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5 言い分


 だめだ。今の要求はキスの前振りだよね? さすがに私も気付きはした。でももう目を閉じてしまった。


『何か困った事が起きたらオレを頼って下さい』


 さっき第二図書室で沢西君に言われた。今、正に困っているので沢西君に頼る事にする。任せる。どうなっても恨まない。こんな事態になった元凶は私だ。沢西君はむしろ被害者。


 目を閉じていた私の頭に何かが触れた。頭を撫でられてる? 直後、おでこに何かが当たった。


 頭にあった感触がなくなったので額に左手を置いて目を開いた。間近にあった彼の眼差し。


 お、おでこ? おでこにしてきた?


 少しほっとしていたのに沢西君の左手が私の右頬に添えられる。

 えっまさか。これからが……本番?


 何も反応できないまま傍観者のように立ち尽くした。



「やめろっ!」


 大きめの声が聞こえたと認識した時、左肩を強く掴まれた。驚いて掴んだ人物の顔を見上げる。


「岸谷君……?」


 呆然としながらもその名を呼ぶ。私の左斜め前に立ち、沢西君を険しく睨んでいる横顔。

 沢西君も岸谷君を睨んでいる。


「内巻。もういいだろ?」


 岸谷君が晴菜ちゃんの方を見ずに言った。岸谷君の後方にいた晴菜ちゃんは彼の背中へ冷たい目線を送っている。


 岸谷君に止められなかったら、もう少しで沢西君の唇と触れてしまうところだった。


「坂上」


 呼ばれて岸谷君を見る。


「俺、お前の事が好きだった。ずっと。お前は? 俺の事どう思ってた?」


 大きく開いた目に岸谷君を映す。考える前に言葉が溢れてきた。


「何で。何でそんな事言うの?」


 岸谷君の双眸が細まった。困ったように少し眉を寄せている。彼の指が私の零した涙を拭った。


「俺を選んでほしい」


 乞われて、私の気持ちは知られているのだと思った。悔しさに奥歯を噛んだ。



「岸谷先輩、何言ってんですか?」


 はっきりとよく通る声にハッとさせられた。

 沢西君が薄く微笑みを浮かべた顔で岸谷君へ言い切る。


「坂上先輩はオレの彼女ですよ?」


 沢西君の言い分は正論に聞こえる。岸谷君が大きめの声で主張した。


「俺の方が坂上の事を知ってる! 小一の頃から」


「ああ。大丈夫です」


 沢西君がふわっと笑った。


「これから仲を深めていくんで。……指くわえて見てろよ。坂上先輩、行きましょう」


 途中、違和感のある呟きが聞こえたけど気のせいかもしれない。

 差し出された沢西君の右手を見つめた。


「坂上、行くな!」


 岸谷君が私を止めようとするけど無視して沢西君の手を握った。


「ウックックック」


 岸谷君の後方で晴菜ちゃんが笑っている。すごく楽しそうだ。


「聡ちゃん、諦めたら?」


 晴菜ちゃんが岸谷君へ声を掛けた。

 岸谷君は何も言わずに私の右後ろにある戸を開け教室を去った。


「あらあ……。ダメージ大きかったかぁ」


 晴菜ちゃんはそう苦笑した後、私へ目を向けてきた。


「ごめんね! 今日は別々に帰ろ! 二人とも気を付けて帰ってねー!」


 元気よく宣言し彼女も教室を出て行った。


「先輩、帰りましょう」


 眼鏡を掛け直した沢西君に促され頷く。帰り支度をした。




 いつもは晴菜ちゃんと帰る道を沢西君と辿った。


 九月中旬の夕刻。空はまだ明るい。この頃は夏に比べて陽射しが柔らかくなったと感じる。



「よかったんですか?」


 大通りの歩道を並んで歩いている時に尋ねられた。沢西君へ顔を向ける。


「岸谷先輩、やっぱり坂上先輩の事が好きみたいでしたね。よく岸谷先輩を選ばないでくれたなって、オレ……感動したんですよ」


 ニコニコ笑っている沢西君へ私も笑って見せる。


「沢西君のおかげだよ。ありがとう、復讐に付き合ってくれて」


 そうは言っても心のモヤモヤはまだ晴れていない。


「何言ってるんですか? 今日は岸谷先輩の気持ちを確認しただけじゃないですか。抉っていくのはこれからです」


「……そ、そうだね」


 同意しつつ考える。

 沢西君はもしかして……あの二人に私より強い恨みを持っているのかな?



 沢西君の足が止まったのに気付いて振り返った。


「坂上先輩、今日の反省会です。岸谷先輩たちの前でオレの事、ちゃんと『恋人』だと思ってくれてました?」


 聞かれて「うっ」と言葉に詰まった。


「う、うーん。……少し?」


「今日は付き合って初日という設定だったのでまだ初々しい二人という見方もできそうですが、時間が経ってからもそんな感じだと怪しまれます。慣れましょう。オレもその……経験なくて偉そうな事言えませんけど」


 照れたように瞳を下へ逸らした沢西君に思わずツッコミを入れる。


「嘘つき!」


「へ?」


 沢西君は何で咎められているのか全然分かってなさそうな顔をしている。思わず詰め寄って責めてしまう。


「絶対に沢西君は女の子に慣れてる。だって、あ……あんな……。岸谷君の本音を聞き出す為の演技だったのは分かってるんだけど、あの時もう少しでキスしちゃうところだったじゃん!」


 「沢西君は本当は私の事が好きだから協力してくれてる?」って勘違いしそうになるから紛らわしい行動はやめてほしいと心の中で付け足す。



「ダメなんですか? キスしちゃ」


「……えっ?」


 思いもよらない返答を受け、一瞬思考が停止した。向けられた視線に逆にこっちが咎められている気配がする。


「いいですか? オレたちの復讐は岸谷先輩が坂上先輩を好きだからできる事なんです。オレがあなたをけが……っゲホゲホ。オレたちが親密になればなる程、岸谷先輩はダメージを受ける。つまりオレたちがイチャイチャするのが復讐になる訳です」


 自分の目が点になった気がした。聞いてないよ!

 呆然としている私をよそに沢西君は続ける。


「キスもその通過点の一つです」


「通過点」


 愕然として問題を含む語句を繰り返す。


 キスって結構イチャイチャの極みみたいなイメージを持ってたけど、更にそこを越えた先まで行く予定なの?


 色々大丈夫?


お読みいただきありがとうございます!


書くまでに迷いまくりました。なかなか書き出せなかったので「これから頑張って書いたがいいよね?」みたいな事を占ってみました。結果がよくなさそうだったので「一旦休んだがいい?」と聞いてみました。こちらもよくなさそうだったので「私はこの後、小説を面白がって楽しく書けるのか」聞いてみました。とてもよさげな結果が出て後押しされるように一気に書きました。展開や文章の事ばかり考えていたので楽しい気分で書けたかは分かりませんけど。


楽しくて書きたいという初心のような気持ちを持って取り組める時は幸福な時間ですね。


追記2023.9.10

「私の気持ちを」を「私の気持ちは」に修正しました。

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