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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、真実を知る

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第35話 その後の始末


 エヴァは、視界を覆っていたスカーフが外されたとき、室内が荒れに荒れていることに驚いて目を丸くした。

 次に、全ての拘束が解かれたエヴァの身体をアルベールが強く抱き締めて、さらに驚いた。


「大丈夫か、エヴァ? すぐに助けてやれなくて悪かった」


「あの、ええ、大丈夫です」


 なんとか返事をしたエヴァをアルベールが抱き上げて、地下室を出る。

 アルベールの腕の中で見えたジャエルは、先ほどまでのエヴァと同じように手足を拘束されていて、意識も失っているようだった。


「アルベール様……?」


「今はまだ黙って」


 大好きな低音の声と温かな腕に安心して、エヴァは小さく頷く。

 連れて行かれた先はマテュールの屋敷内の客室だった。エントランスホールに飛び込んだアルベールを、ミレーナが急ぎ案内したのだ。


 ベッドに寝かされ、家令のカストが運んだ傷薬で怪我の治療を受ける。

 腹を強く蹴り上げられていることから医師が呼び出されたりと、周囲が慌ただしくする中で、アルベールだけはずっとその手を握り、エヴァはゆっくりと深い眠りに落ちていった。





「二年前……そうですね、主人の様子が変わったのは確かにその頃でした」


 ミレーナが俯きながら口を開くと、カストがランプに明かりをいれて室内のカーテンを閉めた。

 ポールクレルはそこで初めて夜が訪れていることに気づく。


 室内では、ベッドにエヴァが眠り、その横でクラウディアとアルベールが様子を伺っている。

 ソファーではミレーナとポールクレルが向かい合って話をし、ルシアンとプリメラは壁際に立って息をひそめていた。


「本を正せば、我々の【火花】の管理が甘かったのが悪いので、彼の身体にも経歴にも傷はつけたくないのです」


 今ポールクレルとミレーナが話し合っているのは、今後のジャエルの扱いについてだ。

 【火花】に魅了された人物が正気に戻るのに、早ければ一年、遅くて三年程度の時間が必要であることは、メリリアの歴史書に記載されている。


 その間、魅了された人物は拘束する必要があった。

 そうでなければ【火花】を求めて予想外の行動をするのだ。


 ポールクレルは、表向きは視察と称してメリリアでの療養を打診していた。


「いえ、正気に戻った時、それでは主人が納得しないでしょう。ああ見えて彼はエヴァのことも大事に思っていましたし、国宝を盗みだすなんてとんでもないことですわ」


「ええ。彼が強い意思を持っていることは、私もアルベールも理解していますよ。魅了されてなお、あれだけ冷静でいられるのは驚異的だ」


「最後まで手加減してたからな、あのオッサン。ほんとは、やめさせてほしかったんじゃねぇか」


 魅了された人物は、欲望を活性化され正常な判断ができなくなるが、それは本人の意志の強さによって効果に違いがある、とポールクレルが説明し、ミレーナの瞳から光るものが落ちた。


