59 番外編4 お願い
靴屋さんの店内を見て回った後、フードコートを訪れた。
休日なので人が多い。ハンバーガーのセットを注文し、テーブル席で食べた。
春夜君とハンバーガーを食べるのって初めてかも。凄く楽しい。
私がポテトを食べていた時、春夜君が何かを見ているのに気付いた。私の斜め後ろ……?
「春夜君?」
不思議に思う。何があるのか確かめようとした。
「明!」
不意に呼ばれた。ドキッとして春夜君に視線を戻す。
手に温もりが伝わってくる。ぎゅっと握られた。
俯いていた彼が口を開いた。途中でためらうような沈黙があったのちに紡がれた。
「クリスマスイブの日に会いたいんですけど……」
思いがけず誘われて目を瞠った。
「私も誘おうと思ってたんだよ!」
嬉しくてニコニコしてしまう。声も弾んでいたと思う。……だけど。
浮かれていたのは私だけだったかもしれない。春夜君の神妙な雰囲気に気付いた。
もしかして。
一瞬、とても嫌な予感が胸を掠めた。
まさか。違うよ。
内心必死に否定した。
もしも春夜君に嫌われているとしたら。その日に振られる……?
「……っ」
つい今しがたまであった浮かれた気分が凪いでいく。
俯いていた春夜君が眼差しを上げた。視線が合う。胸が痛く鳴った。
「あ、えっと……。その日のお昼は用事があって……夜なら大丈夫!」
何とか笑顔を作り、返事をした。
「そうですか」
彼はぽつりと口にして視線を下へ逸らした。
「今日は私の見たいお店に付き合ってくれてありがとう。えと……春夜君の探している物は見つかった?」
重い空気に耐えられず話題を変えた。
さっき靴屋さんで春夜君の様子をチラチラと窺っていた。彼は幾つかの商品を眺めていたけれど、特別に気になっていそうな物がどの商品であったのか窺い知る事はできなかった。
だから今、思い切って聞いてみた。
春夜君はこちらを見て僅かにきょとんとした表情を浮かべた。一拍後、その双眸が細められるのを目にした。温かく笑み、彼は言う。
「こちらこそ。オレも収穫ありました」
「えっ」
驚いてしまった。そっか。やはり春夜君の探している物は彼がさっき見ていた物のどれかだったみたいだ。どれだったんだろう?
しかしプレゼントに贈るとしても。クリスマスの頃には既に彼も購入しているかもしれない。やはりマフラーにしようと心の中で決定した。
昼食も食べ終わってフードコートを出た。もう十五時か……。春夜君の隣を歩きながら考えていた。
終わっちゃう……。今日が過ぎていく……。どうしよう。まだ一緒にいたいよ。
足取りが重くなる。
「明?」
春夜君が振り返り、立ち止まった私へ声を掛けてくれた。
「あっ……えっと……」
少し迷ったけど、やっぱりはっきり言おうと口を開いた。
その瞬間、手を引っ張られた。
「明、ごめん。今、急いでて」
足早に進んで行く。エレベーターの前まで来た。
エレベーターのボタンを押していた春夜君は扉の上に表示された数字を見ている。エレベーターがこの階へ到着するまで待てないと言いたげに「階段を下りよう」と再び手を引かれた。
エレベーター横にあるドアを開けた彼に続く。広めの白い階段を下った。
内心、衝撃を受けていた。
もしかして私が我儘な事を口走りそうだったから、それに気付いたから…………先回りして言わせないようにした? 早く帰りたかった?
「春夜君っ!」
思わず、前を行く彼の上着の袖を掴んでいた。やってしまってハッと我に返った。
「ごめんね。何でもないよ?」
自分でも嘘くさいと思いながらも誤魔化そうとした。振り向いていた春夜君へ微笑む。彼は階段の二段程下に立っている。睨まれた。
「嘘つかないでください」
指摘された。
「ちゃんと言ってください」
真剣な様相で確認してくれる。
胸には不明瞭な不安が渦巻いていて目が潤んでしまう。口に出した。
「私、まだ一緒にいたい」
今日が終わったら、明日からまた会えない日が続くよね? 我儘なお願いだって分かってるけど。
「だめだ……もう」
春夜君が苦々しい顔付きで呟いた。
……っ? 呆れられた? がっかりされた?
今日……可愛いと思ってもらえるように頑張る筈だったのに、イメージ悪くしちゃった。折角の日を台無しにしてしまった。
俯き掛けていた時、春夜君の声が聞こえた。
「可愛いです」
「え?」
驚いた。私の心、読まれた?
柔らかく微笑む相手を見つめる。
私が発した疑問を含んだ「え?」を、よく聞こえなかったから聞き返したと思ったのかもしれない。彼はもう一度言った。
「可愛いです。今日、特に。何でそんなに……可愛くしてるんですか?」
言葉に詰まる。
「それは……」
言おうとして口を閉じた。
春夜君の私への好感度を上げたかったんだよ。春夜君は優しい。私の欲しい言葉をくれるんだね。
目に涙が滲む。
私、自分の事ばっかりだった。
階段の上の方からドアの開く音が聞こえた。少しして親子連れのお客さんが階段を下りて来た。私と春夜君は踊り場まで下り道を譲った。
親子連れのお客さんらが去った後で春夜君に問われた。
「オレ、自惚れてもいいんですか?」
引き寄せられる。唇が触れた。
「えっ?」
動揺していた。「春夜君に本当は嫌われているのかもしれない」と思っていたし、「このキスも私がしたいのを察してくれている?」と疑った。
でも! だけど……!
「こんな所で……ちょっと待って?」
更に接触しようとする彼の胸を押して拒んだ。
春夜君のイチャイチャしてほしいという要望に応えようと心に決めていたとしても。通りがかった人に見られるかもしれない。さすがに恥ずかしい。
睨まれた。はっきりと伝えてくる。
「嫌です」
「あれー?」
突如聞こえた声に震え、階段を見上げた。驚きで自分の目に力が入っている気がする。上の踊り場から明るく呼び掛けられた。
「明ちゃんじゃーん!」
まさか今日、この場所で会うなんて。
こちらへ駆けて来る晴菜ちゃんに呆然とした。
追記2025.4.22
「い」を追加しました。
追記2025.4.27
「ぎゅっと握られた。」を追加、「「えっと……」」を削除、「春夜君は私の手をぎゅっと握り、何か言い掛けた。彼は俯き、暫く沈黙したのちに言葉を紡いだ」を「俯いていた彼が口を開いた。途中でためらうような沈黙があったのちに紡がれた」に修正、改行を調整しました。
「の頃」を追加しました。




