夏を前にして
今日はゆっくりと朝から自分の部屋にこもっていた。目の前にはノノアさんの持ってきた朝食と紅茶のカップが置かれてある。
別に母や姉と食事がしたくないと言うわけではなく、最近いろいろなことがたくさんありすぎて、少し疲れてきていたからだ。
自分が追放されそうになっていたこと、姉が転落から急に人格が変わってしまい、その後に転生話を打ち明けられたこと、姉の活躍により家族と和解できたこと、晩餐会を通じて、目標の一人であった、アーサー王太子と仲良くなったこと。
非常に順調に行っている。むしろ、順調すぎるような気がした。待遇はもちろんのこと、家族仲は非常に良くなったし(むしろ母は自分にベッタリになってきている)、アーサー王太子も頻繁にブラッドフォード家に出入りして、楽しく過ごしている。王太子に関してはおそらく王立学校に入学した後も敵対することはないと思えた。
たが、まだまだ、課題は多かった。
残りの二人、剣聖ジョージと侯爵ジュリアン。どちらもあまり接点がない。特にジュリアンはヨーク家であり、ブラッドフォード家とはライバル関係にある。容易に接近できないだろうし、恋愛関係となるとさらにハードルが高い。姉の魅力で何とかすると言っていたが、どうだろうか。
そもそも、4人全員攻略可能なのはゲームの主人公であるシャーロット・ブライトンただ一人であり、彼女でもない限り、アーサー以外そう簡単に恋仲になるのは難しいはずなのだ。
せめて、彼ら二人と交流関係を結んで、恋愛関係まで行かずとも、友好関係を結べたら……
コンコン
ノックの音がした。
◇
「愛しのマリア姉さんよ。入っていい」と僕が返事をしないうちに勝手に姉が入ってきた。
左側で結んで流している艶やかな栗色の長い髪、エメラルドのような美しい瞳や長いまつ毛、顔はまだ丸みを帯びていて少女のようなあどけなさを残している。鮮やかな青い薄手のワンピースの裾からはほっそりとした長い手足が伸びていた。
確かに、これから王国一二を争うような美しい女性になるのは間違いないと言われているのも、あながち嘘ではないと思われた。
まあ、黙っていればね……
「何をじっと見ているのよ。ウィリアム。もしかして、私に惚れちゃった?」
「まあ、その自信があれば、残りの二人もなんとかできるかもしれませんね」
僕はすましてこう答えた。
「虚勢でも張ってないと、この世界では生き残れないからね。はー、元の世界に戻りたいものだわ」
季節はもう夏を目の前にしていた。爽やかな風が窓から入り、カーテンを揺らしていた。
「前の世界では何をしていたんですか?」
「ああ、そうね。あまり言ってなかったものね。そうねえ、学校に行ってたわ。王立学校みたいに貴族が集まるところではなく、普通の人が勉強を学ぶの」
「庶民が…… ですか? 何のために」
「まあ、色々よ、色々。あまり勉強してなかったので、覚えてないけど」
「勉強しないのに、学校に行っていたんですか?」
僕はちょっと驚いて尋ねた。
「まあ、友達とも会えるしね。それに、イベントも結構あるのよ。学校祭やら、文化祭やら、体育大会やら、結構忙しいのよ。もう少し味わっていたかったなあ」
遊びのために学校に行く、と言うのは非常に衝撃的な響きだった。庶民は普通幼い頃から、働きに出るものだったし、文字や計算を学ぶには聖職者のところに行って、忙しい仕事の合間に教えてもらうくらいしかない。学校は特別な才能でもない限り、もっぱら貴族の通うところであった。
「まるで、みんな貴族みたいな生活をしていたんですか? 働かずにいられるなんて」
「まあ、卒業したら働かなくてはいけないけど、確かにね……」
姉は何か遠くの記憶を辿るような顔つきで少し上を見ていた。
「そうだ、いいこと考えた」
「何ですか?」
「知識チートよ、知識チート、すっかり忘れていたわ。異世界定番の」
「何ですか、それ」
「つまり、私には前世16年分の叡智がここに詰まっているのよ、ここに」
彼女は自分の頭を指さしそう言った。その中に叡智が入っているものなら、もっと早く活用していただきたいものだけど。
「さまざまな、前世での知識をこの世界で披露して無双するのよ。これからはビジネス展開で生きていくわ。それなら、ここから追放されてもいい生活ができる」
父のエドワードも相当な経営のやり手みたいだが、もしかしたら、姉にもその素質はあるのかもしれない。王立学校に行って破滅するくらいだったら、いっそ、その方がいいのではないだろうか。
「早速、色々考えてみるわ。期待しててね、じゃあ」
そういうと姉はさっさと僕の部屋から立ち去ってしまった。
◇
「ジャジャジャーン」
数日後、再度、姉は数冊の本、というか日記帳を持ってやってきた。
「これが、前世の叡智の一端、まずは読んでみて」
中には四つの物語が書いてあった。
『あら王太子殿下、私を婚約破棄されたのではなかったのですか?〜追放された悪役令嬢は知識チートで成り上がる』
『転生した悪役令嬢は、夜な夜な義弟に迫られる〜何度ループしても溺愛モードになるのはどうしてなの』
『残虐騎士は悪役令嬢にペットにされる〜子犬化スキルを使ったら、すっかりなつかれてしまいました』
『実家から追放され、若き冷血侯爵に嫁がされた悪役令嬢〜いつの間にか、溺愛されてしまいました。実家からは帰ってこいと懇願されてますが、お断りいたします』
「……何ですか、これ」
「これこそまさに叡智の一端。ライトノベルよ」
「ライトノベル?」
「つまり、この世界では今までカビの生えたような恋愛ものしかなかったのよ。王子様に助けられて結ばれるとか、王妃が騎士に恋する悲恋ものだったり、まあ、だいたい似たり寄ったりしているわけ、そこに私のこの叡智を披露するわけよ。これで、暇を持て余している貴族の令嬢や奥様方にバカ受け間違いなし」
僕はパラパラと読み流してから、感想を言った。
「何だか、都合いい感じの話ですねえ」
「ご都合主義? 上等よ。そうじゃないと、ガンガンみんなが本を買ってくれないのよ。あったり前じゃない」
「でも、姉さんが自分でたくさん本を作るんですか? 一冊づつ書き写して」
「そんなことするわけないじゃない。ここでは魔法かなんかで複製しているんじゃないの?」
「そんな都合のいい魔法なんてないですよ。それに、書き写すだけじゃなく、本の材料だって仕入れなくてはいけないし、きちんと本にする作業もありますし」
「う、うかつだった。そこからやらなきゃダメなのか…… でも私製本する機械なんて見たことないし…… うう。本作りのラノベをしっかりみておけば良かった」
「専門のところに頼んだら、作ってくれると思いますが、一冊一冊が手作りだから、とても高価になってしまいますよ。まあ、内容は珍しいから、貴族相手には売れないわけじゃないと思いますが、それほどたくさんはやっぱり売れない気がします。結局手間の割には儲からないのではないでしょうか」
「大量生産して、大儲けをする私の計画が…… いや、きっと何か方法はあるはず……」
そうブツブツ言いながら、姉は自分の部屋に戻って行った。
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