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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、真実を知る

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第34話 交渉の決裂



 誰も通すなと言われているのだ、と懇願するマテュールの侍従たちを無視して、ポールクレルとアルベールが庭を真っ直ぐ歩む。

 ルシアン、クラウディア、それにプリメラは屋敷内にいるミレーナの元へ向かった。

 ミレーナが驚いて王都警備の騎士団を呼ばないようにするためだ。


 温室まであと少しというところで、中からゆらりと背の高い人影が現れた。

 ポールクレルとアルベールはそれぞれに深く息を吸って、足を踏みしめる。


「おやおや、殿下直々にお越しいただけるとは」


「エヴァ=リタ嬢は?」


「地下におりますよ。我輩が知っている彼女より少々自我が強くなっていたのでね、躾けに手こずりましたが」


 ジャエルのわかりやすい挑発に姿勢を低くしたアルベールを、ポールクレルが片手を上げて制する。

 直立に戻った護衛騎士を目の端で確認してから、周囲をさっと見渡した。


「以前も感心したものだが、よく整えられた庭だ」


「吾輩の自慢です」


「庭の隅々まで手入れのできる人物が、他に何を求める?」


「愛する者の幸せを願うには、しがらみが多すぎましてね」


 ふ、と笑みを見せたポールクレルの表情は、呆れにも安堵にも見えた。

 一方でジャエルは目を眇めつつ腕を組んだ。



「で、お持ちいただけましたかな?」


「もちろん」


「二名なら地下にご案内しましょう。いや狭いものでね、大勢は入りきらんのですよ」


 踵を返したジャエルに、ふたりは何も言わず足を踏み出した。




 地下へ降りて、ふたりは目を瞠った。

 質素なテーブルと飾り台の他には何もない部屋で、奥には拘束されたエヴァが壁に寄りかかって、肩で息をしている。


 よく見れば口元や床の一部に血痕らしき赤がある。涙に濡れ、大きく腫れた頬も痛々しい。

 アルベールがギリと歯噛みする。


「なんで……」


「さぁ、殿下も見せていただけますかな」


 エヴァの掠れた声を遮って、ジャエルが自身に注目を集めるよう手を振った。


「エヴァ、目ぇ閉じろ」


 アルベールが真っ直ぐにエヴァを見つめたまま告げると、ジャエルは「ああ」と楽しげな声を出して意地の悪い笑みを浮かべた。


「目を切っておけばよかったですな」


「おま――ッ」


「おや、殿下の側近を続けるならジョークを解する情緒も必要ですぞ、アルベール殿」


 耳にまとわりつくような高笑いをあげて、胸元からスカーフを取り出す。

 両手を顔の高さにあげて武器を持っていないことを確認させてから、ゆっくりとエヴァのもとへと歩を進めた。


「おい」


「大丈夫、目を覆うだけだ」


 ポールクレルとアルベールの見守る中、「ジョークを解さん奴は一体何が面白くて生きてるのか……」とぶつぶつ文句を言いながらエヴァの目を覆う。

 スカーフで覆われる直前にエヴァが見たアルベールの瞳は、とても力強い意思が光っていて、エヴァを安心させた。



 ジャエルの立ち上がる気配がエヴァの肌を叩き、朗々とした声が響く。


「もういいでしょう、見せてもらいますよ。そして、さっさと終わりにしよう」


「そうだな、終わりにしよう。……ところで、ちょっと困ったことになっていてね」


「ふむ?」


 ポールクレルの声はどこまでも余裕をもって、生まれながらに上に立つ者の風格を帯びていた。

 左手に持った黒い布に包まれたモノを眼前に掲げながら言葉を続ける。


「このアルベールはモノより人命が大事だと主張してね、私も概ね同意なんだが、【火花】に関しては話が変わるんだ。人命が大事だからこそ、王家からの持ち出しを認められない」


「……つまり?」


「ジャエル卿、貴方が指示したアルベールは交換の意思があるが、本来の持ち主である私はそうではない。さて、どうするべきかな」


 地下室の空気が変わる。

 ジャエルが目を細めて眉間に深い皺を寄せる。ポールクレルは氷を思わせる冷笑を浮かべてジャエルを見返した。



「それはそちらの問題だ。今すぐ【火花】を寄こさないなら、そこの娘が血を流すことになる」


「わりぃな、オッサン。エヴァの血はすでに流れてる。つまり……交渉決裂だ」


 アルベールの言葉が終わるか終わるまいかというタイミングで、エヴァのそばを熱風が走り、ジャエルの気配が離れる。


「あまり賢い判断とは言えないな」


「それはオッサンのほうだ。ピカピカのエヴァを返してもらえりゃ、あと二、三日は【火花】と遊ばせてやってもいいと思ったんだがな。あんなに傷つけられちゃあ、温和な俺も怒り狂うぜ」


