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姉が悪役令嬢だった件  作者: おしどり将軍
暴君マリア・ブラッドフォード
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追放前夜

「あんな汚らわしい奴なんて、追い出してしまえばいいのよ。お母様」


 僕はその言葉を聞き、廊下で凍りついてしまった。盗み聞きするつもりは全くなかったのだが、どうしても用事で部屋のそばを通らなくてはいけなかったのだ。


「マリア。その件についてはもう心配することはありません」

 母のエディス・ブラッドフォードは静かにそう答えた。


「お母様は2年間よく耐えてきたわ。もう十分よ。お父様もお父様よ。お母様という存在がありながら、メイドに手をつけた挙句、そいつが死んだら子供も引き受けるだなんて、わたしたちをなんだと思っているのよ」


 姉のマリア・ブラッドフォードはかなり興奮した様子でまくし立てていた。


「あなたのいうことはよくわかります。その件についてはすでにお父様に十分伝えてあります。そして、もうすぐ返事が来るはずです。まだ小さいあの子が路頭に迷うのは私の本意ではありませんが、これ以上我慢すると、この家が崩壊してしまいますから」


「お母様はそんな甘い調子だから、お父様になめられてばかりなのよ。わかったわ。もうすぐね」


 姉がこの部屋から出てきそうな気配を感じ、慌てて自分の部屋に戻った。




 僕の名前はウィリアム・ブラッドフォード。今年で10歳になる。


 実の母は2年前に亡くなった。そして身寄りのない僕は母方の遠い親戚連中にたらい回しにされたあげく、孤児院に押し込められそうになっていた。しかし、その直前で公爵家に養子として引き取られることになったのである。


 この幸運に対して、神様に何度も感謝を捧げたが、結局、ここでも自分は厄介者であることが思い知らされてしまった。


 ご当主のエドワード・ブラッドフォードは貴族としての爵位の高さだけではなく、商才あふれる人物として世間では知られていた。とても明るくてお喋り好きなこの人物は僕を温かく迎え入れてくれたのだが、その妻と娘にとって僕は最初から招かれざるものとして見られていたようだった。


 母エディスは終始、冷たい調子で必要最小限程度しか、僕に話しかけてはこなかった。姉マリアに至っては、わざとこちらがうまくいかなくなるように罠を仕掛けて失敗した僕をあざけったり、ことあるごとに激しい調子で叱責したり、偶然のふりをして馬車から突き落としたりと、ずっと酷い目に遭わされ続けてきた。


 最初は自分が悪いのだと思って自分を責めたり、自分の信用をなんとか回復しようと努力していた。相手の気にいるようにいろいろ気を遣ってみたり、庶民出身だというのが気に食わないのかと思い、なんとか貴族の風習を覚えようとしたりと、努力をしてみたが全く効果がなかった。


 最近では使用人たちまでもが冷たい態度をとるようになり、そこで言われた言葉が、


「お前はご当主の隠し子だから、そういう扱いをされてもしょうがないんだ」


 というものだった。


 母は僕が生まれる半年前までこの家のメイドとして雇われていた。そして、妊娠がわかってからこの家のメイドをやめていた。父について母は生前にいっさい語ることがなかった。


 だから、使用人たちの発言を聞いて、改めて考え直してみると思い当たることばかりだったのだ。だいたい、公爵家がなんのゆかりもない庶民の孤児を引き取るなんてことがあるわけがなかったのだ。


 それからというもの、僕はこの家にとって、招かれざる客であることを強く自覚し、とにかく目立たぬようにすることにした。結局目につけばそれだけ彼らの怒りを掻き立ててしまうからだ。


 そして、一人でこの世界を生きていけるようになるまでは、なんとか耐えしのぎ、その時がきたらこの家から出ていこう。それが僕の作戦だった。


 幸い、別棟には代々の当主たちが集めていた蔵書がたくさん置かれていて、ひたすら読書に励んでいた。中には魔法の本もあったので、全て独習して中級程度までの魔法なら一通り使えるようになってもいた。


 しかし、この調子では明日にでもこの家を追放されてしまう。まだ、家を出ていくにはかなり不安だった。


 その日はなかなか寝付けずに、ベッドの中で悶々としていた。



 翌日。



 メイドのノノアさんの声でベッドから飛び起きた。どうやら早朝になってうとうととしてしまっていたらしい。


「だいぶ遅いお目覚めですね。朝食は食堂で食べますか? それともいつものようにこちらに運んできますか?」


 ノノアさんはショートカットのクールなメイドさんだった。さりげなく優しくしてくれるので、僕が唯一信用しているメイドさんだった。


「あっ、すいません。ここに運んできてもらえますか?」


「わかりました」


 すぐにノノアさんが出て行こうとするので、つい僕は声をあげて引き止めてしまった。


「ちょっと待ってノノアさん」


「何か?」


「えーと、僕のことについて何か話は出てませんでしたか?」


「話とは」


「たとえば、僕がこの家にふさわしくないとかなんとか」


 追放されるかも、とはさすがに言えなかった。


「いえ、全く」


 すぐに部屋を出ていことするノノアさん。本当に知らないのか、知っていても言えないのか。その辺が大変気になった。


「この家で何か起こっているのか、知っているなら教えてほしいんです。そのほうが、僕も覚悟ができるので」


 ノノアさんがちょっと困った顔をしていた。もしかしたら知っているのかもしれない。


「知っていることはなんでも言ってください。ノノアさんから聞いたということは、誰にも言いませんから」


 ノノアさんは少し考えていたが、やがて、こちらが全く予期しなかったことを口にした。


「あなたのお姉さまが、昨夜階段から転げ落ちて頭を打ちました。表面上大した傷はなかったようですが、今でも意識が戻っていません。このことは内密にしてくれと、奥様から言われています。くれぐれも聞かなかったことにしておいてください」


 バタンと扉が閉まる音がして、ノノアさんは部屋から出ていった。さきほどのノノアさんの言葉が僕の頭の中でグルグルと反響している。


 それはまるで、これから何かが起こる前触れのように、僕には感じられた。

お読みいただいてありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新楽しみにしてますね 頑張ってください。
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