謁見の間
昨晩は王宮内でゆっくり眠ることができた。今日は試練の結果についての報告となっていた。現王は病気がちのため、代わりに王妃との謁見になっている。
王太子の試練なので、僕やジョージは部外者だったが、アーサーを助けたことによりこの場に招かれていた。
「うーん、緊張してきた。母さんはどう思ってるのかなあ」
アーサーは少し落ち着きのない様子を見せていた。
「昨夜は会ってなかったのか?」
ジョージがそう言った。
「ちょっと顔を合わせただけだったな。こっちも疲れていたし。でも無事でよかったと言われたよ。ほっとした顔をしていたような気がする」
「じゃあ、問題ないですよ。トラブル続きではあったけど、皆死なずに生還できましたからね。むしろ、すごいと思いますよ。いきなり実戦でしたし」
僕がそういうとアーサーはほっとした顔をした。
「悪いが、俺は女のいうことなんか信じられないな。いいこと言ってたって後でなかったことにされるのがオチさ。期待しすぎない方がいいぜ」
「ジョージは女性に対して何か嫌なことがあったんですか?」
「別に…一般論を言ったまでさ」
そういうとジョージは横を向いて黙ってしまった。
「試練に成功したら、なんでもいうことを聞いてくれるって言っていたけど、別に何か褒美が欲しいわけじゃないんだ。ただ、一人前だって認めてもらえれば」
「大丈夫ですよ」
それから3人は衛兵の一人に促され、謁見の間に入った。
◇
玉座には王妃が座っており、こちらを見下ろすような形になっている。両脇にはズラリと護衛の兵が身動き一つせず立っている。王妃の隣にはハイマンが立っている。報告はすでに終わっているようだ。
アーサーを先頭に、右後ろにジョージ、左後ろに僕がひざまずき、頭を垂れて礼をした。
「皆、顔をあげてください。この度の活躍は大変嬉しく思います」
王妃の一言で我々は顔をあげた。彼女は微笑みながらこちらを見ていた。
「ジョージ・レスター」
「はい」
「あなたは剣聖ジョン・レスターの息子に恥じない働きをし、アーサーをよくぞ助けてくれました。あなたがいなかったら、アーサーは生きてはいなかったと思います。王妃として母として、大変感謝しています。褒美に関しては後日、届くと思います」
「はっ」
「ウィリアム・ブラッドフォード」
「はい」
「その無尽蔵の魔力で、支援や治療など幅広い活躍をしたと聞いています。庶民の出身とはいえ、ブラッドフォード家は良い人材を養子にしました。これからもアーサーのことを支えていただけると助かります。何しろ、ブラッドフォード家とはこれからも懇意にしていきたいと思っていますからね」
「お褒めの言葉をいただき、ありがとうございました」
「そして、アーサー」
「はい」
「この度は、不測の事態にあっても、皆を引っ張って勝利に導いたと聞いています。ハイマンも絶賛していましたよ。母は大変嬉しく思っています」
「はい」
アーサーの頬は少し紅潮していた。とても嬉しそうな表情を見て、本当によかったなと僕は思った。
「しかし、試練は失敗と判断します。あなたはまだ修練が足りません。これからも気を抜かずに精進することを求めます」
えっ、という顔をしたアーサーはその場で立ちつくしていた。その時、右横にいたジョージが立ち上がった。
「試練が失敗したとはどういうことですか?」
周囲の衛兵の表情が一変し、緊張感が漂うが、王妃は特に驚いた様子も見せずにこう答えた。
「試練の条件に照らし合わせると、成功条件の全てを満たしていません。もちろん条件は知っていますね」
確か、条件は①頂上にある印を一人で取りにいくこと、②誰かの助けを受けてしまった時点で失格、③日が沈む前に帰還する、だったはずだ。
確かに全てにおいて失敗しているが、しかし、あんな事態が起きたなら、生還できただけでも成功と言えるのではないだろうか。
「あんたらの設定した遊びのような試練とは訳が違う。あれだけの敵を相手に一人で戦って日暮れまでに帰ってこいっていうのかよ」
ジョージは怒りを込めた調子で叫んだ。
「試練は試練です。それに、真の王であれば、どんな状況でも対処できる必要があるとは思いませんか?」
「なんだと、戦場で戦ってもいないお前が、偉そうな口をたたきやがって」
激昂して詰め寄ろうとしたジョージの前に、たちまち兵が殺到してきた。
「待ちなさい」
王妃が命じると衛兵はジョージから少し距離を置いたが、警戒は緩めようとはしなかった。
「その無礼な態度は、このたびの戦功に免じて、許してさしあげましょう。しかし、二度目はありませんよ」
ジョージは王妃を思いっきり睨みつけていたが、それ以上何かをしようとはしなかった。