「では、なおさらです。どうぞロシュタルのヴァッカ監獄へ収監してもらいましょう。本人もそれを望んでいると思います。

それに、視察に行ってしまったら主人が不在の間の領地経営が難しくなりますわ。ほとんど主人のワンマンでしたの。決裁権を取り上げなくては」


 ここまで夫人に言い募られては、了承せざるを得ない。ポールクレルとアルベールは顔を見合わせて頷いた。

 冷めてしまった紅茶を口に含んで唇を湿らせ、ポールクレルから王国へ、それらしい罪状で報告しておくことを伝える。


 ポールクレルの手には、金色の()()()不死鳥像がある。ほとんど正直に話しても問題ないかもしれない。



「アルベール様」


「はい」


 ミレーナが思い出したようにアルベールの名を呼び、くすりと笑みをこぼした。


「エヴァを養女に迎えようかと思うのです」


「えっ、いや、え、それは――」


 ミレーナの言葉はクラウディアの目を倍くらいの大きさにし、ルシアンの口を半開きにさせる。

 しかし最も驚いたと思われるアルベールが、珍しく目を白黒させながら言葉を失ったとき、ベッドの中でエヴァが身じろぎした。



「エヴァ? 起きたか?」


「アル……、お嬢様……。えっと、おはようございます……?」





 目を覚ましたエヴァが、地下室でジャエルから聞いた内容を伝えると、ミレーナとルシアンは涙を流して「ありがとう」と言った。


 ジャエルが魅了された状態で最も熱望したのは、息子の幸せだったことを。

 そして、魅了されていなくても、余計な詮索や好奇の目から家族を守りたくてエヴァを遠ざけたことも。


「きっと主人はいろいろ悩んでいたのでしょうね。わたしが主人と結婚して不幸に思っているかもしれないとか、ジルベルタ様に嫉妬しているかもしれないとか」



 ミレーナの言葉は、その場の全ての人間に重くのしかかり、そして誰もが言葉少なに屋敷を後にした。





 ◇ ◇ ◇





「もうね、すーっごかったのよ!」


「はい、聞きました」


「何度だって言うわよ! とーっても、とーっても必死だったのよ?」


「はい、それも聞きました」



 屋敷に戻ると、エヴァは心配に心配を重ねたサルトリオの侍従たちにもみくちゃにされた。

 その後、クラウディアの私室へ入ってからはクラウディアがずっとこの調子で、エヴァはもうヘトヘトになっている。


 延々、アルベールの必死の看病について語りどおしなのだ。

 いくら可愛い顔をしていても、ニヤついたクラウディアの表情にそろそろエヴァもイライラが隠しきれない。


「ねぇなんで怒るの、なんでー」


「お嬢様がしつこいからでしょう」


「あ、そ」


 クラウディアはふいに興味を失ったかのようにソファーに転がって、大きな溜め息を吐いた。

 足がパタパタと動く様が、クラウディアのテンションを隠し切れていない。エヴァは口元だけで笑ってお茶を準備することにした。


「ちょっと、エヴァは疲れてるし怪我人なんだから何もしなくていいのよ」


「いえ、でも……」


「じゃあ、わたくしがやるわ! エヴァはここに座って、わたくしに指示するの。そう」


 エヴァの腕を引っ張る反動で起き上がり、エヴァをソファー座らせると、満足げに大きく頷く。

 箱入り令嬢の手元は、エヴァの予想に反してしっかり目的と意思が明確になった動きをしていた。危なげがないと言えば嘘になるが迷いのない動きだ。



「お茶、淹れられるんですね」


「んもう、これくらいはできるわよ」


 頬を膨らませながらもテキパキと手を動かすクラウディアを眺めながら、マテュールの屋敷を出てからのことを振り返る。

 エヴァは一旦クラウディアと別れ、アルベールに連れられてアジトに戻った。汚れを落とし、着替える必要があったからだ。


 身体が痛むためデシレに入浴を手伝ってもらい、身だしなみを整えてからアルベールの書斎へ向かったが、すでに彼は城へ向かったあとだと聞かされた。


 アルベールはただでさえ日頃から忙しいのに、事件の後片付けもしなければならないと考えればそれは当然のことだ。

 しかしエヴァはなぜか無性に打ちのめされたような気分になって、慌ててサルトリオ邸へ戻って来た。

 だからクラウディアの語るアルベールと、シンと静まり返った彼の書斎との間に大きな乖離があるような気がして、素直に微笑むことができない。


 スミレの髪飾りがないのが原因か、と思い至って、ふいに目頭が熱くなったのを胡麻化すように、振り返って真っ暗な窓の外を眺めた。



「できたー! お茶会にしましょ、エヴァ」



 高らかな完成報告と、沈んだソファーに一瞬傾く体と、苦みと甘みがマッチした爽やかな香りとが一斉にエヴァを襲い、我に返る。

 目の前には、確かにほわほわと優しい湯気をあげる紅茶があった。


「上手にできましたね」


「さすがに失礼だわ! あ、そうそう。コレいただきましょ」


 小走りで駆け寄った棚から出して来たのは、クラン・ヴォワールの名が入った白い箱だった。

 ポールクレルが持参すると言っていたものだろうか。その店名に、書体に、いつかの思い出が蘇る。


 あの日アルベールは甘くて美味しいタルトを食べながら、エヴァの意思を尊重し、エヴァの心の弱い部分を優しく包んでくれたのだ。


「どうしたの? どこか痛む?」


 クラウディアに声をかけられて初めて、エヴァは自身が涙を流していることに気づく。

 ぎこちなく髪を撫でる優しい手が一層エヴァの心をほぐし、紅茶が冷めてしまうまで泣き続けた。



たぶん自分で思ってる以上に地下室での事件はエヴァちゃんを情緒不安定にさせてたんでしょうね!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] そりゃオジサンと狭い地下に二人きり。 恫喝されるわ、ボコボコにされるわ、怖くないはずねーんすよ!! 怖いよ!!最悪だよ!! でそこにイケメン来たらふぁぁぁあ……なるよね。 手厚い看病…
[一言] >次に、全ての拘束が解かれたエヴァの身体をアルベールが強く抱き締めて、さらに驚いた。 デレキターーーー!!!! >腹を強く蹴り上げられていることから医師が呼び出されたりと、周囲が慌ただしく…
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