第14話 言いなりの侍女
いつもお読みいただきありがとうございます。
新章突入しましたわー
高い空はどこまでも澄んでいるのに、見上げたエヴァの視界の隅にはドロドロと重い雲が顔をのぞかせていた。
きっとあの雲は、遠くへ流れていくと信じて。
「今日もお洗濯日和!」
衣類のほとんどは、破れや型崩れから守るために風の魔法を用いた乾燥士にお願いするので、侍女たちが庭に干すのはシーツやタオルのような白くて四角いものばかりだ。
それを綺麗に並べながら干し終えると、風に揺れる白い洗濯物に達成感のようなものが感じられる。
「エヴァ! 今日はポールクレル様のお手伝いではないの?」
「ええ。今週は水曜日にしてほしいと」
スパイの真似事は、特に何もなければ月曜日にお願いしたいと言われ、既に2回、学校横のタウンハウスへ顔を出している。
初日はアルベールが、事件の概要やエヴァに依頼する可能性のある事項についての説明を行った。
2日目は、マテュールのタウンハウスに出入りする庭師や洗濯・乾燥士の道具があった。
「へぇ。お忙しいのかしら。ね、いつもどんなことをしているの?」
「内緒です」
入手経路を聞く気にもならない古い道具たちの声を聞くだけなら、わざわざタウンハウスまで出かけなくとも、学校の図書室で行われる週に二度の授業のときでも良いのでは、と思ったりもする。
けれども、クラウディアにはこの件について何も聞かせるべきではない。
真実を知れば知るほど危険度が上がるということもあるだろうが、それだけじゃない。
ジャエルはルシアンの父親なのだ。クラウディアの婚約者の父親を疑っているだなどと、誰が面と向かって言えるだろうか。
洗濯士が用いる長さ1メートルほどの棒はジャエルについて、「いつからだか覚えてないが、以前に増して平民への当たりが厳しくなった」と語った。
庭師のハサミは「ジャエルが何かを抱えて夕方の庭を駆け抜けるのを見た」とも。
そんな話を、エヴァはクラウディアのいるところで復唱することはできないのだから、やはり侍女としての仕事と、依頼されたスパイ行為はしっかり分けて行わないといけないのだろう。
「ね、水曜日ってもしかしてマテュールのガーデンパーティーじゃないかしら」
「そうなんですか?」
クラウディアの言わんとすることがイマイチ理解できず、エヴァは気の無い返事をしながら洗濯籠を抱えた。
何も言わずとも勝手についてくることだろうと、屋敷へ向かって歩き出す。
「小さなパーティーだから招待客は限られているの。でもポールクレル様はご招待があったと思うのよ」
「へぇ」
お嬢様と王子様は勉強もせずに一体どんな話をしているのか、と侍女長が言いそうなセリフが頭をよぎったが、言わないだけの冷静な判断はできた。
洗濯籠を所定の場所に放り投げて時計を見れば、まだ9時にもなっていない。
お嬢様のご予定は午後にダンスのレッスンだったはずだから、午前中は図書室にでも突っ込んでおけばいいか、と行き先を決める。
「わからない? アルベール様はポールクレル様優先でお守りするのでしょう?」
「そうでしょうねぇ」
「じゃあ水曜日にエヴァを呼んでも、アルベール様は守ってくださらないのでしょ?」
「どうなんでしょうねぇ」
エヴァにとっては言われた通りにするだけであって、彼らがどんなスケジュールだろうと気にはならないのだが。
ふと赤く短い髪をした大柄な侍女を思い出した。
犯人と思しき相手から、特段こちらの動きを見破られた様子はない。そんな危険とも思わない状況下であれば、アルベールが必ずしも横にいなくてもいいのではないかと思う。
なにより、あの美形がそばにいては心臓に悪い。
「いいわ。明日のお勉強会でポールクレル様に直接聞くもの」
小走りになったクラウディアがエヴァを通り抜けて図書室へと入って行く。
どうやらエヴァが彼女を大人しくさせるために図書室を選んだことを理解しているらしい。
◇ ◇ ◇
「ポールクレル様からお手紙をいただいたときにね、確信したの」
「何をです?」
