第18話 誕生日の贈り物
髪色が艶やかな紺に戻った女と入れ違いに、ブロンドの髪が書斎を訪れた。
アルベールは、それが日中を共に過ごした女の髪色にあまりにもそっくりで、目を丸くしたのを誤魔化すように机上の雑多な書類をまとめる振りをする。
「やぁ。さっきは随分と楽しそうだったね」
「そう見えたか?」
「ああ、いつもは眉と眉がくっついてしまうんじゃないかと心配する程なのに、今日は目尻まで垂れっぱなしだったよ」
「鼻の下が伸びっぱなしだった王子よりはマシだな」
先ほどまでエヴァの座っていた場所へポールクレルが腰かけるのを横目で確認し、テーブルの上のカップをガチャガチャと片付ける。
普通であればデシレがとうに新しい茶の準備を進めているはずである。
客でもあったのだろうかと屋敷のどこかの気配を探るが、それはすでに扉のすぐ向こう側へ迫っていた。
「アルベール様」
呼び声とともに大きく開かれた扉が、壁に貼ったマテュールのタウンハウスの見取り図をふわりとはためかせる。
ノックもそこそこに入って来たのはやはり大柄な侍女のデシレだったが、腕にはいくつかの荷物を抱えていた。
「随分慌ててどうしたんだい?」
「殿下、お茶のご用意もせず申し訳ありません。人を待たせておりますのでもう少々お待ちくださいませ」
「ああ、構わないよ。あとでアルに淹れてもらうからね」
忠実な護衛をからかって遊ぶのはポールクレルの褒められない趣味の一つで、最近ではそれを注意する人物もいない。
もちろんアルベールも聞こえていない振りをして、デシレの手から分厚い封書を受け取った。
「父上からか」
「ラッツァリーニ伯爵の言付けにより配送人が返事を持って帰ると」
乱雑な机上からペーパーナイフを探すことを諦め、びりびりと乱暴に封を開けて中身を取り出す。
アルベールの父クロヴィスは、王子に付き従い長期にわたる他国での仕事に出た息子に代わり、婚約者を探す役目を負っていた。
【誕生日おめでとう】から始まるその手紙には、家柄、能力、人柄、容姿、どれをとっても優れた人物であるとの紹介文とともに、その素晴らしい女性の釣書が同封されている。
これが誕生日プレゼントだというなら随分と趣味が悪い、と思う。
「チッ……」
アルベールは舌打ちとともに、少し右上に傾く独特の癖があるクロヴィスの文字を追いながら、確かに条件としては悪くないだろうと考えた。
ポールクレルのお相手だと紹介があっても疑わない程度には、家柄も能力も申し分ない人物だ。残念ながらこれを断る理由がアルベールにはない。
仕方なく、積み上げられた書類の束の下の方から便せんを引っ張り出して、ポールクレルに手のひらを差し出す。
まず間違いなく、インクがしっかり補充された万年筆をこの部屋のどこかから発掘するよりも、ポールクレルの内ポケットから取り出すほうが早いのだ。
「この男は万年筆も武器にしてしまうから、すぐなくなるんだろうね。ところでデシレ、そっちの箱はなんだい?」
ポールクレルは差し出された大きな手に琥珀の万年筆を乗せながら、未だデシレの手に乗せられたままの赤いリボンのかかった箱に目を留める。
剣を扱うせいか、体格のせいか、デシレの手も女性にしては大きい方だが、箱はそのデシレの手と同じくらいのサイズだ。
「あ……。これはエヴァ=リタ様が――あっ! ……捨てておくようにと」
「ふぅん?」
ポールクレルはけだるそうに足を組んで、肘置きに乗せた手で自らの頬を支えながら、勢いよくデシレの手から箱を奪い取ったアルベールを眺めた。
その容姿に似つかわしくない細やかな指の動きでリボンを丁寧に外し、蓋を開ける。
アルベールの対面にいるポールクレルにその箱の中身は見えなかったが、甘酸っぱいリンゴとバターの香りにそれがお菓子であることを理解した。
すぐに箱の蓋を閉じたアルベールは、書きかけの便せんを破り捨てると新たな紙に何事か書き殴って、さっさと封蝋まで終えてしまった。
「なにか、考えを改めたようだね?」
「なんの話だ」
「いや、別に。さて、今日の進捗について話をしようか?」
アルベールから受け取った手紙を持ってデシレが早足で書斎を出て行くのを確認して、ポールクレルが手の平を上にして対面に座る男に差し出す。
琥珀の万年筆を摘まみ上げて蓋がしっかり閉じていることを確認しながら、アルベールがお返しとばかりに口の端を持ち上げた。
「なんでか知らんが、ジャエルは息子の婚約者が気に入らねぇらしい」
「ほう? 噂によるとジャエルが無理を押し通して決めた婚約だろう?」
アルベールの持ち上げた万年筆は、ポールクレルの手の平よりも指1本分だけ上に位置したままプラプラと揺れている。
人差し指と親指で器用に揺らしながら、相手の反応を伺うアルベールだったが、柔和な笑みを崩さないポールクレルに舌打ちをしながら指を離した。
ポールクレルの中指に落ちた万年筆は、吸い込まれるように真っ直ぐ手の平へ向けて倒れる。
「状況が変わったんだろ」
「私たち全員がそのようだ」
万年筆をしまって内ポケットから離したポールクレルの指には、1枚の紙が挟まれていた。
アルベールは紙の上に視線を走らせ、なんらかのリストであると認めてからポールクレルへ説明を求めた。
ずらり並んだ人名に、ロシュタルの政治に関わる人物で、かつ同世代のこどもを持っているという共通点があることはアルベールもすぐに気づいたが、それが何を意味しているのかわからない。
「反サルトリオ派の面々だ」
リストをアルベールの手に預けると、書類の束の上に新たに積まれた、ラッツァリーニ伯爵から届いた釣書を手にとって視線を走らせる。
ピュゥと小さく口笛を吹いたことにも、父親からのプレゼントを屑籠へ放り投げたことにも気づかないアルベールに、若き王子は楽しげに目を細めた。
アップルローズタルトはこのあとスタッフが美味しくいただきました。





