第21話 観戦中の諍い
朝からずっと、ガエテル高等学校は大騒ぎだった。声援も悲鳴も勝鬨も、至る所から溢れている。
普段、クラウディアの学校生活にまでついて行くことのないエヴァも、選抜トーナメントとなれば話が違う。
乱れた衣類などの身だしなみを整え、また、万一の場合に備えてすぐに対応できるよう、トーナメントの様子を朝から観戦していた。
トーナメントはペアでの対戦となり、代表者が参加申し込みをして数が多ければいくつかのブロックに分けて開催される。
ペアである理由は、白魔法の救済だ。クラウディアが良い例で、防御に関していくら秀でていても、攻撃の手段を持たなければ勝ち進むことができない。
それに実際の戦闘ではほとんどの場合においてチームワークも必要になるので、個人戦で行わないことは良い判断と言えた。
「ルシアン君がクラウディア嬢を選ばなかったのは幸いと言っていいもんか」
エヴァの横には背の高い男が腕を組んで立っている。
この男のおかげでエヴァは四方八方から突き刺さるような視線を感じており、生きた心地がしないのだが、本人は気づいていないらしい。
「ルシアン様の言い分にも一理ないわけではありませんが、心象は良くありませんね。……まぁ、仰る通り殿下にとっては幸いだったかもしれませんが」
どこで誰が聞いているかもわからない場では、エヴァはあくまで侍女としてのコメントしかできない。
心の中でいかにルシアンを罵ろうが、口に出すことはこれが精一杯だろう。
トーナメントの申し込みが始まったとき、ルシアンはクラウディアに対して「ペアを組むつもりはない」と宣言したのだ。
クラウディアもルシアンも成績優秀者で、このトーナメントを勝ち残る有望カードと見られていたが、婚約していながらペアを組まないという事実は瞬時に学校中を駆け巡った。
しかしルシアンの言葉には一定の理解が得られ、誰もが仕方ないかと飲み込んだ。
――白と白が組んだところで勝ちにつながることはない。ペアを組む意味がないだろう。
けれどもそれは、マテュール領を守る侯爵夫妻というペアとして考えたときにも、同じことが言えるのではないかとエヴァの心は暗く沈む。
やはり、婚約破棄を回避してクラウディアがマテュールの家に入っても、幸せな未来が待っているとは思えない。
「しっかし、だからってペアの相手が虹とはな。余程自分の腕に自信があんのか?」
「……もう少し声のトーンを落としてください」
アルベールが呆れたようにため息交じりに放った言葉は、いろんな方向に喧嘩を売ってしまう。
虹色を持ったプリメラは容姿の可愛らしさも相まって、学校中の男子生徒から聖女と崇められているのだ。プリメラを軽んじる発言は控えたほうが無難である。
もちろん、ルシアンの剣技の腕に疑念を持つようなセリフも、ルシアン過激派の神経を逆撫でするだろう。
彼女たちはルシアンこそ国内最強剣士だと思い込んでいる節がある。
それに。
戦闘に関して全く資質を持たないプリメラがペアの相手となれば、条件はクラウディアと組むのと変わらないのだ。
クラウディアを蹴ってプリメラを選ぶ理由はただ単純に……。ここまで考えて、エヴァはプルプルと首を振った。あのクソルシアンについて考えたらイライラするだけだ。
「ポールを白魔法と組ませたらもう無敵よ」
「だから声を抑えてって……!」
アルベールを振り仰ぐと、そこにはイタズラっ子のような楽しげな笑みが浮かび、エヴァは言葉を詰まらせて俯いた。
結果の見えている試合に飽き飽きして、エヴァをからかって遊んでいるのだ。
実は優しいとか、実は真面目だとか、実は謙虚だとか、知らなかった好ましい点を見つけるたびにドキドキさせられたが、まさか好ましくない点でも心臓が跳ねるとは。
このトーナメントで上位8名程度が、マテュール領の瘴気沼浄化作戦への参加を認められる。
8名はそれぞれ1名だけ、外部の人間を作戦へ参加させて良いことになっている。これは、より相性の良い人物とペアを組む方が成功率が上がると考えられるためだ。
