晩餐会の始まり
ついにその日がやってきた。晩餐会である。
朝から、準備で慌ただしく使用人たちが動き回っている。
緊張した面持ちをしている母は、使用人たちの動きを見守りながら、時折気づいたことを執事に耳打ちしている。一方の父は準備を皆に任せて、書斎にこもっていた。おそらく、本日の晩餐会を成功させるための手順を確認しているのだろう。
僕らはというと、来客が来るまで全くの手持ち無沙汰だった。暇を持て余した姉がこっそりとお菓子をつまんでいるのを横目で見ながら、僕は今日の流れをぼんやりと考えていた。
お客さんは昼から少しづつ集まってくる予定になっている。僕の方はきた順番からお客さんに挨拶して回ればいいだけだが、姉の方は大丈夫なのだろうか。
今日はアーサー王太子殿下との婚約に向けて、どれだけ姉が自己アピールできるかどうかにかかっているのだが。何も考えていなさそうな姉を見ると、とても不安だった。
肝心のディアナ王妃殿下とアーサー王太子殿下は、夕方ごろ、皆が集まってからの登場となる。主役は遅れてやってくるのだ。
そして、到着から晩餐会が始まるまでの間、姉がアーサー王太子を連れて邸内を案内する手筈になっている。互いのことをよく知り合う機会にするとのことだった。最後に晩餐会に出席したら、無事終了ということになる。
昼過ぎから、続々と周囲の有力者たちが着飾ってやってきた。父は客が来るたび僕ら家族をていねいに紹介していった。
慣れない衣装を着て、少しぎこちない態度で応対する僕に、皆は一様にわざとらしく驚いて見せ、なぜもっと早くに紹介していただけなかってんですかと口々に言っていた。
まあ、裏で何を言われているのかは想像できなくもないが、それも仕方のないことだった。
夕刻になるまで、緩やかに時は過ぎていった。だんだん行動がエスカレートしていた姉は、両手にお皿を持ちつつ、たくさんの食べ物を頬張っている。
「今、欲張って食べなくても、後で取り置きしてもらったら良いのではないですか?」
「取り置きされたものを食べるんじゃなくて、こっそりつまんで歩くことが醍醐味なんじゃない、そんなことも分からないの?」
はぁーとため息をつくと、姉は呆れた様子でそう答えた。いや、呆れたくなるのはこちらの方なんだけど。
だいぶ人が集まってきて、より一層賑やかになってきている。紹介されていくうちに、貴族たちの来る順番は大体序列通りであることに気がついた。どう示し合わせているのだろうか。
そして、気がつくと残りは今日の主役だけになっている。
僕はより一層、落ち着かない気持ちになっていたが、姉は相変わらず悠々とした調子で、同年代の女性とおしゃべりに夢中になっていた。
◇
そしてついに、その時がやってきた。
せわしなくあちこちに顔を出し、当主としてのつとめをこなしていた父の元へ、一人の使用人が小走りに近寄り何やら耳打ちした。
父は母に一声かけると足ばやに玄関の方へ向かって言った。母もすぐに立ち上がり、にこやかな笑顔を周囲にふりまきながら父の後を追った。姉は……まだケーキの山を物色していた。
そして
どっと歓声が沸き起こり、ディアナ王妃とそれに連れ立ってアーサー王太子が登場した。
群がる人々一人一人に、にこやかな笑顔で挨拶をかわす王妃は、輝くような紫色のイヴニングドレスで身を包んでいた。切長の目によく通った鼻筋、周囲とは別格の気品溢れた美しさだった。
しかし、よく観察してみると、笑顔で話をしている最中、時々眉間にシワを寄せることがわかった。すぐに笑顔で塗りつぶしてごまかしているが、結構神経質な人なのかもしれない。
アーサー王太子はというと、年恰好はちょうど姉と同じくらい。実際姉と同じ12歳だったはず。姉よりは少し背が低い気がする。白い礼服がよく似合っていて、その風采や所作からとても落ち着いている印象を周囲に与えていた。しかし、何かの拍子におどおどした態度が現れる時があり、その時はいつも母の様子を伺っていることがわかった。
僕は急いで、姉のところに急行した。
「両殿下が来ました。僕らも行きますよ」
姉の口の周りはクリームだらけで、手に持った食べかけのケーキをかなり名残惜しそうに元の場所に戻していた。僕は姉にハンカチを手渡し、ディアナ王妃の元へ急いだ。
到着するとちょうど、父と母が応対している最中だった。僕らが来ると、周囲がさっと左右に分かれて僕らに道を譲ってくれた。
僕は礼儀作法に則って、膝をついて礼をし、姉は優雅に笑顔を浮かべ、スカートの裾を引いて綺麗にお辞儀をしてみせた。
ディアナ王妃は僕のことなど目に入らない様子で、しきりに姉に話しかけてきた。婚約に熱心なのはディアナ王妃であると言われていたのも、まんざら嘘ではないらしい。さっきまで、お菓子をむさぼり食っていた人間とは思われないような涼やかな笑顔で、姉はそつなく王妃の相手をしいた。
アーサー王太子は自分の名前を名乗った以外は全くしゃべる様子はなかった。少し、強張った表情をしているのは緊張しているのか、それとも、何か気に入らないことがあるのか判別がつかない。そして、彼は周囲にうながされるままに姉と連れ立って、ブラッドフォード家自慢の庭園の方へと消えていった。
(うまくいけばいいのだけれど、大丈夫だろうか)
僕は一抹の不安を胸に、彼らを見送った。
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