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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、戦う

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第25話 深夜の森



 オオネズミの報告に対して最も早く反応したのは、やはりアルベールだった。

 エヴァが告げるのと同時に剣を抜き、ルシアンの名を呼ぶ。ルシアンもまた、一瞬の躊躇はあったもののアルベールに名を呼ばれてすぐに防御壁を展開。

 草むらから飛び出したオオネズミは、アルベールの一振りで燃え尽きた、いや、燃える間もなく炭になった。


 オオネズミそのものはたいした脅威ではない。能力を持たない人物であっても、武器になりそうなものを振り回せば対処できることもしばしばあるほどだ。

 それでも魔物の到来に問題なく対応できたという事実は、ルシアンを中心としたチーム全体に自信を与えた。


 最も効果があったのは、ルシアンとプリメラのエヴァに対する信頼度の向上だったかもしれない。

 この件をきっかけに、ふたりはなぜエヴァが同行しているのかを正しく理解し、尊重するようになった。




「で、いつになったらまともに喋ってくれんだ?」


 エヴァは目の前で煌々と燃える火を眺めながら、アルベールの低音が胸の奥を震わせるに任せていた。


 大木が、周囲の木々を薙ぎ倒しながら倒れてできたらしい広く開けた場所で、6人はキャンプを張った。

 剣技の実力やそれぞれの能力に応じて、ふたりずつが組になって順番に夜間の見張りをすることになったのだ。


 だから、エヴァがアルベールとふたりでこうして火を囲むのは当然の結果と言える。

 このコンビならば防御ができなくても、魔物を素早く感知して圧倒的な火力で対処することができるのだから。


「昼間も喋ってました」


「違う。あれは報告と連絡と相談であって、お喋りとは言わねぇ」


「お喋りしたいんですか?」


 負けず嫌いなアルベールが、「そういうわけじゃない」と回答することを期待して、敢えて挑発的な物言いをする。

 すぐそばでクラウディアたちが眠っているとは言え、夜中に二人きりでいることは収穫祭の夜を思い出させて、意図して距離を取らないと冷静でいられなくなるような気がするのだ。


