第39話 はじまりのはじまり
「なっなっ……なんなんですかっ」
エヴァがアルベールによって運ばれたのは、ポールクレルとクラウディアの婚約が調い、世紀の大ニュースに沸くパーティー会場だった。
パーティーに出席する全ての生徒と、その婚約者や家族が溢れかえる中で、顔面凶器の騎士に横抱きにされる侍女は、一瞬で注目の的だ。
その腕から零れ落ちてもいい、というよりむしろ零れ落ちたくて必死でもがくと、クラウディアたちのいるフロアの中央でやっと足を地に着けることが許された。
場内は騒然として、悲鳴のようなものもどこかであがっている。
「アル、随分と乱暴なエスコートだね。フィアンセなのに」
「フィっ……!?」
クラウディアの肩を抱いたポールクレルが愉しげに目を細め、逆にクラウディアは目を真ん丸にしてエヴァを見つめた。
ルシアンとプリメラは少し離れたところから、訳知り顔で笑っている。
「ポール。まだ、だ」
「許可がとれなかった?」
「本人のが、な」
エヴァが周囲を見渡すと、クラウディアの瞳にも理解の光が宿り、どうにもわかっていないのは自分だけのようだと悟る。
目が合ったポールクレルが、破顔して言葉をこぼした。
「クラウディアが『エヴァも連れて行きたい』と言うから困っていたんだよ。なんといっても、エヴァ=リタ嬢はマテュール家のご令嬢だからね。さすがに侍女として同行させることはできないものでね」
「ええ。義姉上を侍女として連れていかれちゃ困ります」
ルシアンの笑顔は、エヴァにとってはもはやいじめっ子のように見える。
混乱が混乱を呼んで、エヴァは呼吸もうまくできない。
「待って、待ってください。一体なんの話を……」
アルベールが浅い呼吸を繰り返すエヴァの手をとり、穏やかな微笑ながらも真剣な瞳で、慈しむような声で、語りかけた。
「エヴァ、アンタはさっき、能力と立場と家格が問題だと言ったな」
「へぁっ?」
「俺にもそれなりの責任ってもんがある。実際、それらは壁になり得ると思ってた。だから一度帰国して障害を取り除くまで、安易にアンタを口説くなんてできなかった。
だが、今は違う。黒魔法を持っていながら能力不足なはずがないだろう? そのうえアンタは今、あのマテュール侯爵令嬢だ。家格と立場のどこに問題が?
国に戻ってこのひと月、アンタを迎える準備をして来たんだ。無駄にしないでもらいたいモンだが……」
エヴァにも、アルベールの言葉の意味がやっと理解できた。
ポールクレルやルシアンの訳知り顔は、マテュールからの養子縁組の打診がこの事態に繋がることを知っていたに違いない。
理解とともに頬の熱が上がっていく。
さらにダメ押しで、ポールクレルとアルベールとのやり取りが思い出された。
――本人の、許可が
「えっと、アルベール様。遅くなったって仰ってたのは……」
「ノヴェッリ領からヒッポグリフをぶっ飛ばして来た。ヴァンニ・ノヴェッリ子爵は、マテュールにやった娘だからと言いながらも喜んでくれたが?」
「うわぁぁ……」
暴れ出した心臓はもはや破けそうなほどドクドクと音をたてている。
思わず頬を手で包めば、火傷しそうなほど熱い。
絶対、ひどい顔をしている、と思いながらも隠す場所がない。
「エヴァ、愛してる」
場内でばたばたと何かが倒れる音がした。
もう歓声も悲鳴もなく、ほとんどの人がただ静かに見守っている。
「この衆目の中で宣言してやる。幸せにすると。あとは、アンタがよく考えて返事をくれればいい……但し、長くは待てねぇけどな」
伸びたアルベールの手がエヴァの左頬に触れ、愛おしむように親指で撫でた。
エヴァはそれがくすぐったくも嬉しくて、けれども熱い頬に触れられるのが恥ずかしくて、アルベールの手をとって両手で握る。
「アルベール様……。わた、私も、お慕いしてます。ずっと」
その言葉に見開かれたダークグリーンの瞳が、エヴァにふたりが初めて会った日を思い起こさせた。
マテュールの庭で、さらさらと流れるダークブラウンの髪も、風が運ぶ薔薇の香りまでありありと。
あの時からすでに恋に落ちていたのだと、改めて実感して。
「は……嘘だろ、なんか、待って」
アルベールが大きな手で自分の口元を覆う。
赤くしたその表情はエヴァも初めて見る新たな一面で、それが照れなのだと理解した途端、落ち着きを取り戻し始めた心臓がまたドキリと跳ねた。
「わっ」
まるで自分の表情を隠すかのように、アルベールがエヴァの身体を掻き抱いて、頭に顔を埋めた。
「はぁ……すげぇ嬉しい」
「アルもほとんど一目惚れだったからね」
背後でポールクレルの野次が飛び、エヴァの頭の上で反論が返される。
「ちげーよ」
「いいや、ほぼ一目惚れだと思うよ。アップルローズタルトの取り合いをしたとき……ああ、違うね。アルはスミレが好きなんだ。その瞳を見たときかな」
「ラッツァリーニの土地がスミレの生産をしてるだけだ、もう黙れ」
からかうようなポールクレルの笑い声と、「なんのお話?」と興味津々なクラウディアの声が会場内に響く。
周囲の人々も少しずつざわめき始め、エヴァは腕の中から出ようと身じろぎをした。
「アル、さま」
「もう少しだけ。ずっとこうしたかったんだ」
エヴァの耳元で低音が囁いたとき、アルベールの腰から懐かしい声が聞こえてきた。
ふたりを結びつけるきっかけになった、アルベールの剣だ。
『アルが女に抱き着いてるぞおおおおおお!!!』
あまりにも突拍子もないその叫びに、堪えきれずに吹き出してしまう。
確かに、いろんなモノとお喋りできる能力は、寂しいという感情から少し遠いところにいられるかもしれない。
だけどやはり、愛しい人がいてこそ、だ。
二人が出会ったあの日を思い出させるアレコレが揃った今が、新しいこれからのスタート地点になる。
「どうした?」
「いいえ、幸せだと思っただけです」
顔を離したアルベールとエヴァはしばし視線を合わせて微笑み合うと、どちらからともなく唇を寄せあった。
くー、これにて完結です!
最後までお読みいただきありがとうございました。
10万字前後で一作まとめてみようと書き出した本作でしたが、10万字の短さにとても辟易しました。
どうにかまとまって? 良かったと思います。
イチャイチャさせるのが苦手だったので、そういったシーンを多く入れるのを目標に書いていました。
裏のテーマは「貴族の恋は難しい。でも権力でどうにかなる」ですw
次回作は今のところ全く目途が立っていません。
もっともっとお楽しみいただけるよう精進してまいります。
ありがとうございました。





