異世界グルメレポート~料亭『勇者』への打倒宣言を添えて~
【エルフのこだわりレストラン】
『長命種族の長所と短所がそのまま反映されていた』
店名にもある通り、とにかくこだわりが凄い。何と言っても新鮮さを追求するため、客が注文してから店員が食材の確保に出掛けるのだ。エルフの彼らにとっては、数時間なんて待ち時間の内にカウントされないらしい。これほど飲食業に向いていない種族だとは思わなかった。
だが、実際料理が超一級なのは確かだ。私が注文したのは「ホーンピッグの湯くぐり冷まし香草添え」。知っての通り、ホーンピッグは非常に獰猛な魔物として恐れられているが、食材としてここまで優秀だとは思わなかった。
肩から腰にかけての背肉には甘い脂身が乗っている。脳髄が痺れるほどに食欲をそそる香り・噛んだとたんに口の中に広がり細胞一つ一つを歓喜させてやまない旨味・舌の上に乗った瞬間ほどけるような食感。全てが最高級だと言えるだろう。
添えられた香草のおかげでサッパリとした後味になり、海藻・干し魚・キノコを調合して作られた数種類のダシにより何度も味の変化を楽しませる趣向も見事だ。
長命種の死因の多くは『退屈』なのだという。生きることに幸せを見出せなくなり、自ら死を選ぶのだ。だからこそ彼らは食事という文化にも一切妥協することなく、生きていくために徹底的に追求したのだろう。
彼らが操る神秘魔法により一切傷を付けずに狩猟するおかげで、新鮮かつ最高品質の食材を提供することが可能になっている。エルフという種族の全てが、この店の料理に凝縮されているのかもしれない。
待ち時間にひたすらドワーフの悪口を聞かされたのだけは本当にしんどかった。
評価:4.2 / 5.0
【ドワーフ職人食堂 美と食】
『私は絶対にこの店を食堂だとは認めない』
店内に入った瞬間、恐らく全ての者は隅々に施された繊細な装飾に目を奪われるだろう。ドワーフの歴史の中で培われてきたその技術を惜しげもなく注いだ彫刻は、ここが美術館であるかのように我々を錯覚させる。席に着いた後も食器、ナイフやフォーク、スプーンそれぞれに彼らの職人魂を感じることが出来る。
「食は、まず目から味わうもの」との先人の言葉があるが、ここほどその格言に相応しい店はないだろう。「これから提供される料理もさぞかし視覚と味覚を楽しませてくれるに違いない!」そう期待する者は多いかもしれないが、残念ながらこの店のピークは、ここで終了だ。
メニューを開くと目を疑った。そこには「鳥」「牛」「豚」「魚」の4文字しか選択肢が存在しなかったからだ。ちなみに石板に筆記体で文字が彫られている非常に芸術的な品書きだった。
シンプルというのは最大の美徳でもある。そう自分に言い聞かせたが、嫌な予感が胸をよぎった。注文から提供まで1分しかかからなかった。エルフたちのレストランに行った後だからそう錯覚したわけではない。
私の目の前には「マーチバードを焼いたもの」が届けられた。中心部は、まだシャリシャリと凍っていたので特段新鮮という訳でもない。何より味付け一つされていないのだ。まさに「焼いただけ」。「素材の味を楽しむ」という表現があるが、あれは素材の味を引き出す仕掛けがなされて初めて成り立つものである。
「一体どういうつもりだ?」
私はシェフを呼び出し尋ねた。
「どういうつもりと言われましても……食いものなんか、腹の中に入っちまえば一緒でしょう? 我々ドワーフは、ゆっくり飯を食う暇があれば、採掘するか加工するか自分達の作品を眺めて酒を飲んで楽しむことを優先するんで……」
全く悪びれもせずにそう答えるシェフ。私は勘違いしていたのかもしれない。ここはドワーフの職人が客に料理を提供する食堂ではなく、ドワーフの職人達が取りあえず食い物を腹に掻きこむための食堂だったのだ。
私は食堂にいるドワーフ達全員を集めて叱責した。
