第29話 お嬢様の気持ち
薔薇園での不思議な時間を過ごした翌日には、ジャエルの手配したグリフォンキャリッジで急ぎ王都へ戻ることとなった。
瘴気沼が完全に浄化されたことについての顛末を報告する義務があるからだ。
クラウディアが魔力枯渇によって生死を彷徨ったことについては、サルトリオ家からも厳しい追及があるだろう。
そもそも王国はいい顔をしない。
よって、ジャエルの王都滞在期間はそれなりに長期化することが予測されていた。
王都に到着して、キャリッジを降りたエヴァにアルベールは小声で仕事の指示を与えた。
「ジャエルが王都に滞在している間にやる。何もなければこちらで勝手に回収するから、アンタの仕事は終わりになる。また連絡する」
マテュール領で【火花】の奪還作戦を決行するのであれば、保管場所などを調べる必要があり、エヴァが動かなければならなかった。
しかし、王都に戻ったのであれば、通常は庭の温室の地下へと保管することは調査済みだ。あとは忍び込んで回収するだけであり、エヴァの出番はない。
ポールクレルとアルベールが自国に帰るのは二週間後と決まっている。
エヴァの仕事がもうないのなら、アルベールとはもう――。
「承知しました」
躊躇いがちに頷いて、大根役者なりの笑顔を向けた。
◇ ◇ ◇
「ありがとう! エヴァ!」
サルトリオ邸に戻り、自室へ入るなりクラウディアは忠実なる侍女へ抱きついた。
マテュール領へ向かう前と違う、信頼と親密さがそこにはある。エヴァもまた、一介の侍女としては顔を顰めるべきだろうと思いながら、クラウディアの肩を持ってゆっくりと引き剥がす。
「落ち着いてください、さあ座って」
定位置のソファーへ座らせて、いつものようにお茶の準備をする。
いつも通りを繰り返すことが心の平穏に効果的であることは、ここ半年近くの間に十分学んだのだから、今度もきっと大丈夫だ。
「で、何がありがとうなんです?」
手元の小さなコンロに火をいれる。
炎が揺れるだけで思い出す顔があるのは、誰に文句を言ったらいいのだろう。
「エヴァがいてくれたから、わたくしはポール様と同じチームで浄化作戦に参加できたのよ。ルシアン様にどんな理由で問い詰められたって、もう怖くないわ」
エヴァがクラウディアに対して、主従を越えた絆を感じているのと同じように、クラウディアとポールクレルの間にも普通なら得られない信頼があるのだろう。
ポットにクラウディアのお気に入りの茶葉を入れて、湯が温まるのを待つ。
視界の隅で主人が楽しそうに体を揺らしているのがわかり、エヴァは僅かに視線を落とした。
「問い詰められないかもしれませんよ」
「ええ、そうなったらそれでも構わないの。わたくしはあの方を愛したけれど、あの方に悪く思われないままお別れできるのならもう望むことはないわ」
「そんな」
「エヴァだって、そうでしょう?」
思わず振り向いたエヴァを真っ直ぐに見つめる瞳には、強い意思があるように見えた。
――でももうひとつ、増えたの。理由。
クラウディアがエヴァを大切にする理由について話していたときだったろうか。
【ぱそこんげーむ】の預言を変えるための特異点として、クラウディアはエヴァを利用したはずだった。そこに新たに加わった「理由」を、あの日エヴァは聞かなかったが。
理解者。
同じように誰かを愛し、同じように叶わない想いを抱き続ける仲間だ。
「お二方はもうすぐ帰国されると伺いましたが、卒業パーティーには?」
「いらっしゃるの。お会いする機会はもう少しあるから、それまではたくさん思い出を作りましょ」
エヴァは寂しそうに頷いて笑った。
次回から新章突入です。
抱えていた問題の一つである瘴気沼が解決しました。あとは失せ物を探し出すだけですね。
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