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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、戦う

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第28話 侍女の誕生日



 瘴気沼の浄化を終えて数日が経過したが、クラウディアの意識は戻らない。


 浄化を終え、騎士団から支給されていた信号弾を空へ打ち上げると、空路で巡回していた一団がエヴァたちの元へ駆けつけた。

 プリメラもまたほとんどの魔力を使い果たして、歩くことも覚束ない状態になっており、アルベール、ポールクレル、ルシアンの三人でワイバーンをどうにか躱しているのを助けられた。


 ワイバーンの討伐を終えた頃には日もかなり傾き、その場で野営をすることになった。

 しかし浄化を終えたといっても、すでに湧き出た魔物までもが消えてなくなるわけではなく、ほとんど夜通し何かしらと戦い続けることになる。


 翌朝、グリフォンキャリッジの迎えが来たときには全員が疲労困憊で、移動中も、マテュールの屋敷へ戻ってからも眠り続けた。

 騎士団から叱られ、ジャエル・マテュールから労いの言葉をかけられたのは、さらに翌日のことだ。




「……エヴァ=リタ。クラウディア嬢の様子は?」


 クラウディアがただ眠るだけの質素な部屋を訪れたのは、ルシアンだった。

 忙しそうなジャエルに代わり、クラウディアのために医師や医薬品を手配したのも彼だ。侍従たちとの連携などを見ても、いずれ侯爵として領内の実権を握る日が来ても何も問題ないように思えた。


「なにも」


 眠っている間はほとんど栄養が摂れない。このまま目を覚まさなければいよいよ危ないから、明日にはサルトリオへ至急の連絡を入れるようにと医師に言われたところだ。


 ゆっくりと首を横に振るエヴァに、ルシアンはただ「そうか」と頷いて、眠るクラウディアのそばの椅子に腰かけた。

 茶を淹れようと動き出したエヴァを制して、椅子に座るよう手で振り仰ぐ。


「僕は彼女のことを誤解してた」


「そうね」


「プリメラは、クラウディアが苛めなんてするわけがないと言うが、持ち物がボロボロになっていたり、いくつもの目撃証言があれば疑わざるを得なかった」


 ルシアンの俯いた視線の先に何が見えているのか、それが今のエヴァにはなんとなくわかる気がした。

 色に溺れた馬鹿な幼馴染、という色眼鏡で見ていたのはエヴァのほうだったかもしれないのだ。いや、正確にはお互い様なのだろうけれども。


 窓の外は茜色に染まっている。ぽつぽつと街灯も点き始めたようだ。


「本音を言えば、クラウディアに特別な感情を抱いたことは今まで一度だってない。ただ、彼女が僕よりもずっと早く能力に目覚めて、それが白だったというだけだ。

プリメラに出会ってからは、僕自身の能力の目覚めが遅かったことをどれだけ恨んだか。クラウディアよりも早く目覚めていれば、僕らの婚約は成立するはずがなかった」


 国境を守るマテュールに限って言えば、白魔法の能力者は多くても問題ない。

 けれども、確かに周囲の能力値を引き上げることのできる虹魔法を持ったプリメラならば、マテュールという【家】にとっても、最良の結婚相手と言えるだろう。


「そういった意味では、僕はクラウディアに酷くきつく当たってしまったこともあるかもしれない」


「かなりね」


「だよな。すまない……は本人に伝えなきゃ意味がないか。

エヴァ=リタは気づいていただろうか。僕はプリメラへの苛めを根拠にして、クラウディアとの婚約を解消するつもりだったんだ」


 エヴァは呆気に取られてルシアンの横顔を見つめた。どんな心境でそれを告白したのか、計り兼ねるのだ。

 爆弾発言をした当の本人は寂しげな微笑みを浮かべながら頷き、言葉の続きを紡ぎ始める。


「でも今ならプリメラの言葉もクラウディア本人の人柄も信じられる。つまりさ、婚約を解消する根拠を失ったんだ。なあ、クラウディアはどう思うだろうか。お互いに友情以外の感情を持たない婚姻を」