「その手の煽りは相手を選んだほうがいい」


 突き放したようなアルベールの物言いに、エヴァは痛む胸に気づかない振りをする。

 だが確かに、いつまでも意地になって口を利かないのも褒められたやり方ではない、と思い直した。


 叶わない想いだとわかっていて、それでもアルベールの記憶に残りたいと思っていたのではなかったかと。

 どうせなら、良い思い出として。せめて、悪い印象ではないように。


「……アルベール様は、本当に強いんですね。ここに来るまでにも多くの魔物と遭遇しましたが、ほとんど貴方おひとりでやっつけてしまって」


 作り物の笑顔を貼り付けて、世間話に移行する。当たり障りのない会話なら、人付き合いが苦手なエヴァも貴族の端くれと言える程度にはできるはずだ。


 戦闘経験のないルシアンやクラウディアたちと比べようもないのだが、それでも実際、アルベールの強さは目を見張るものがあった。

 炎の騎士と言われるだけのことはあると納得するほどに。


「まだたいして強いのも出て来てないし……、それに、特別交易条約があるとはいえ、わざわざルシアンを育ててやる必要はねぇからな」


「そ、ですね。いずれ剣を交えるかもしれませんもんね」


 メリリアの騎士に、隣国の国境を守る未来の侯爵を育てる義理はない。

 当たり前の言葉でありながら、けれどもそれはエヴァの心を深く沈めた。場合によっては敵対する可能性もあるのだと思い出されて。


「だが根本的に――」


「?」


 炎を挟んで、エヴァの正面よりややナナメの位置に座っていたアルベールが立ち上がる。

 アルベールが移動するたびに、その影がルシアン、プリメラ、クラウディアの上を順に流れて行った。そして、おもむろにエヴァの横へ腰かける。


 しかしふたりの間にある適切な距離は、エヴァに身じろぎすることすらも躊躇わせた。


「気に食わない」


「ルシアンは全ての人に広く好かれるタイプじゃないですから。軽薄だし女好きだし」


 エヴァは炎の向こう側で規則正しく胸を上下させているルシアンの寝顔を見ながら、目元を和らげる。

 今まで散々憎まれ口を叩いてきたのが、罪悪感のせいだったと幼馴染が告白したのは昨日のことだ。だがそれは、エヴァの大切な思い出をより美しくしてくれた。


 もしかしたら、ルシアンは幼い頃の優しさや繊細さを今も持っているのかもしれない、と思えるようにもなった。


「そういうとこ」


「は?」


「あぁ……いや、単純にあの手の色男は好きじゃねぇんだ」


「よく言うわ」


 確かにルシアンのほうがより多くの女性ウケを狙える顔立ちだ。垂れ目と大きな口は優しそうに見えるし、実際、エヴァ以外の女性に対しては実にスマートに接する。

 一方アルベールは特にこの鋭い目が人を寄せ付けず、色男の形容は似つかわしくないだろう。だがそれでも。


 エヴァは呆気にとられたまま、肩をすくめて溜め息を吐いた。

 これで色男でないというなら、エヴァは今こうして悩まずに済んでいるはずだ。顔面凶器をぶら下げている自覚を持てと何度。


 周囲の小石を手当たり次第に火の中に投げ込んで鬱憤を晴らす努力をする。

 そのうちに、エヴァの全力の攻撃を受けた枝が火の中でバラバラと崩れて、炎の勢いが小さくなった。


「あっあっ」


「なにやってんだ……。あ、おい。危ねぇぞ」


 エヴァが燃料たる枝を追加しようと膝立ちになって炎のそばに寄ったとき、思いがけず火が大きく広がった。

 そう言えばアルベールは赤魔法なのだと思い出しながら、その肌を舐めようと襲い掛かる火に目を瞑る。今の態勢から後方へ避けるのでは間に合わない。


 騎士団印の傷薬は、補給品の他にも自分たちが使うためにいくらか持参している。

 その薬はよく効くとの噂だし、炎の騎士が目の前の火もすぐに調節してくれるはずだ。多少の火傷はしても、(あと)に残るような大怪我にはならないだろう。


 でも、痛いのはイヤだなぁ。と閉じた瞼をさらにぎゅっと強く結んだとき、勢い任せに腕を引っ張られて、エヴァの体は後ろへと倒れた。


「ぴゃっ」


 背中が温かなものに包まれて、痛みはどこにも感じない。ただ、突然のことで止まってしまった思考を復旧させるのに、たっぷり深呼吸三回分の時間が必要だった。


「悪い、火はこっちで調整するって先に言うべきだった」


 エヴァの耳元で囁かれる声には確かに反省の色が含まれている。

 アルベールは右腕でエヴァの体の位置を微調整して、左手でエヴァの髪をかき上げながらその顔を覗き込んだ。


「こっ、こちっ、こちらこそっ」


「怪我はねぇ……な」


 長い指でエヴァの顎やこめかみを掴んで、ぐりぐりと色々な角度から観察をしたアルベールは、細く長い息を吐きながらエヴァの体を抱き締める。

 頭が埋められた首元にアルベールの息がかかったことで、エヴァの頬の熱が急激に上昇した。


「あのっ」


 上昇した体温も、暴れ出した鼓動も、密着していては相手に伝わってしまう。

 なによりアルベールに抱きすくめられている状況から逃れたいエヴァは、必死でもがきながら両の手で相手の背中をぼこぼこと殴りつけた。


 顔面凶器をぶら下げている自覚を持てといっても、その顔面凶器を隠すのに首に埋めてもらいたいわけではないのだ。


「火のそばで暴れんなって」


 エヴァが身を捩るほど、アルベールの腕に力がこもる。

 しばらくの抵抗の後、ついにエヴァの力ではびくとも動かないほどきつく抱き締められて、その腕の中から脱出することを諦めた。


 恥ずかしさのあまり呼吸もろくにできず息苦しさを感じ始めた頃、やっとアルベールの拘束が緩くなって、お互いに心音が届かない程度の距離をとる。


「チッ……。ちょっと焦げちまったな」


 エヴァの顔の横に流れる髪の先を掬って、アルベールが眉間に深い皺を寄せた。

 その親密な動作と、ふたりの心の距離とは大きなギャップがあって、エヴァは居心地の悪さから逃げ出すように大きく体を離す。


「え……っと、お騒がせしてすみません、助けていただきありがとうございます」


「いや、俺が……。まぁ、そうだな、アンタが石で消火しようとしたのが悪いな」


「消そうとしたわけじゃっ」


 エヴァが自分の膝に向けていた視線を上げて真っ直ぐに前を見ると、アルベールは微笑ましい、あるいはからかうような笑みを浮かべていた。

 いつもの鋭い視線が和らぐと、()()度が急激に上がる。もし意図的にやっているのだとしたら、かなりの手練れだと、エヴァは唇を噛んだ。



「この遠征を終えてマテュールの屋敷に戻ったら()()から、そのつもりで」


 スンと真顔に戻ったアルベールの口から零れた言葉は、同じようにエヴァの心臓の鼓動も一瞬にして静める効果があった。



なぜか勝手にイチャイチャを書いてたシーンです。プロットになかったんですがねぇ。


彼らの旅はまだまだ続きます。

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お読みいただきありがとうございます
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― 新着の感想 ―
[良い点] ナイス! ナイスいちゃいちゃ!! でも最後ーー!!そりゃすーんなるわ!すーん!! にくいねこんちきしょう!!
[一言] オオネズミは犠牲になったのだ。 古くから続く(ry 炎くん「空気読んだやで」
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