第37話 お芝居のあとで
金や赤や白で豪華に飾り付けられた、ガエテル高等学校の多目的ホール。
卒業パーティーの給仕の手伝いと、クラウディアの付き添いとして会場内に入ったエヴァは、こみ上げる懐かしさを胸の奥に押し留めた。
屋敷を出る前にクラウディアに告げられた言葉と、寂しそうな瞳が、どうしても頭から離れない。
「最後まで頑張るから、エヴァには是非見ててほしいの」
今日、この会場でクラウディアは婚約解消を発表する。
クラウディアは、ルシアンと話し合った結果、婚約を解消することで同意していた。
やはり強権の侯爵家マテュールと、筆頭王領伯家サルトリオの婚姻は、多くの貴族からよく思われていなかったらしい。ジャエルの失墜が、二人の婚約解消を後押しすることになった。
卒業後はニートになるのだと息巻いていたクラウディアに、ニートとはなんぞやと確認したものの、結局エヴァに理解できるような話ではなかった。
どうも仕事もせず屋敷でのんびりするのをニートというらしいのだが、婚約の成っていないご令嬢には、少なくない生活スタイルだと思える。
主人がニートをやるというなら、そのお世話をさせてほしいとも思うのだが……。
「エヴァ=リタ様、こんにちは」
「クロエ様、ご機嫌麗しゅう」
くりくりの赤毛を揺らす女生徒が、緊張気味にエヴァに挨拶をして行く。耳ざとい人物はもうすでに知っているようだ。
やはり、貴族は階級の中に生きている。
エヴァはクラウディアの卒業後、サルトリオの家を出ることになっている。
マテュール家へ養女として入ることが決まったのだ。
マテュールからの申し出は、エヴァの人生を変えた罪滅ぼしのつもりだろう。実家であるノヴェッリから言われたから了承した、というのも否定はできない。
だがこれは、エヴァの意思で決めたことだ。
この半年間で、自らの能力は決して使えないものではないと気付いたし、うまくやれば社交界も乗り切れるような気になれた。
それならば、自分の足で社会を生きる第一歩として、チャンスを利用するのも悪くはない。貴族として生きるとき、マテュールの家名はエヴァの強い武器になるのだから。
会場の中央では、ルシアンがプリメラと楽しそうにお喋りをしている。クラウディアは壁の端でぼんやりと場内を見渡していた。
去年の卒業パーティーと似ている、と思いながらエヴァは目を伏せた。似ているだけで決定的に違う部分があるのだ。
ポールクレルやアルベールがいない。
到着が遅れているらしいと誰かが話しているのは聞こえており、そのうちに来るのだろうけれど。
「クラウディア」
会場内にルシアンの声が響いた。
ついに始まるのだ。
「はい」
クラウディアが返事をして、ゆっくりと会場の中央へ歩を進める。
その姿は実に優雅で、美しいと思う。ただ、もうダリアの髪飾りをしていないことに気づく人間は、あまりいないかもしれない。
ルシアンの主張は、ただ婚約解消をするだけではクラウディアに着せられた汚名が晴れない、というものだった。
学校の生徒たちの多くは、クラウディアがプリメラをいじめたと信じ込んでいる。
その上で婚約解消ともなれば、まず間違いなくクラウディアに非があると思われるだろうというのだ。
だから、一芝居うとうじゃないか、と。当事者たちが賛成するのならエヴァが口を挟む余地はない。
依頼された協力にも快く応じることにした。
大根役者であるエヴァに与えられた役割は、重要なキャストをステージへお連れすることだ。
失敗のないように、少し早めに芝居の観覧を中座して会場を出、キャストの待つ場所へ向かう。
何が始まったのかと静かになった会場からは、役者たちの声が外までよく響いていた。
「僕は、クラウディア・サルトリオ伯爵令嬢との婚約を解消する!」
「なぜでしょう」
「君がこのプリメラ・バリオーソ男爵令嬢を私怨によっていたぶり、精神的に追い込んだと聞く」
「まぁ! どなたがそのような戯言を」
エヴァの口元に笑みがこぼれる。
戯言も戯言だし、ルシアンもクラウディアもかなり本気で演技しているのが可笑しくて仕方ない。
「戯言だと? この会場にいる中に、その噂を知らない者はいるか?」
リハーサルの通りであれば、今ルシアンは大袈裟に周囲へ視線を巡らせているはずだ。
場内が静かなままなのは、きっと誰もが手を上げず、ルシアンと目を合わせないように視線を泳がせているからに違いない。
「ほら、これだけの証人がいるではないか」
「ですが、わたくしには彼女をいたぶる理由だってありませんわ」
「僕とプリメラの仲がいいのを嫉妬でもしたのではないか?」
