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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、戦う

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第26話 昼前の森


 表向きの目的地へ到着し、学生サポートメンバーたちは運んできた荷物を全て降ろす。

 ある程度の予想はしていたが、瘴気沼に最も近い場所にある騎士団のキャンプだというのに、緊張感が保たれているようには見えなかった。


 荷馬車(カート)に、空になった食料品の保管コンテナや壊れた装備などを詰み込んで、すぐに出発となる。

 休憩中の騎士団員たちが、プリメラやクラウディアに興味を持って話しかけるのを、ルシアンとポールクレルが嫌ったためだ。


 軽くなった荷馬車に女性三人を乗せて、こっそりと瘴気沼へ向けて進む。



「王国騎士の方って、なんだかもっと紳士なイメージがありました……」


「わかる! 思ったより、こう、肉食獣みたいな感じですわよね」


 困惑と驚きを混ぜたような表情で笑うプリメラに、クラウディアが大きく頷きながら同意した。

 エヴァは目の前で仲良くお喋りを繰り広げるふたりの、微妙な関係性について思考を巡らせたが、すぐに考えることをやめた。クラウディアとルシアンが互いの婚約者である以上、解決のしようがない謎なのだから。


 逆に、婚約している事実にさえ目を瞑れば、仲睦まじい二組のカップルが旅行を楽しんでいるようにしか見えない。

 まずポールクレルは、クラウディアとの距離の取り方を間違えている嫌いがある。書類の上だけとはいえ婚約者であるルシアンが目の前にいるというのに。

 いつ魔物に襲われるともわからない道中で、あわやクラウディアの腰に手を回すのでは、というシーンは数え切れない。


 ルシアンはルシアンで、やはり婚約者であるクラウディアがいるというのに、プリメラにメロメロなのを隠す気がないのだ。

 たまにクラウディアのほうへ、戸惑いの視線を投げるプリメラに好感を持ってしまうくらいには、エヴァから見てこの四人の様子は常識の範囲から大きく外れていた。


 ダブルデートの引率を任されているような、不思議な気分である。



「エヴァは、ぜんぜん絡まれなくて良かったわね」


「アルベール様がすごく目を光らせていらっしゃいましたもの! エヴァ=リタ様にお声をかけるなんて、瘴気沼を裸で泳ぐようなものですわ」


「はぃぃ??」



 ふたりの視線が思いがけず集中して、驚いたエヴァは頭の上のほうから声が出た。

 彼女たちの言葉が全く理解できず、けれどもそのまま荷馬車の上にいればオモチャにされることは想像に難くない。


「わたし、ずっと気になっていたのです。エヴァ=リタ様はアルベール様と……?」

「エヴァ、本当のことを教えてね。あなたたち、とっても仲良しだったり全然喋らなかったり、一体どうなってるのかしら」


「あの、おふたりとも、一体なんの話をしていらっしゃるのか……」


 エヴァは壁を作るように両手の平を胸の前に広げて、無理やり口元に笑みを浮かべる。

 さすが大根役者というべきか、ひきつった笑顔に自然さはまるでないが、もとより人付き合いが苦手なのだから仕方ないのだろう。そう、意味不明な嫌疑をかけられているこんな状況で、ニコリと笑えたなら社交界も怖くないというものだ。



「エヴァ! 遊んでないでちゃんと警戒しとけよ。油断してっと苦戦するぞ」


「ふぇぇい」


 アルベールに叱られたから仕方なく、という苦笑いを浮かべて荷馬車を降りる。

 もちろん、叱られるようなことはしていないのに、と思わないでもないが、あの地獄のような質問攻めから逃れられたわけだから、プラスかマイナスかで言えばプラス寄りだ。



 地に降り立って頭上を見上げれば、木漏れ日の隙間に青空がちらりちらりと見えた。

 太陽はまだまだこれから高くなるし、瘴気沼まではもう目と鼻の先だ。


 沼に近づくごとに魔物の襲来頻度が高く、また強力な種が出現するようになったが、エヴァが事前にその気配を察知するため、戦闘に不慣れなチームでも問題なく対応ができていた。

