魔の山
アーサー王太子の試練の日になった。
鬱蒼とした森の中を僕は歩いている。早朝のため、まだ涼やかな風が吹いているが、やがて日中にはかなり気温が上がりそうな感じの晴天だった。
アーサー王太子は魔の山の頂上に向かって歩いていた。僕は姉の依頼を受け、彼に見つからないようにできるだけ離れた位置で後を追っている。
王太子は特に恐れる様子も見せず、どんどん道を進んでいっている。この調子であれば昼過ぎには頂上に到着しそうだ。不用心な様子は少し気になったが、かといって忠告しにいくわけにもいかない。少しもどかしい気持ちだった。
道は比較的単純だったが、結構な距離があり、標高もそれなりにあるので、アクシデントが続くと間に合わない可能性がある。ただ、何事もなければ、日の沈む頃には帰って来られるだろう。
そんなことをぼんやり考えながら、ふと、王太子の方を見ると姿がなくなっている。
(まずい)
僕が前方に走り出そうとしたとき、後ろからガシッと右肩を掴まれた。
びっくりして、後ろを振り向くと見たことのない少年がいた。全く気配を感じなかった。
長身でがっしりとした体躯は少年というよりは青年に近かった。精悍な顔つき、紫色の瞳は深く澄んでいる。青みがかった長い黒髪はサラサラと風に流れていて、光の加減によって毛先が紫色に見えた。貴族らしくないラフな格好で日に焼けた胸がはだけ、腰には長い剣をぶら下げている。
「お前、気配を消すの下手だな」
「いったいどこから?」
「どこって、さっきからそばにいたぞ」
彼の口元に少し笑みがこぼれている。
「それよりも、王宮の奴らに見つかったらアーサーが失格になるんだからな。もう少し気をつけるんだな」
「あなたは誰ですか?」
「俺の名前はジョージ・レスター。アーサーとは親友であり、剣の師匠でもある」
彼はフフンと少し背中をそらして自慢げな顔をした。ジョージ・レスター、間違いない、ターゲットの4人のうちの1人だった。
◇
「王太子の姿を見失ったんです」
「大丈夫、ほら、あのあたりにいるから」
彼が指差したところに王太子の姿があった。一時的に道を外れて何かをしていたらしい。今は元の道に戻って歩き始めていた。僕は落ち着いて自己紹介をすることにした。
「初めまして、ウィリアム・ブラッドフォードです」
「そうか、お前がウィリアムか。アーサーから話は聞いている」
彼はにっこり笑って右手を差し出した。握り返した彼の手は力強かった。
「アーサーはお前のことを評価していたぜ。呪文がなんでも使えるんだってな」
「それほどでもないです。上級の魔法については魔法教本にも書いてないことが多くて、まだ使うことができないです」
「ってことは、今まで独学でやってたのか。それはすごい」
「所詮自己流ですから」
「俺も剣の腕には結構自信があるんだ。まあ、あと2、3年もしたら剣聖になっている予定さ」
剣聖は王国では一人しかなれない。代々、剣聖が認めたものがその座を譲ることになっている。現在の剣聖はレスター伯爵、彼の父親だった。
「すごい自信ですね」
「もちろん。俺は天才だからな」
冗談とも本気とも取れるような口ぶりだったが、自信満々の態度ではあった。
「よく、王太子の動きを把握していますね」
「俺の目は特別だからな。だが、戦いに勝つには見るだけじゃ足りない。俺の強みは相手の気配を感じることさ」
「気配?」
「感情の動きが気配さ。例えば、あそこの藪を見てみな」
彼が指差した先には藪があったが、特に何もないようにも思えた。それでもしばらく黙って見ていると、一瞬、不自然に木の葉が揺れたのがわかった。
「なんですかあれは。動物ですか?」
「あれは王太子の護衛の一人だよ」
こともなげに言う彼の表情は相変わらず涼やかだった。
「試練だと言っても王候補は彼一人、危ない目にあわせるわけないじゃないか」
「じゃあ、この試練っていったい……」
「おおかた、アーサーを早く一人前にしたい王妃の策略だろう。まあ、あの女が考えそうなことさ」
「なるほど」
結局のところ王太子は、王妃の手の上で操られていただけだったようだ。試練に合格したら王太子の言うことを聞くと言っていたようだったが、婚約阻止の話など、うまく試練を潜り抜けたとしても取り合ってくれないのではないか。
