を侵略され、危機感を持った貴族たちは平和ボケした老貴族たちを排除することに成功、アン王女が40歳の時、第27代王に就任。すぐさま魔王軍との戦いに出立すると、主力メンバーのほとんどを失っていたにも関わらず勝利を重ねることになった。そして激しい巻き返し作戦ののち、3年後、ついに魔王を倒し、魔王軍は崩壊したのだった。
その後も彼女は休むことなく、王国内の復旧作業に従事。さらに、疲弊した庶民を助けるため、貴族たちの横暴を制限する法律をだしたりと、貴族たちの批判をものともせずに突き進んでいった。
そして、2年間、彼女は王としての役割を十二分に果たしたのち、チャールズに王位を継承、隠居生活に入ったのだった。
隠居の理由については、貴族の反発が広がっていたという説や、魔王の呪いにより身体が侵されたため、激務につけなくなったなどの説もあった。しかし、本人が口を閉ざしたままなので真偽は不明である。
本には最後にアン王女本人の言葉が載っていた。
「人は誰しも失敗を繰り返すもの。だから、失敗することが問題なのではなく、その後の人生で取り返そうとしないことが問題なのだ」
◇
「うーん。どこからどう見ても立派な女王だったようだな」
僕は考え込んだ。アン王女は庶民派と言われている。その理由は庶民に対する貴族の権利を制限する法律の制定や、戦後貴族たちから強制的に税金を取り立てて王国領の復旧作業にあたったことにある。なぜ彼女は貴族たちに嫌われてもそのようなことを行ったのだろうか。
彼女の権力基盤は脆弱だった。ただでさえ女性ということで反発されていたはずなのに、なぜ、貴族の人気取りに走らずに庶民のために戦ったのだろう。そして、逆に庶民のことを考えているなら、どうして、簡単に王位を暗愚と言われている人物に継承してしまったのだろう。単なる陰謀には屈するような人物には思えなかった。何かがあるのかもしれない。
そこでもう少しアン王女のことを調べることにした。
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