第2章 小学校時代(Ⅱ)
第2章 小学校時代(Ⅱ)
ピカピカの1年生の隼人は入学早々、問題を起こした。隼人は同じクラスの近藤雄太の顔を殴り、脚や腹に蹴りを入れ、髪を引っ張って泣かした。教室の床で腹を押さえて過呼吸になりながらのたうち回る近藤のところへ担任の関先生が駆けつけた。関先生は、げほげほと苦しそうになんとか呼吸をして目を真っ赤に泣きはらした近藤の背中を優しくさすってやりながら隼人に怒鳴った。
「何やってんだよ、この乱暴者!」
その直後に隼人の視界に白い光が瞬き、顔の左半分に激痛が走った。関先生から平手打ちを喰らったのだ。隼人は2メートルほど後退って膝をつき、顔の左半分を押さえて泣き叫んだ。叩かれた顔が熱を帯びてじんじんと痛んだ。
違う、違うよ、先生。悪いのは近藤だよ。そいつは近所の家の犬をいつもいじめてるんだよ。隼人はそう言いたかったのだが、泣いてしゃくり上げ、
「ちが、ちが…うよ、しぇんしぇい、そ…そい」
としか言えなかった。そう、近藤雄太こそ入学式の日に隼人の前の列に座っていた犬いじめ常習犯だったのだ。近所に住んでいる犬のころの小屋に向かって小石を投げたり、水鉄砲で撃ったりしているのだ。
ある日の20分休み。桜舞第二小学校では2時間目と3時間目の間の20分の休み時間は20分休みと呼ばれていた。
同じクラスの柏木春夫が校庭の砂場で3年生の川端恵美という女子に「デブ、デブ!」とからかっていた。障害児が通う「たんぽぽ学級」の生徒である肥満児の恵美は春夫を怖がって逃げる。春夫はからかうだけでは飽き足らず、恵美を取っ捕まえて顔にパンチをした。そして、鼻を垂らしながらわんわん泣く恵美に向かって砂を投げつけた。恵美の目から溢れた涙と鼻汁に砂が付着し、彼女はまるで道化師の化粧のような様相を呈した。
「がっはっはっはっは、ピエロだ、ピエロ!」
恵美を指さして馬鹿笑いする春夫。たんぽぽ学級の丸井先生がそこへ駆けつけ、春夫は捕まった。春夫はもがきながらも職員室のほうへ引きずられていった。
懲りない春夫は次の日の20分休み、たんぽぽ学級の教室の前で「おーい、中野、遊ぼうぜ」と叫んでいた。たんぽぽ学級には隼人や春夫と同じ学年の中野啓介という生徒がいた。中野は喜んで教室からスキップをするような足取りで春夫のほうへ寄っていく。
「早く来いよ、間抜け」
にたにた笑いながら駆け寄ってくる中野を罵り、春夫は拳を握り、にんまりとした。中野がそばに来るなり、春夫は彼の顔を殴った。中野はがっくりくずおれて両手で顔を押さえた。
「がっはっはっは、ざまぁみろ、このクソ間抜けの半ケツ野郎」
春夫は中野に罵詈雑言を浴びせかけ、自分の尻を叩いて「お尻ぺんぺん」と叫び、逃走した。
隼人は帰りの学活の時間に席を離れて立ち歩き、障害児いじめ常習犯の柏木春夫の頭をそっと触った。そして、隼人には“見えた”。こいつ、学活が終わったら隣の席の石元陽菜のスカートをめくろうとしている。そして、放課後にまたたんぽぽ学級の教室の前に行って、中野啓介や川端恵美を待ち伏せしていじめようとしている。そうはさせるか。正義感が強くて、自分のことをヒーローだと思っている隼人は妄想の中でウルトラマンダイナ(1997年当時、ウルトラマンティガは終わり、ウルトラマンダイナが放送されていた)に変身して、春夫という悪魔をやっつけようとした。隼人は席についている春夫の上腕を蹴りつけた。
「なんだよ、痛いな」
そう言い、立ち上がる春夫。春夫は応戦し、隼人の顔に拳をぶつけた。隼人も鼻血を垂らしながらも負けずに春夫を殴る。2人の6才児は押し合いへし合い、顔を引っかき合い、髪を引っ張り合った。顔や頭に焼けるような痛みが走るが、お構いなしに隼人は悪党をやっつけようとした。関先生が止めにかかった頃には春夫が涙ぐんでいた。やったあ、俺はこの悪者をやっつけた。隼人は勝利の喜びを噛みしめながら春夫の体を放した。だけど、体のところどころがずきずき、ひりひりと痛み、隼人も泣いてしまった。先に手を出した隼人はこっぴどく叱られた。
違う、違うよ、先生。悪いのは柏木だよ。そいつはいつもたんぽぽ学級の子たちをいじめて、石元のスカートをめくろうとしてたんだよ。隼人はそう言いたかったのだが、泣いてしゃくり上げ、
「ちが、ちが…うよ、しぇんしぇい、そ…そい」
としか言えなかった。