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ミスター・セラピー  作者: Satoru A. Bachman
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第3章 頭なでなで野郎(Ⅱ)

 第3章 頭なでなで野郎(Ⅱ)


「がっはっはっはっは」

数人が馬鹿笑いしていた。笑い声がするほうを振り向くと、教室のドアの外から違うクラスの連中が隼人のほうを指さして笑っていた。馬場真と東城信成と須賀野元揮。学年一の厄介者でマレットヘアの馬場が

「よう、頭なでなで野郎」

と言い、にたりと笑って隼人に手を振った。休み時間で皆が席から立ち歩き、おしゃべりで賑わっていた教室が一瞬、静まり返った。みんな馬場のことを恐れている。

「ちっと来いよ、郷野頭なでなで隼人」

東城が甲高い声で言った。テカテカのリーゼントヘアでニキビっ面の東城は粋がっているがケンカは死ぬほど弱くてピーピー泣くから、みんなから“ピー”と呼ばれている。

「ニヒヒヒヒヒッ」

その傍らで気味の悪い笑い声を上げる須賀野。頭にX字の刈り込みを入れた酷く不細工な須賀野は屁コキであり、みんなからスカンクと呼ばれている。

近頃、執拗に絡んでくる馬場とピーとスカンク。隼人は人の頭を触れて回るという奇妙な行動のせいで噂になり、とうとういじめっ子たちにまで目をつけられてしまった。隼人は廊下から野次を飛ばしてくる3人組を無視した。




 部活をやっていなかった隼人はある休日、桜舞町をふらふら歩き回った。緑豊かな桜舞町は千葉市の若葉区にあり、町の中央に千葉市中央区から成田や茨城方面へと続く国道51号線が通っていて、異界への入り口であるかのようにカイヅカイブキの並木のせいで昼間でも薄暗く陰っている桜舞霊園と桜舞貝塚公園が町の面積の4分の1を占めている。

隼人は駄菓子のどどん屋でバブリシャスのストロベリースプラッシュとミルキーウェイのチョコレートバーを買った。ミルキーウェイをぺろりと平らげ、バブリシャスの包み紙を開けると、濃厚な苺の香を鼻で思い切り吸い込むのを楽しんでから一粒口の中に放り込んだ。小学生みたいに石ころを蹴りながら国道51号線を目的地も無く歩いていると、壁に大きく“お宝発見!古着、ゲーム、DVD、雑貨、おもちゃ、なんでも買います”と書かれた茶褐色の建物が見えてきた。セコハンミヤコというリサイクルショップだ。隼人は店内に入り、ゲームコーナーで「メタルスラッグ」をプレイした。敵の兵隊たちを機関銃やロケットランチャーで吹っ飛ばすのは爽快である。ステージ3でゲームオーバーになり、今度は「ハウス・オブ・ザ・デッド」でゾンビを撃ちまくった。ゲームの画面内でゾンビのグロテスクな緑色の血が飛び散るのに辟易しながらも隼人は楽しんだ。ポケットの中の小銭が少なくなってきたことに気づき、セコハンミヤコを出ようとしたら、柄の悪いガキ3人組が店内に入ってきた。タンクトップ姿のハンサムなマレットヘア野郎とタバコをくわえたテカテカのリーゼントのニキビ野郎と頭にX字の刈り込みを入れたブ男。紛れもなくそいつらは馬場とピーとスカンクだった。一瞬、隼人はライオンに見つかってしまった草食動物のように立ちすくんでしまった。3人に気づかれる前に踵を返す暇は無かった。3人の中で唯一、整った顔をしたマレットヘアの男と目が合い、

「おう、頭なでなで野郎じゃないか」

と声をかけられた。隼人に気づいた馬場は隣にいたピーの腕を肘で突いた。スカンクもすぐに隼人に気づき、

「ニヒヒヒッ」

と相変わらず気味の悪い間抜けな笑い声を上げた。

「うわぁ、やべ」

隼人は思わず、そう言い、3人に背を向け、走った。この店の出入口は今、馬場たちが入ってきた入り口一カ所しかない。隼人は古本コーナーに逃げ込む。3人はげらげら笑いながら追いかけてくる。無数の本や漫画が並ぶ棚と棚の間を逃げまどう。隼人は足を滑らせ、ホラー小説が並ぶ棚に激突し、数冊の本が床に落ちた。S.D.ペリーの「バイオハザード」とS.キングの「IT」が一瞬、目に留まるが手に取って見ている暇は無かった。古本コーナーを抜けた先はおもちゃコーナーだった。数百個、いや、数千個もあるであろう積まれたフィギュアやプラモデルの箱の間を通り抜け、その先の香を焚いて甘ったるい匂いが漂うアメカジの古着コーナーを抜けると、ようやく店の出入口に辿り着いた。セコハンミヤコを出ると、国道51号線を一目散に駆けた。

「おい、待てよ!頭なでなで野郎!」

ピーの甲高い叫び声が後ろから聞こえるが、隼人は振り向かずに突っ走った。国道を離れ、住宅地を進むと、桜舞貝塚公園の生い茂る緑が見えてきた。犬のように“はあはあ”と荒いピーの息づかいが真後ろに迫ってきた。額からは汗が吹き出し、息が切れかかっていたが構わず走り続けた。ここで止まったらきっと殺される。貝塚公園内に入り、縄文時代の人間が住んでいた竪穴式住居のレプリカの前を通り過ぎると、そこは都川の川岸へ続く下り坂だった。落ちていた犬の糞を避けようとした拍子につまずいて、隼人は転んで腹から地面に激突し、坂道を転がっていった。





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