アーサーの方を見ると少しうなだれている。顔つきは暗くなっていて失望の色がありありと浮かんでいた。
(このままではいけない)
僕はその場で立ち上がった。
◇
「王妃殿下、申し上げたいことがあります」
立ち上がった僕の顔を見て、王妃は眉間に皺を寄せた。明らかに不機嫌そうな顔だった。
「まず、第一に王妃殿下にとっての理想の王とは何でしょうか?」
「先ほども言った通り、どんな状況でも対処できて最善の結果を出すのが真の王といえましょう」
「アーサー殿下は臨機応変に対応していました。少ない兵力をもとにきちんと対策をたて、最終的には敵の指揮官を撃破し大軍を追い払いました」
「しかし、ジョージやあなたがいたからそのようなことが可能になったのではないのですか?」
「ジョージは剣の腕は確かですが、独断専行が過ぎるとことがあります。アーサー殿下の的確な指示なしで戦っていたら、魔剣を振り回しすぎて、すぐに魔力切れで敵に捕まっていたでしょう」
僕は一呼吸おいて、話を続けた。
「僕に関しては魔法を使うのに集中力が必要な状態でした。彼の指揮のもと、攻撃から守っていただいたおかげで、効率よく援護を行えたと思います。また、救護が必要な味方の治療の指示を行い、負傷した兵士の代わりを務め、味方の隙が生まれないように目を配ったりと、彼は指揮官としての才能を十分すぎるほど発揮していたと思います」
「ですが、アーサーは剣の腕も魔力の方もいずれも中途半端で、秀でたものがありません。王として、軍の先頭に立って戦える力がなければ、誰もついてはこないでしょう」
王妃は反論をしてきたが、もちろん、うなずくわけにはいかない。
「それに関しても異議があります。最終場面でサイクロプスを倒したのは彼です。魔法においては未熟であるのを承知で、僕らを置いて逃げ出さず、成功する確率が低いのにもかかわらず、猛然と敵が迫ってくる中、難易度の高い呪文を成功させるのは並大抵の度胸がなければできないことです。さらに言うと、絶望的な状況の中、全く動じた様子を見せずに味方を鼓舞し続けていました」
「それでも…」
「僕が思うに、王妃殿下の理想の王とはアン王女のことではないですか?」
王妃の表情が凍りついた。
「確かに彼女は、剣の腕も魔力においても王国に比肩できる人間はいません。そして、彼女は単独でも多くの戦功を挙げ、指揮をすればどんな不利な状況でも、最終的には全ての戦いに勝利を収める。伝説級の英雄です。ですが…」
王妃は黙って話を聞いていた。
「今、アン王女は隠居の身です。戦いにさえ出られるかどうかもわからない。そして、平和になって20年。彼女の代わりになるような人物は現れましたか?」
王妃は静かにこちらのいうことを聞いていた。
「たとえば、今、魔王が復活したとして、倒せるような人物はいますか? 魔物の大集団に対して、平和に慣れ親しんだ貴族たちをうまく指揮することのできる人物はいますか? そして何より、恐怖で震えている民衆に対して、励まし、奮い立たせるような人物はいますか?」
僕は畳み掛けるように話を続けた。
「確かに傑出した人物は大切ですが、あまりに全てにおいて優れている人物がいる場合、周囲が萎縮したり依存したりします。そんな環境では決して良い人材は生まれません。それは王妃殿下も同じお考えであると僕は確信しています」
王妃がかつて晩餐会で語っていた話を思い出しながら僕は話を続けた。
「アーサー殿下は自分の力がまだ十分ではないのをよく知っていて、いや、それ故にうまく周囲の力を活かしていました。皆の気持ちを一つにまとめ、先頭に立って戦ってくれました。そのおかげで、今この場で生きていることができています。そしてまた、アーサー殿下はもちろんですが、僕は同時に王妃殿下にも感謝を捧げたいのです」
「私が……なぜ?」
「王妃殿下の長年の並々ならぬ努力と思慮深い導きにより、アーサー殿下は覚醒し、真の王への道を歩み始めました。その瞬間を目の当たりにできたことを私たちは光栄に感じ、そして王妃殿下に感謝したいのです」
しばらくの間、王妃は黙っていた。声を発するものは誰一人いなかった。静寂が続いた後、彼女はようやく口を開いた。
「アーサー」
「はい」
「この度の戦い、見事でした。試練に合格したと認めましょう」
「ありがとうございます」
アーサーの声は震えていた。
「いつの間にか、一人前になっていたのですね」
王妃は目に涙をためながら、慈愛に満ちた表情でアーサーを見ていた。それは王妃というよりも、母の顔そのものだった。
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