「こうなったら私でも手がつけられないからね。ジャエル卿は、そうだな、まずはアルベールを説得してみるべきだと思うよ」


 ポールクレルの声は一転してからかい愉しむような色を帯び、より一層ジャエルを苛立たせた。

 足を大きく上げてテーブルを蹴り飛ばし、部屋の隅へと移動させる。視界を遮られているエヴァはその大きな音に驚き、体を固くした。



「結局(はな)から交渉の席につく気はなかったということだな」


「言い掛かりはやめてほしいものだね。アルベールは交渉する気で来ていたのに」


 クスクスと笑うポールクレルに、ジャエルが飛び掛かる。

 しかしそれはアルベールの剣が受け止め、一瞬の睨み合いの後に間合いをとった。


「だが殿下にその気はなかったのだから同じだ。よろしい。お二人ともその気にさせてやろう。神出鬼没のジャエルがね」


 言い終わるや否や、ジャエルの姿が消える。

 土や石などの操作を究極まで洗練させたジャエルは、地中を移動することも造作もなくやってのけた。知らぬ間に移動して、背後や死角から現れることから神出鬼没の二つ名を持っているのだ。


「チッ」


「油断してはいけないよ、アル」


「わーってるよ」


 アルベールはエヴァのもとへ走り、ポールクレルもアルベールの移動範囲から出ないよう、部屋の奥へ向かった。

 地下室の壁は石を積み上げて補強してあり、ジャエルの属性管理下のため背後も常に気を配る必要がある。



「――ッ! アル!」


「止まれ」



 アルベールの進行方向、つまりエヴァのすぐそばに姿を現したジャエルが、その手に持った剣をエヴァへ突き付ける。


 ポールクレルは足元を土で固められ、移動が困難になっているばかりか、壁の石が鋭利な円錐形に変化してポールクレルの背後に複数並んでいた。



「くそっ。……おい、ポール。油断すんなつっといてザマァねぇな」


「まったくだ」


 足を止めたアルベールが、ポールクレルとエヴァの状況を確認して力なく笑う。

 エヴァとポールクレルとはまだ大きな距離がある。間にいるアルベールが両方を守るのは難しいだろう。



「経験が足りんのだ。オッサンを甘く見れば痛い目に遭うと教えてやる。

さぁアルベール君、選びたまえ。我輩は優しいから三つの選択肢をやろうじゃないか。エヴァの死、殿下の死、または両方を守って【火花】を我輩に渡すか、だ。

先に言っておくが、どちらが死んだとて最終的に【火花】は渡してもらうがね」


「オッサン、それじゃ三択とは言わねぇだろ」


「そうかもしれないな。さぁ大人しく――」


 ジャエルが勝ち誇った笑みを浮かべたその刹那、アルベールは一気に間合いを詰めてエヴァに突き付けた剣を弾いた。

 金属のぶつかる音が耳を襲い、流れるような剣さばきで逆にジャエルの眼前に光るものを突き付ける。


「な――っ」


「俺はポールの護衛だからな。王子様がひとりでどれだけやれるかは、俺が一番知ってる」


 ジャエルが瞳だけ動かしてポールクレルの様子を見れば、壁から突出したいくつもの針は確かに長く伸びているのに、貫くべき人物が姿を消している。

 床には溶けた泥が小さな沼のように広がっていた。


「四択になったようだね」


 笑みを含んだポールクレルの声は、部屋の中央から聞こえた。

 テーブルが蹴り飛ばされ、所在なく残っていた椅子に優雅に座って足を組んでいる。


「さぁ決着だ、オッサン」


 ジャエルが間合いを取ろうと後退するも、アルベールはすかさず追い縋って距離をとらせない。

 接近戦においてジャエルの土を利用した戦闘方法は、相手の足下を固めるなり、壁または盾を形成して攻撃を凌ぐなりに偏っている。


 一方でアルベールは剣に炎を纏わせることも、右手の剣技の合間に左手で炎属性の魔法攻撃を放つこともお手の物だった。

 個の戦いにおいてはアルベールが一歩勝っており、防戦一方となったジャエルが次第に押されていく。


「それで防いだつもりか?」


 アルベールの一閃を受け止めた土の盾が、あっという間に赤々と燃えていく。


「くっ……」


「早く離さねぇと火傷すんぞ」


 もう一歩、アルベールが大きく踏み込んで、勝負は喫した。


結局座して待っちゃうポールクレル君。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 温和な俺も怒り狂うぜ」とかきゃーーーーーー!!! きゃーーーー!!かっ!かっこよ!! いーーーーやーーーーん!! 結局座して待っちゃうポールクレルもきゃーーー!! (ウィンクして!!)…
[良い点] オッサンがじぶんのことオッサンっていってるのがいいとおもいました(小並感) [気になる点] この後に及んでアルは自分の恋心を自覚していないのか否か していたとしたらいつからか [一言…
[一言] 三択を迫ると大体それ以外の結果になるの法則( ˘ω˘ ) ポールクレル君の大物感がしゅごい( ˘ω˘ ) これは王の器( ˘ω˘ )
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