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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、戦う

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第22話 空路の雑談


「グリフォン……初めて見ました……」


 プリメラの呟きに、ルシアンが得意げになってグリフォンがいかに素晴らしい従魔動物であるかを語り続けている。

 ルシアンが語り始めてから、ポールクレルは3回足を組み換えたし、クラウディアはそろそろウトウトと舟をこぎ始めたが、まだ終わる様子はない。


 騎士団によって飼育されるグリフォンは、一頭につき8人乗りのキャリッジを引いて空を駆けることができる。

 陸路だと、あらゆる手を使って高速移動しても5日以上かかるマテュール領までの道のりを、たった1日で移動するのだというのだから、確かに騎士団にとって必要な従魔動物であろう。


 御者は離着陸の際にキャリッジに衝撃が走らないよう浮かせることのできる、風を扱う緑魔法の能力者であることが求められた。

 鷲の上半身と翼、それに獅子の下半身を持つグリフォンは雄々しく、美しい。

 緑魔法を持つ男子の憧れの職業の一つが、このグリフォンキャリッジの御者だった。



 キャリッジには、エヴァ、クラウディア、ポールクレル、アルベール、そしてルシアンとプリメラが乗車している。

 向かい合わせの縦に長い座席は、決して座り心地の良いものではないが、ポールクレルを乗せるせいもあってか、他のキャリッジと比べると最も上等なものが用意された。


 キャリッジは全部で3台準備され、チーム毎に分かれて乗り込んでいる。

 つまり、この因縁の深い6人がひとつのチームとなって協力して戦地を駆け抜けることになるのだ。


 エヴァは、隣で不安定に揺れるクラウディアの頭の後ろにクッションを置くと、自らの座る位置を調整して安定させる。

 殿方の前で寝顔など見せるべきでないと思いつつ、けれども緊張と興奮で十分な睡眠がとれていない主人(マスター)には、多少なり安息が必要だ。



「ポールクレル殿下、選抜トーナメントではご活躍だったそうですね」


 やっとグリフォンの講義を終えたらしいルシアンが、ツイと顎を上げて横に座るポールクレルへ声を掛けた。


 選抜トーナメント――。

 周囲の嘲笑と、見ず知らずのアルベールのフィアンセへの罪悪感に耐えきれずに逃げ出してから、エヴァがアルベールと顔を合わせるのはこの日が初めてだ。


 理由はどうあれジャエルのいるマテュール領への遠征が決まったこともあり、トーナメントからこの日までの10日間に王都でやるべき仕事はなかった。

 ただクラウディアとともに、この遠征に必要な知識を頭に叩き込むために図書室に引き籠る毎日だったのだ。


 腕を振り払って走り去るという強烈な逃げ方をした後では、まともに目を見られるはずがない。

 エヴァは正面に顔を向けることができず、おろおろと視線を彷徨わせ続けていた。


「幸運にも、素晴らしい白魔法の使い手とペアが組めたものだから。思ったほど苦労をせずに済みましたね」


 ポールクレルが和やかに受け答えをする横で、アルベールは目を細めてエヴァを眺める。時間の経過とともにその表情が険しくなるものの、幸か不幸かエヴァがそれに気づく気配はなかった。


「クラウディア嬢は確かに素晴らしい能力をお持ちだ。……しかし、なんで今回はエヴァ=リタを連れて来たんだか」


 苦笑するルシアンの言葉に棘を感じてエヴァが睨みつけるが、ルシアンにはなんの効果ももたらさない。目が合えば、ふっと鼻で笑ってエヴァの神経を逆撫でする。



「……エヴァは特別ですわ。ルシアン様もきっと、エヴァに助けられることがありますわよ」


 エヴァの肩にもたれていたクラウディアがおもむろに体を起こして、ルシアンへ反論を試みた。

 今まで右の肩にかかっていたクラウディアの柔らかな重みがなくなり、反動でエヴァの体が右側へと揺れる。


「ハッ。行軍中に旨い茶でも淹れてくれるのか? 楽しみにしとくよ」


 人を小馬鹿にしたような声音には腹が立つが、エヴァはルシアンに言い返す立場にない。むっとして強張った身体を、深く息を吐きながら緩めていく。


 6人の男女を沈黙が包んで、外の風の音が響いた。ゴウゴウと大きな音に紛れて、たまにキャリッジの戸が軋むのに合わせてピーと甲高い音が紛れる。

 

