第30話 次の約束
卒業を目前にして、クラウディアの父ドナテロ伯爵は、クラウディアに多くのドレスを作らせるようデザイナーを呼ぶことが増えた。
それは卒業パーティーだけではなく、多くの【お披露目用】なのだとクラウディアは言う。
王都に滞在中のジャエル、浄化作戦を通して婚約解消の意思を撤回したルシアン。
もしかしたら、彼らがドナテロと示し合わせて、早期の婚姻に向けて動き出しているのかもしれない、とエヴァは予測した。
ただ、この一週間のうち三度もデザイナーが訪れていて、クラウディアはもちろん、アドバイスをせがまれるエヴァもまたヘトヘトになっていた。
「またブラウンでお願いしちゃった……」
「同じ色ばかりじゃ、違うデザインでも同じものを着ていると思われますよ」
「だってぇ」
ポールクレルは美しいブロンドの髪にウォールナットのような深い茶色の瞳。
一方でルシアンは瞳が赤みの強い茶色――クラウディアは「エビチャイロ」と言っていた――で、髪はダークブロンドだ。
クラウディアはポールクレルの瞳の色とも、ルシアンの髪の色ともとれる茶色を選んでばかりいる。
それはまるで、覚悟をしきれないクラウディアの心のようであり、つまりはクラウディアの声にならない悲鳴なのだ。
大丈夫だと言葉にしても、心がついて行っていない。
そんなクラウディアはエヴァにとって鏡みたいなものだが、毎朝アルベールがくれたスミレの髪飾りを手にとるたび、一生を独り身で過ごす選択肢を持っていることに感謝していた。
エヴァはまだ、幸せなのかもしれない。
「それよりっ! 学校へ行くわよ、エヴァ」
「へぁっ?」
「ほら、やっぱり聞いてなかった。今日が最後の勉強会よ」
肩幅に足を開いて腰に手を置いたクラウディアが、これでもかというほど頬を膨らませてエヴァを睨みつけた。
いつもより丁寧にまとめられたベゴニア色の髪が嬉しそうに揺れている。
◇ ◇ ◇
「ちょうど一週間ぶりくらいかな。クラウディア嬢、エヴァ=リタ嬢、こんにちは」
大きな瞳と形の良い卵型の輪郭が、ポールクレルの「王子」らしさを際立たせる。
お手本のようなカーテシーを返すクラウディアの背後で、エヴァも慌てて礼をとった。
「さぁ、今日は一体どんなお話を?」
ポールクレルとクラウディアが、今や指定席のようになったいつもの椅子へと腰かけて、今日の勉強のテーマについて話し合う。
エヴァはやはり指定席と化した窓際の席へ静かに座り、いつものようにポールクレルの背後にいるであろうアルベールを視界に入れないよう、できる限り首を横へと向けた。
窓は開けない。
プテレアーの葉はいつの間にかすべて黄色に染まっている。
「首、痛めそうだな」
「わぁ……」
エヴァの努力も虚しく、アルベールは窓の前にやってきてエヴァの視界を塞いでしまった。
「黄葉を愛でてたんですが」
「そりゃあ悪いことした。が、それはまたあとでゆっくりやってくれ」
アルベールは飄々とした笑みを崩さないまま、エヴァの正面の席から椅子を移動させて座る。
正面に座るよりも近い距離に、エヴァの胸がトク、とひとつ高鳴った。
「単刀直入に言うが、例の件は失敗だ」
「え」
エヴァにしか聞こえない距離で囁いた声があまりにも機械的で、安堵と切なさが綯い交ぜになった複雑な気持ちがエヴァを襲う。
しかしすぐにこの話の結論に思い当って、慌てて顔を上げた。
「ちっと、力を貸してほしい。明後日の夜だ。それを逃すと、先方とスケジュールが噛み合わない」
明後日の夜には、王城でポールクレルの送別パーティーが開催される。
王都に滞在しているジャエルも出席することになっていた。彼らがまだロシュタル国にいるうちに、ジャエルが夜間にタウンハウスを空けるのは、それが最後のチャンスということだ。
「パーティー、アルベール様は……」
「最初に顔を出したらすぐアンタと合流する。ちゃっちゃと用事を済ませてまた城に戻るさ。詳しい話は当日に」
エヴァには、これを断ることはできない。
彼らがロシュタル国へ来た真の目的がこれなのだ。盗まれた国宝を取り返して、何事もなかったように留学を終えてもらいたい。
「はい」
どんな依頼であろうと必ずやり遂げてみせる、そういう意思をこめて見上げたエヴァの視線は、揺らぐことのない真剣な瞳とぶつかった。
アルベールの、この仕事にかける思いが伝わる。と同時に、それを手伝うことができるという事実に、エヴァは生まれて初めて、自身の能力を誇りに思った。
「まぁ。では三日後ではいかがですか? ああ、でも前日はお城でのパーティーですものね、難しいかしら」
「いえ、構わないですよ。ルシアンやプリメラ嬢には――」
「わたくしからご招待差し上げますわ」
およそ勉強中とは思えない楽しげな会話が聞こえてきて、エヴァとアルベールが一斉にそれぞれの主人へ視線を投げる。
じっとりとした雰囲気を感じ取ったのか、クラウディアとポールクレルがほとんど同時に振り向いて笑った。
「エヴァも、アルベール様も、お疲れ様会やりましょうね」
「はぃ?」
「瘴気沼を浄化したご褒美が有耶無耶になってしまったからね。私たちだけで労い合おうかと話していたんだ」
本来、マテュール領へサポートチームとして参加した学生には、進路選択でアドバンテージが得られるというご褒美があったはずだ。
もちろん、このチームのメンバーにそんなご褒美が嬉しい人物はいないのだが。
結局、本来の目的や職域を逸脱して浄化までしてしまったことで、騎士団を、ひいては国を怒らせてしまった。
浄化そのものは褒められて然るべきことだが、ここから先は大人の世界だ。
元々たいして仲の良くない王国とマテュール侯爵ジャエルとの対立が深まって、政治に関わる貴族たちの動きが活発になっている。
そのままエヴァたち六人の行動は臭い物に蓋をするように、なかったことにされているのだった。
「わたくしのおうちで、六人で集まってお茶会をするのよ」
「王城のパティシエに……ああ、いや、クラン・ヴォワールのアップルローズタルトをお土産に持って行こうか」
「クラン・ヴォワール! 新しくできたタルト専門店ですわね。わたくし、食べてみたかったんです」
エヴァやアルベールの意見はほとんど確認されないまま進んでいく二人の話に、エヴァは堪えきれずに吹き出した。
相手が何を考えているか、快か不快かなんとなくわかるこの関係性がなんだか嬉しくて、半分照れ隠しにころころと笑い続ける。
そのうちに、図書室は四人の笑い声で包まれた。
次回、エヴァ・アルさいごのお仕事ですっ