トーナメントを勝ち残った際には、クラウディアはエヴァを、ポールクレルはアルベールを連れて浄化作戦へ参加する予定になっていた。
また、作戦に参加することで生徒たちは進路選択にアドバンテージが得られるという。
他国の王族に傷でもつけたら外交問題になりかねないことも含め、卒業後の進路選択に無関係なポールクレルの参加は、本来認められるはずがない。
しかし参加を認めさせるだけの何かが裏で働いたのだろう。
「これって優勝決めんだっけ?」
「あ、いえ……8名、つまり4ペア残った時点で終了です。最後までやって大怪我されては元も子もないので」
「なんだ、ルシアン君とポール、違うブロックかよ」
「残念そうにしないでください」
そもそもルシアンはこのトーナメントで勝とうが勝つまいが、参加は決まっている。彼の試合などエキシビションマッチみたいなものだ。
それでもわざわざ出場するのは、恐らく学年の若いプリメラを連れて行くことを、周囲に認めさせるためではないかとエヴァは考えている。
または、クラウディアとの不仲をアピールする――エヴァはもう一度首を横に振って、会場内に視線を彷徨わせた。
「そろそろお嬢様の……」
「ほら、あっちだ」
アルベールがエヴァの手を掴んで、隣のコートを指さした。
そのままエヴァを引っ張って歩き出し、いつかの卒業パーティーのように、人込みがさっと分かれて道が生まれる。
「あれ、エヴァ=リタ様じゃないかしら?」
「子爵家の無能がどうして」
「ご覧になって、侍女服がよく似合ってらしゃる」
「なんでアルベール様と」
通り過ぎざまに聞こえる、いや、聞かせようとする女生徒の声に、無防備だったエヴァの心には小さなひっかき傷が生まれる。
立場の違いを自覚していながら距離をとらなかった自身の失態だと、エヴァが思わずアルベールに握られた手を引くと、それはまるで石にでもなったかのように動かなかった。
「あの……っ!」
「言ったろ、『好きなように言わせておけ』って」
一瞬振り返ったアルベールが、不敵な笑みで囁いた。
エヴァは記憶の片隅から、マテュールのガーデンパーティーへ向かう馬車の中の会話を思い出す。
確かに、確かにアルベールはそう言ったけれども、あれはあくまでエリザベト・バイエの話だ。
「あら、でもアルベール様にはフィアンセがいらっしゃるのではなくて?」
「とてもお美しい方だと噂が」
「アルベール様は婚約者をとても大切にしてらっしゃると聞いたのに、実は火遊びもお好きなのかしら。幻滅」
ピシ、とエヴァの心にひびが入る。エヴァにはその音すらも聞こえたような気がした。
頭の先から水を被せられたように冷たくなっていく。
無意味な横恋慕をして笑われるのは、事実なのだから仕方ない。だからといって笑われたいわけではないけれども。
だがアルベールに悪い噂がたつのは看過できない。
婚約者のあるルシアンと仲睦まじくするプリメラに、全く悪い印象を持たなかったわけではないのだ。そのプリメラと同じことをしてどうする。
エヴァは立ち止まって、勢いをつけてアルベールの手を振り払う。
衆目の中でこれ以上一緒にいるべきではないし、仕事と感情は分ける必要がある。クラウディアの侍女として恥ずかしくない行動を。
精一杯に振った腕に、アルベールの手はついてこられずに離れた。
その隙に、エヴァは走り出す。元来た道を戻るように。この不細工な顔を誰にも見られないように。
悲しい、寂しい、悔しい、そんな嫉妬まみれの汚い涙を見せないように。
「あ、おい! エヴァ!」
大好きな低音が背後に聞こえ、エヴァは一層足を速める。
どこかでクスクスと笑う声が響いた。
最近一生ゲームやってましてね。
サムライが鍛冶屋と手を組んで地域の情勢を悪化させ、刀鍛冶の発注を増やそうっていうマッチポンプ的な。
ゲームはいけませんね、昼夜が逆転します(更新時間が遅くなっている言い訳だったらしい)。
章タイトルからかけ離れたシーンから始まりましたね。侍女、観戦しとるやんけ。