「ああ、エヴァ=リタはともかく、このメンバーなら騎士団のサポートではなく僕らの手で沼の浄化ができると思うんだが、どうでしょう?」


 一言多いと思いつつも、その余計な部分は紛れもなく正論であるため、エヴァは眉をひそめて小さく溜め息を吐いた。

 ルシアンの言葉に表情を変えたのはプリメラだけだ。空色の瞳をこれでもかというほど大きく見開いて、声にならない声をあげようとしている。



「そりゃ無理だな」


 ともすれば外の風の音に飲まれてしまいそうなほど静かに否定の言葉を発したのは、アルベールだった。

 10日ぶりに聴く低音は、やはり変わらずにエヴァの鼓動を跳ねさせる。


 ルシアンは片方の眉を上げて、目で言葉の真意を問うた。


「ただでさえ俺たちの協力ありきの空論だってのに、エヴァを頭数にも入れない指揮官じゃお話になんねぇよ」


「そうだね、実戦経験の乏しい学生が数人集まってどうにかなるシロモノではないだろう。マテュール侯爵のご子息なら、もう少し戦闘についての目利きができるかと思ったんだけれどね」


 アルベールの言葉に同意したポールクレルは、いつもと同じ柔和な笑みの中に少しの嘲りが混ざっている。


 ルシアンがエヴァを馬鹿にするのはずっと昔からのことで、エヴァはそれにもう慣れたつもりでいた。慣れたと思っていた。

 しかしふいに零れ落ちたアルベールの暖かい言葉は、じわじわと胸に広がってエヴァを喜ばせた。


 自分自身でさえ有用な能力ではないと、なかったことにして生きて来たというのに、彼らはエヴァの能力に価値を見出しているのだ。




「頼む。いや、お願いします」



 冷えたキャリッジに響いた殊勝な言葉は、かりそめの仲間全員の注意を集めた。

 ルシアンは、一人一人の目を順番に見つめながらマテュールを取り巻く苦しい状況についてひとつひとつ挙げていく。



「瘴気沼が湧いた事実は、他国にもすぐ知れ渡った。もちろん、明確な軍事行動を起こしたりはしない。ポールクレル殿下……貴方がいらっしゃるからだ。

だがメリリアまで敵にまわす度胸はなくとも、僕たちマテュールを疲弊させる絶好の機会だと考えたらしい。国境のあらゆる場所で小競り合いが増えた」


 すでに同じ話を聞いているのか、プリメラだけは固い表情で小さな拳を握り、俯いていた。

 茶々を入れる者は誰もいない。ただ静かにルシアンの話に耳を傾けている。


「国はまともな数の騎士団を寄こさない。北方が難しい状況であることはわかっている。だが、北方の十分の一にも満たないサイズの沼を、いつまでもただ現状維持に留める必要なんてないんだ。

マテュールの勢いを削ぐつもりでいることは、誰にだってわかる。でもなんでこんな扱いを受けなきゃならない? 父は騎士として国に忠誠を誓ってるんだ。国を守るための国境警備じゃないか」


 エヴァが、クラウディアの()()に首を傾げたのがそれだった。

 ジャエルは善良な人物ではないし能力至上主義的な思想も強い。しかし国への忠誠心がぶれたことはないし、よく言えば真面目……悪く言えば頑固な男で、【国のための防衛】という信条を捨てることは考え難い。


 なぜ国はマテュールを警戒するのか……。


「実は最近、いや正確にはここ2年近くだろうか、父の様子が」


「ジャエル様に何かありましたか?」


 ルシアンの言葉に最も早く反応したのはクラウディアだ。

 誰かの身に良くないことがありそうなら、いつだって自分に出来ることを探すのが主人(マスター)であることをエヴァはよく理解している。

 ただ、周囲(まわり)はそうは思わない。偽善者だとか、イイコぶりっ子だとか、どれだけの陰口を叩かれていることか。



「きっと疲れてるんだろう。あまり国境の戦線に出陣することがなくなった。自室に籠ってることが増えたんだ。父が顔を出さないのは戦意にも影響するし……。

とにかく、国が何を考えてるか知らないが、現状維持をいつまでも続けていられるほどマテュールは今まとまってない」



 ――だから助けてほしい。



 エヴァの人生において、ルシアンが頭を下げるのは初めてのことだった。


このシーン書くのにすっごい時間かかった思い出。

おバカだけどおバカじゃないルシアン君が難しくて……。


次回はルシアン君VSアル君というべきか、ルシアン君VSエヴァというべきか。

どうぞ引き続きお楽しみいただけたら嬉しいですー

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お読みいただきありがとうございます
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― 新着の感想 ―
[一言] まさに、キンクリwww ルシアンに関しては、エヴァの事を馬鹿にし過ぎですが、彼女の能力を全く知らない状態で、現在の自分達の苦境が合わさったらこういう反応にもなるのかもしれないですね~……。…
[一言] 選抜トーナメントがキンクリされた( ˘ω˘ ) まあこれ異世界恋愛小説ですしねw 天下一武道会が始まったら、読者の方が困惑しますよねw >「ただでさえ俺たちの協力ありきの空論だってのに、エ…
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