 質問しているようで、相談しているようで、実のところただの独り言にすぎないその言葉に、エヴァはひっそりと溜め息を吐いた。


 これが貴族というものだ。

 心も人生も自由にできないのだ。


 同じ貴族でありながら、能力を持たない振りをして社会の歯車になる義務から逃げたエヴァには、返事すらもする資格がないように思えた。

 けれども。


「お互いの気持ちが同じなら。お互いを尊重し合えるのなら。同じ結論を出し、同じ枷を負うことができるかも」


 気持ちをひとつにして尊重し合うことは、結婚後にも必要なことだ。

 親によって定められた婚姻であっても、そうと決めたならできることがあるのではないか。例えば、話し合った上での婚約解消も――。


 エヴァの言葉に、ルシアンは捉えどころのない笑みをひとつ残して、静かに部屋を出て行った。

 気が付けば空はお色直しをして、猫が引っ掻いたような月がぽかんと浮いている。エヴァにとっては久しぶりの穏やかな夜だ。



「随分と神妙な顔をしてどうしたの、エヴァ?」


 ベッドの上に視線を戻すと、先ほどまで窓の向こうに広がっていた夜空にも似た穏やかな笑みが、エヴァを見ていた。






 ◇ ◇ ◇





「仕事かと思ったんですが、どこ行くんです?」


「この数日、時間があったからな。領内を散策して遊んでて」


「そっすか」


 昨晩、クラウディアが目を覚ましてから屋敷の中は大騒ぎだった。

 一方でエヴァは、遠征とクラウディアの看病の疲れが一気に出て、一日をほとんど寝て過ごしてしまった。


 後悔とともに目覚めた午後、エヴァを散歩に連れ出したのはアルベールだ。

 行き先も告げず、エヴァを馬に乗せて走り出した。



「マテュールは花の生産が盛んだって聞いたから、一番近い花園を探したんだ」


「へぇ?」


「アンタ、花が好きなんだろ」


 どこで仕入れた情報かと不思議に思いながらも、間違っていないためエヴァは否定も肯定もせずにただ馬に揺られることにした。


 アルベールの繰る馬はほとんど体に負担がかからず、むしろ心地よさすらある。

 背中を包む温かさが心地よく、蹄鉄の音に耳を傾けながら流れる景色を見るともなしに見る。


 ルシアンがクラウディアを信頼したように、エヴァもまた、アルベールに対して恋とはまた違う気持ちを抱いていることに気づく。

 信頼と、尊敬と、安心と――。



「さ、着いたぞ」


 アルベールの手を借りて馬から降りると、そこは一面に薔薇が咲いていた。

 秋に咲く薔薇は数が多くない。全体を見たとき、春と比べれば圧倒されるような生命の脈動は感じられないものだ。


 けれども、一本一本が丁寧に花びらを広げ、香りも色も強い秋の薔薇は根強い人気がある。

 産地として育てているこの薔薇園は、数の少なさすらもあまり感じさせないほど美しく剪定されていた。



「うわぁ……。こんな場所があるなんて、知りませんでした」


「くっ。ほんと、花を見るときはいい顔するよな」


 吹き抜けた風が強い薔薇の香りを運んで、エヴァはいつかの出会いを思い出した。

 大切に心の奥にしまっていた、あの日のこと。サラサラと流れるダークブラウンの髪。目の前の人物が柔らかく笑んでいるのが、あの日との相違だろうか。


「アルベール様も、お花が好きなんでしょう?」


「どうしてそう思う?」


「葉の一枚にまで、優しいから」


 アルベールの戸惑ったような表情に、エヴァは確信した。

 信頼と尊敬と安心が恋に加わったらそれは……愛になる、と。


「アルって呼べよ」


「え?」


「旅の途中じゃそう呼んでたろ」


「あれは、必死だったから……!」




 薔薇を愛でながら、どれだけ話をしたかわからない。

 他愛のない話、浄化の旅での失敗談や成功体験、幼い頃の話、お互いの故郷の話。ただただ取り留めなく軽やかに交わされる会話は、ふたりに時間を忘れさせた。


 決して多いとは言えない明かりで仄かに照らされた薔薇に、周囲はすでに夜なのだと気づく。

 漂う香りにも夜露のような湿度が感じられる。


「もう、いい時間ですね。屋敷にもどらなくちゃ」


「エヴァ」


「はい?」


 呼び止められて振り向いたエヴァの頭に、アルベールの長い腕が伸びる。

 びくりと肩を強張らせると、「少し、じっとしてろ」と静かな低音が響いた。


 左のサイドに寄せて三つ編みにしていた紺色の髪の根元で、長い指が踊る。



「やっぱり、似合うと思ったんだ」


「え?」


 先ほどまでアルベールの手が触れていた場所に、おそるおそる触れてみると、何か髪飾りらしきものの存在があった。


 エヴァが困惑のままに瞳を上げれば、アルベールのいつになく真剣な、けれども怖いくらいに優しい瞳と視線がぶつかる。



「誕生日だろ、今日。メリリアに帰るまであと半月だしな。いろんな礼もこめて、さ」


「あ……」


 もう一度伸ばされたアルベールの手は、ガラスの彫刻に触れるかのように優しくエヴァの頬に触れ、親指で二度撫でた。

 エヴァは意味も分からずこみ上げてくる涙を胸の奥に押し込めて、笑って頷く。


「ありがとう、ございます」



隙あらばイチャイチャ。

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お読みいただきありがとうございます
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― 新着の感想 ―
[一言] 信じられるかい、これでまだ付き合ってないんだぜこの二人?( ˘ω˘ ) 絶対周りからはリア充爆発しろと思われてる( ˘ω˘ )
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