図書室の本棚の掃除。エヴァが以前掃除したのはもう2ヶ月も前のことだ。
簡単な掃除なら日々やっていると言っても、こうして本を全て取り出すとなると、さすがにそれくらいの頻度になる。
一方で、クラウディアが前世の記憶があるなどと狂ったとしか考えられないような話を始めたあの日から、2ヶ月しか経っていないのかと驚いたりもする。
「やっぱりエヴァが鍵ってこと」
エヴァが棚の掃除を続けるそばで、クラウディアが楽しそうに【ぱそこんげーむ】について語り出す。
この世界についてではなくて、【ぱそこんげーむ】を楽しんだ一人のアラサーとしての話だ。
「わたくし、仕事ばかりだったからこのゲームをしているときだけが生きてるって感じがしていたの」
パタパタパタとハタキをかける。舞った埃が光に煌めく。
以前クラウディアが話した【前世の仕事】は、人身売買みたいなものだった。奴隷であるアラサーが、同じく奴隷であるハケンを売り歩くのだと、エヴァは理解している。
ろくでもない世界だと思う。
そんな生活の中で、プリメラになりきってルシアンのような美形からチヤホヤされる経験ができるなら、確かに暇を見つけてはやりたくなるかもしれない。
「ポール様がいちばんの推しでね」
「推し」
声が漏れることを危惧してポールの名だけを小声で発していたが、話の全てが、誰にも聞かれてはマズイことを理解していないらしい。
エヴァは小さく溜め息を吐いて先を促した。
「ポール様ルートは何度やったかわからないわ。でね、ポール様とお近づきになるには、貴女からの信頼度が一定以上ないといけないのよ」
「はぁ」
いよいよクラウディアの頭はまずいかもしれないと思いつつ、真剣な表情に黙って聞くことを選ぶ。
いくら頭がまずかったとしても、【ぱそこんげーむ】の預言は度々当たっているのだ。
「つまり彼らは最初から、貴女に近づくことを目的にわたくしに手紙を寄越したのよね」
「お嬢様……」
「でもいいの。ポール様とこうしてたくさんの思い出を作ることができるのよ。これ以上を望んだら罰が当たるわ。
それに、瘴気沼の対策チームの編成も、きっと今のままならポール様と同じチームになるはずよ。少しでも運命を変えられるならなんだってする」
「どういうことです?」
クラウディアは以前、「ルシアンが主体となって学生チームを作り、マテュールに発生した瘴気沼の対応に乗り出す」と言っていた。
ルシアンが動くのはわかるが、他国の王子がそんな危険なことに参加するなど、さすがに信じ難い。
「貴女がいるから」
不敵な笑みは自信の表れだ。
だがエヴァもまた、マテュール領であるということと、ポールクレルが参加を表明することの接点に気づいた。
クラウディアを参加させ、自分たちも参加を表明すればエヴァと一緒にマテュール領へ向かうことができる。
王都のタウンハウスだけでなく、普段侯爵が過ごす領地での調査も進めたいだろうし、この機会をみすみす逃すはずがない。なるほどそういうことか。
「みんな私の体が目的なんですね」
何冊かずつ、まとめて本を棚に戻す。
が、仕舞う順番を間違えていたことに気づいてまた取り出す。唇をとがらせて、今度は一冊ずつ戻した。
念動力でも持ってたならもっと簡単な作業だったかもしれないのに。
「言い方が誤解を生むわ。彼らは体じゃなくて能力が目的なんだから」
「冗談です。……彼らは? お嬢様は違うんですか?」
流れで聞いてしまったものの、クラウディアは最初から「エヴァを特異点だと信じて」、「運命を変えたい」と言っているではないかと口元だけで笑う。
エヴァにとってはどんな理由であっても構わない。今までだって目上の人間に言われた通りに生きてきたし、逆らうことなどできないのだから、理由を問う意味がないのだ。
「……内緒」
「特異点と仰ってました」
「そうよ。でももうひとつ、増えたの。理由」
エヴァは今度こそ、深く聞くことをやめた。
今回は大きなヤマも無かったので、なんとなく明日また更新します(隔日更新とは???)
ではまた明日ー!