「そろそろいくぜ」
ジョージに促されたので、またアーサーのあとをつけようと動いたがすぐに止められた。
「そっちじゃない。これからは回り道をする」
「どうしてですか?」
「この先はもう王の護衛だらけさ。まあ、見つかったら面倒くさいことになってしまう」
「確かに」
「どうせ頂上あたりに適当な魔物でも用意していると思うぜ。この辺りには魔物なんかもうほとんどいないから試練になんてなりゃしない。まあ多少いたとしても、今の王太子ならいい勝負ができる。何せ俺がしごいたんだからな」
そこまでの話を聞いて、姉の心配も杞憂に終わりそうな気がした。
「あまり見に行っても意味がなさそうですね」
「俺はいくぜ。だって面白いじゃないか」
そういうと、彼は脇道に入りどんどん進んでいった。結局僕もついていくことにした。道は険しかったが、彼はまるで何事もないように速度を落とさず進んでいく。ついていくだけで精一杯だった。
かなり上ったところで、後ろを振り向いてみると木々の間から遠くの景色が見えた。もしかしたら頂上はもうすぐなのかもしれない。気がつくとジョージが立ち止まってこちらを見ていた。
「見つかっちまった。どうする?」
周囲に人がいるような気配は全くしなかった。しかし、僕が見回していると、いつの間にか目の前に王太子の従者の一人が現れた。王宮で見たことがある。確かハイマンと言われている人物だった。
「困るなあ、君たち」
彼は少し顔をしかめていた。
「やあ、すいません。道に迷ってしまって」
ジョージはニヤニヤしながらそう言った。
ハイマンは困っている顔をした。
「君たちには関係ないことだ。試練は神聖なもので関係者以外は立ち入り禁止だ。そもそも、魔の山に勝手に入ることは禁じられているはずだ。早く立ち去りたまえ」
「俺たちは関係者ですよ。二人ともアーサーの友人なんだし」
「邪魔しないようにしますので、遠くからでも見せていただけませんか」
僕もジョージと一緒に頼んでみた。
「だめだ、だめだ。遊びじゃないんだから、早く立ち去りなさい。さもないと強制的に下山させるぞ」
僕らは顔を見合わせた。まあ、勝手に見にきている身では仕方がない。
「つまんねえな」
ジョージがそう言ったが、ハイマンは腕組みをして返事をする気配はなかった。
そこに、王太子の護衛の一人が駆け寄ってきた。装備はボロボロで、肩から血がしたたっていて、息苦しそうにしていた。
「隊長、大変です。すぐにきてください。オークが、オークの大群が頂上付近に現れました」
「そんなバカな。この辺りに魔物の大群なんかいるものか」
「現場にいる者は皆集まって防戦しているところです。私は助けを呼ぶため、なんとか奴らの隙をかいくぐってきました。隊長お願いします。早く…」
その後、ゲボゲボと吐血して護衛の一人はその場に座り込んでしまった。
「わかった、今行く。おい君たち」
「はい」
「すぐに下山して、救援を頼みに行ってくれ。我々は王太子を助けにいく」
そう言うとこちらの返事も聞かず、ハイマンはすぐにこの場を去っていった。僕はヒーリングの魔法を唱え、護衛の人の治療を始めた。
「ジョージさん、先に救援を呼びに行ってください。もうすぐ治療が終わりますから、僕も続きます」
「うーん」
ジョージは考え込んでいた。
ヒーリングの施術が終わり、護衛の人を木陰に横たえた。息が落ち着いてきたようなので、もう少し寝かせておけば回復するだろう。
「大軍って言っていたな。今から救援を呼びに行っても間に合わないじゃないか。俺は一走りしてアーサーを助けに行く」
そして、彼は一直線に頂上に向かって駆け抜けていった。僕も少しちゅうちょしたが、護衛の人の治療自体は終わっているので、すぐにジョージの後をついていくことにした。
ジョージの言っていることは確かにもっともで、王太子助からなければ救援を呼んだ意味がなくなってしまう。戦いの状況も把握しておきたかった。
その後、僕らが山の頂で目にしたものは、見たこともないような惨状だった。
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