「お前達は食というものを軽視しすぎている! 『食は職に通ず』と昔から言うだろう! ドワーフが誇りを持って芸術品に魂を込めるように、料理人も磨き上げた技術と経験により作った料理を通じて、彼らの魂を表現しているんだ! 食を軽視するものが、芸術の道を真に究めることが出来るはずないだろうが!!」
九割は生焼け鳥肉を食わされた怒りに任せた説教だったが、彼らには響くものがあったらしく、最近はあの頑固で強情なドワーフがエルフ達に頭を下げて少しずつ料理について学んでいるようだ。
とはいえ、とてもI-1グランプリには間に合いそうにないので、彼らには食器の提供を依頼することにした。
ちなみに酒は結構旨かった。
評価:2.0 / 5.0
【料亭『勇者』】
『人間のしぶとさの根源を垣間見た』
今回のグルメリポート、及び異世界グルメ-1グランプリを開催するきっかけとなったのが、私のこの料亭との出会いだった。
正直、私は舐めてかかっていた。寿命も短く、特別な能力を持ち合わせている訳でもない。群れるだけが取り柄の弱小種族に私を満足させるような料理など提供できる訳が無いと。
注文も店に任せてふんぞり返っていた私は、前菜を一口食べるやいなや、脳天に稲妻が直撃したかのような衝撃を受けた。すぐに人を呼び、この見たこともない料理について尋ねようとしたところ、あの憎き勇者がニヤニヤと笑いながらやってきたのだ。
「こちらはホワイトブルの乳を発酵させ、塩漬けにしたものですよ。お気に召したようで何よりです」
発酵というのは、どうやら上手に腐らせることで味や香り、食感を変化させ旨味を引き出すことのできる、人間が編み出した技術らしい。
一体どうすればそんな発想が出来るんだ! 定命の者が創り出した技術に、料理に、ここまで夢中にさせられるとは……
スープ、魚料理、氷菓子、肉料理、生野菜、甘味、果物……全てにおいて、数千年以上生きてきた私が一度たりとも味わったことのない絶品であった。
……最後の苦みの強い飲み物だけは毒かと思うくらい不味かったが、不思議なことに飲み干す頃にはもう一杯飲みたくなっていた。
「今度は、魔王様がお勧めのレストランで、是非お食事を頂いてみたいものです。お誘いいただけるのを楽しみにお待ちしておりますね!」
ヘラヘラと笑いながら勇者は私を送り出した。私は途轍もない屈辱と焦燥で叫び出しそうだった。
評価:4.8 / 5.0
あの勇者をあっと言わせることが出来る食事処など、本当に存在するのか? もし、万が一私が勧めた料理を食べたあいつがガッカリした顔を見せたとき、私は正気を保っていられるだろうか?
悩みに悩んで、四天王達とも繰り返し会議を重ねた結果、今回のグルメレポートの作成・配布と異世界グルメ-1グランプリの開催という計画を実行することにした。
これは我々魔族の威信とプライドを賭けた一大プロジェクトである。人間界には「胃袋を掴む」という表現があるらしい。愚かにも魔族の頂点に君臨する私の胃袋に手を掛けた勇者に、目にものを見せてやらなければならない!
必ず奴の胃袋を完膚なきまでに叩きのめし、屈服させ、支配するのだ!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
配布されたグルメレポートを読んだ魔族達は「ツンデレ魔王様の初恋を全力で応援しなければ!!!」という熱意を元に一致団結し、人間に負けない人外フルコースを完成させました。
「全て食べたことのない料理ばかりで、最高に美味しかったです!!」
勇者の賛辞に、尻尾をぴょこぴょこさせる魔王の姿を厨房から覗き、シェフたちは涙ぐみました。そこで終われば良かったのですが……。
「ひょっとして、魔王さんが調理されたのですか?」
「……と、当然だろう!!」
勇者の無邪気な問いに、つい嘘を吐いてしまった魔王。勢いでそのまま料理を教え合う約束までしてしまったのです。現在、魔王は極秘料理教室で各種族の凄腕シェフ達による地獄のスパルタ猛特訓を受けています……。