エヴァは吹き出しそうになるのを必死でこらえ、会場の脇に行儀よく並んでいる複数の学生の数をかぞえた。
いち、に、さん、し。全員いるようだと、小さく頷く。
「嫉妬するような間柄でないことは、ルシアン様が一番よくご存じでいらっしゃるではありませんか」
「だが、少なくともプライドは傷つけられたのでは? 僕はプリメラを愛しているし、故に彼女の言葉を信じるが……」
このあとは、貴族的なしがらみで噂を流した人物がいるらしいというアピールと、プリメラへの愛の告白、そして円満な婚約解消へとストーリーは続く。
そろそろエヴァの出番だ。
パーティーが始まる直前まで、エヴァはこの時のために学校中を走り回ったのだ。体力も魔力も残り少ない。
さっさと終わらせて、外の空気を吸いに行きたいとぼんやり考える。
「やぁ」
「ご無沙汰しております、殿下」
聞き慣れた声に顔を上げたエヴァの目の前には、ポールクレルが立っていた。
どうやらお芝居には間に合ったようだ。今度こそ間違いなく、クラウディアの悲願は達成される。
と言っても、いじめっ子だと勘違いされたくないという願いはとうの昔に叶っているはずだが。
視線だけでアルベールの姿を探し、見つけられなかったことを顔に出さないよう、にこやかに笑ってみせた。
「何か、面白そうなことをしているようだね」
「ええ。殿下もぜひ中でご覧になってください」
頷いたポールクレルが会場へ入ってすぐ、合図とも言えるプリメラの叫び声が聞こえてきた。
「いいえ、ルシアン様。わたしは苛められてなどいません!」
エヴァは大きく扉を開けて、待機させていた学生たちを会場へと入らせる。
「プリメラ様へのイタズラの数々、事実を捻じ曲げて吹聴したのは彼らです。そして彼らは、噂を流すことでジャエル侯爵閣下から対価を得ていたとも証言しています」
広い校内で、主犯とも言える四人の学生を探し出し、自白させるのは骨の折れる作業だった。
事前にポールクレルが【反サルトリオ派貴族リスト】を横流ししてくれていたから、候補者が絞れてかなり楽にはなっていたのだが。
それこそ、モノの協力がなければたった四人を探すのは不可能だったかもしれないし、モノしか知り得ない情報がなければ揺さぶりをかけるのも難しかったかもしれない。
例えば、噂を流すことで得られる報酬がなんだったか、依頼者が誰か。
そんな当事者以外が知り得ないはずの情報をちらつかせることで、彼らは簡単に落ちた。
エヴァは、自分の能力の活用方法を改めて思い知った気分だ。
アルベールからスパイ活動に誘われなかったら、一生、この能力を使い道のない無意味なスキルだと思い込んでいたことだろう。
「プリメラの言葉を信じ、彼らの証言が確かだとするなら、僕は逆に君と婚約を継続する資格を持たない」
ルシアンのわざとらしい言葉が響いた。
このシナリオは、クラウディアの汚名は雪ぐがルシアンの立場を危うくする。
けれども、マテュール家の権威はこの程度で落ちはしないよと笑うルシアンは、確かに、次期侯爵にふさわしいのだろう。
ぼんやり眺めるエヴァの前で、どんどんストーリーが進んでいく。
どうやら、円満に婚約を解消することができたようだ。
クラウディアの名誉を守り、マテュールの家名に少しの傷をつけ、プリメラとルシアンは愛を勝ち取った。大団円というやつだ。
「それでは、私がレディ・クラウディアに婚約を申し込もう」
朗々と響いた声は、その場にいた全ての視線を集めた。
長いようでほんの一瞬の沈黙のあと、大きな熱狂に包まれた会場は、思わず耳を覆いたくなるほどの歓声が巻き起こった。
「ポールクレル……殿下」
「こんにちは、クラウディア。遅くなって申し訳ない。先ほど、サルトリオ伯にお会いして了承をいただいてきたところでね」
エヴァの知る限り、一度だって人前で泣いたことのないクラウディアの瞳に、みるみるうちに涙がたまった。
瞬きとともにこぼれ落ちたその涙は、まるで宝石のように美しく見える。
「家が許すなら……。いいえ、許さなくても! わたくしを貴方のおそばに置いてくださいませ!」
人目も憚らずポールクレルの胸に飛び込んで泣き出したクラウディアに、エヴァもまるで自分のことのように嬉しくなって目元を拭った。
これでクラウディアの夢のニート生活は露と消えるだろう。
主人のいない屋敷なら、お暇をいただいて正解だったと思いながら、エヴァは会場を後にした。
最終章です!
と言っても残り2話となりました。
どうぞ最後までお付き合いいただけますとありがたいです。