 一戦闘ごとに得た経験値は個の技術を飛躍的に上げ、またそれ以上にチームワークを向上させていく。


 お互いの立場や関係性を越えて、それぞれが絆のようなものを感じ始めていた。



 生温い風が吹く。


『来る。早い。東から』


「来るって。東!」


 突然の木々からの忠告に、エヴァも慌てて注意を促す。

 木々の声には焦りが多く含まれていて、具体的な情報は多くない。


 連携のとれたチームワークでそれぞれが準備を整え、お客様の登場を待つ。



「……これ」


「アンフィフテレ、か?」


 東から姿を現したのは、蛇のような体にコウモリによく似た翼を持つ、大型の魔物だ。王国内ではドラゴン族として分類されている。

 個体により異なるが、多くは毒を吐き、空中から突進して敵を突き飛ばすのが主な戦い方だ。鋭い牙にも気を付けなければならない。


「クラウディアは全体バリアに徹して。ルシアンはプリメラとポールに重点的な防御を!」


 想定をはるかに超えた強力な魔物の出現に、思考を放棄しそうになった面々をアルベールの声が鼓舞する。

 これまで陣形等は全てルシアンに任せていたアルベールだったが、積極的に指示を出したことが事態の深刻さを伝えた。


「はい!」

「任せろ!」


 エヴァはチームメンバーの戦う姿を見守りながら、足手まといにならない位置へと体を移動させた。

 いざ戦闘が始まってしまえば、祈る以外にやれることがないのが苦しいほどに歯がゆい。荷物の中から傷薬を探し出し、もしもの際に動けるようにしておくしかないのだ。



『傷。彼は傷ついてる。飛ばない。飛べない』


 木々の言葉にエヴァがアンフィフテレを見上げれば、確かにその飛膜は大きく傷つき裂けているように見えた。

 瘴気沼を囲む騎士団に傷つけられたものかもしれない。


「翼を怪我してるから飛ばないそうです!」


「おっす。……毒のブレスと尻尾の叩きつけだけ気をつけろ!」


 エヴァの言葉を、アルベールが具体的なアドバイスに変えてメンバーに伝えた。

 固い鱗が彼らの剣による攻撃のほとんどを防いでしまうが、アルベールの炎はかなりのダメージを与えている。


 また、毒を吐こうと口を開けば青魔法、つまり水を操るポールクレルがそれを押し戻し、尻尾を振り上げればクラウディアの防御壁がそれを無効化した。


 ドラゴン族は他の魔物と比較して強力な種だ。最も小さく力の弱いドラゴン族と呼ばれるトゥリヘンドであっても、鍛錬された騎士がふたりは必要だと言われるほどに。

 その中でアンフィフテレは中堅の強さと言えるだろうか。ドラゴン族の中では平均的だが。


「ごめんなさい、魔力がっ。あまり長くはもたないかも!」


 クラウディアが悲鳴にも似た叫びをあげる。

 今までと比べても長期戦になっているのがエヴァにもわかる。剣が通らないのが主な理由であろう。

 疲労のせいか、アルベールを除くメンバーの動きが緩慢になり、よく見ればいくらか傷も負っているようだった。


「お嬢様! 私は大丈夫ですから前衛を中心に防御してください!」


 全体バリアなど、魔力をスポンジのように吸い取っていくばかりだ。それに防御力も薄くなるせいで、敵の強力な攻撃に対してダメージの全てを防ぎきれない。

 毒のブレスをポールクレルが対処するのであれば、最も後方で隠れているエヴァに防御など必要ない。魔力は節約するべきなのだ。



「くそっ! ポール、口開けさせろ。ルシアン、俺が蛇の丸焼き作っから、意識がこっち向いてる間に口から引き裂け!」


 エヴァの言葉を受けてクラウディアがバリアを前衛に限定すると、アルベールが決着を急いだ。

 宣言通り、今まででも最も大きな炎がアンフィフテレを襲った。体が焼かれるのを嫌ったアンフィフテレが大きく身を捩ったとき、ポールクレルがその口に勢いよく水を放出する。


 アルベールの言う通り、頭部には鱗がない。大きく開いた口から剣を通すことができれば、致命傷を負わせることができるだろう。

 ルシアンが飛びあがって剣を振りかぶる。

 と同時に、暴れるアンフィフテレが尻尾をアルベールの頭上高くに振り上げた。


「やれ! ルシアン!」

「アルベール様っ!!」


 アルベールとエヴァが同時に叫ぶ。



 

 どさ、と巨体が倒れて森に静寂が戻った。

 アンフィフテレはアルベールに尻尾を叩き落とす直前に、ルシアンによって倒されたのだ。

 口から入ったルシアンの剣は真っ直ぐアンフィフテレの頭をスライスしていた。



すこし硬派なシーンでしたね!

アルエヴァがイチャイチャしすぎて(作者が)本来の目的を忘れるところでした。

次回は沼を浄化しますっ

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お読みいただきありがとうございます
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― 新着の感想 ―
[一言] >すぐに考えることをやめた。 カーズ様!? いやあ、手に汗握る激戦でしたね! >アルエヴァがイチャイチャしすぎて(作者が)本来の目的を忘れるところでした。 アルエヴァをイチャイチャさせる…
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