第13話 国宝の真実
「さて本題だ」
デシレが皿を片付け、新しい紅茶が注がれると、アルベールは新聞を畳んでエヴァに向き直った。
「はい」
「金の鳥、美術品としての名前は【火花】って言うんだが――」
「それなら聞いたことが。でも、城の応接室かどこかに飾ってあるのではありませんでしたか?」
メリリアの国宝は、厳重な結界の元で特別応接室にあると聞いたことがある。
その部屋に案内された者なら誰でも見ることができ、細工の素晴らしさについては誰もが口をそろえて褒めちぎるのだ。
「普段応接室に飾ってあんのはこれだ。レプリカだが、資産価値で言えば十分国宝級だろうよ」
「うわぁ……」
アルベールは机の引き出しから無造作に金色の鳥を取り出した。説明にあった通り、伝説とも言われる希少な魔物【不死鳥】の羽ばたく姿だ。
国宝のレプリカとして国宝級の金細工を作り上げてしまうなんて、もはや何がしたいのかわからなくなる。
黒魔法が付与されているからレプリカを作らざるを得なかったのだと考えると、仕方ないのもわかるのだが。
資産価値でいえば国宝級のそれを、無造作に目の前に置く神経も、エヴァには理解が難しかった。
「犯人だがな、俺たちは【ジャエル・マテュール】と踏んでる。いや、ほぼ確信している」
「へぁ??」
話をするのがタルトを食べ終わってからで良かった。まず間違いなく銀器をガチャガチャとうるさく取り落としていたことだろう。
そうでなくても、エヴァの下あごは閉じる機能があることを忘れたかのようにプランとぶら下がっているのだから。
「あのジャエル様ですか? マテュール侯爵の?」
「他にいるか?」
「……でも、彼はそんな」
ルシアンと同じ暗いブロンドの髪をオールバックにして、立派な髭を蓄えたジャエルは確かに善人ではないが、悪人でもない。ましてや、窃盗などと小物のやりそうなことはジャエルのイメージではない。
政に口出しすることも多いが、王家に忠誠を誓う騎士でもあり、踏み越えてはならない一定のラインを理解している。
メリリアの国宝に手を出せばどうなるかなど、彼がわからないはずがないではないか。
「言ったろ、【火花】は人を狂わせんだよ」
「……」
それならばジャエル以外の全ての人間に動機がある。
エヴァはジャエルを苦手な人物のカテゴリに分類していたが、遠かろうと縁者には違いなく、一方的に犯罪者として扱われることに不服の意を表した。
アルベールもその気持ちを察したらしく、大きな溜息を吐きながらも一から説明を始める。
デシレがランチの準備のためにと席を外した。
「【火花】が消えたのが、2年前の8月だ。何か思い当たることあるか?」
「特別交易条約ですね」
アルベールが頷く。
ほんの少し前、クラウディアとその話をしたばかりだ。この条約を締結したからポールクレルが留学に来たのでは、という話だったか。
あの日クラウディアが「表向きは」と言っていたのも同時に思い出しながら、続きを促した。
「条約の締結に際しては、ジャエルがメリリアに来ていた。件の応接室まで案内したのは俺だ」
話ながら少し首を傾けて、当時のことを思い出すように右手でこめかみを押さえる。その表情には後悔の念が浮かんでいるように見えた。
「俺は気づかなかった。【火花】がレプリカじゃなく本物が置いてあるなんて」
「え、アルベール様は」
「俺にも継承権がある。順番は遠いけどな」
「ソウデスカ……」
エヴァの血は一瞬にしてどこかへ引いていってしまい、さっき食べたタルトが出てきそうになった。
王位継承権!
甘々でキラッキラでパッチリオメメの王子様とは似ても似つかぬというか、魔界の王子様と言ったほうが近い男がまさか王家の血脈であったとは。
自分とアルベールの立場の差は雑草と薔薇くらいあると思っていたが、ここに来て蟻の死骸と月くらい違うようだと思い知らされた。
別に、雑草と薔薇であってもその差は歴然で結果は何も変わっておらず、ショックを受けるようなことは何も、何も、何もないのだが。
「ポールにはセレストって妹がいて、セレンがどうやらレプリカと本物を勝手に取り換えたらしい。客人が部屋に入ると思わなかったそうだ」
「でも、どうやって」
「時系列に沿って説明するか。セレンは本物はいつも見てたから、レプリカのほうをじっくり見たかった。どう違うのか知りたかったんだとか言ってたかな。
バレないように交換して、レプリカを一旦自室に持ち去った。もちろん結界はそのときに解除してる。で、その間に俺がジャエルを応接室に通した。
本物とレプリカに物理的な差異がほとんどないことを確かめたセレンは、すぐにレプリカへの興味を失って、応接室へ向かった。応接室には、誰もいなかったし、本物も無かった」
説明の途中で声をあげようとしたエヴァを、アルベールは軽く上げた左手で制して続ける。
「誰かが、レプリカではなく本物が置いてあることに気づいて、王様に告げ口をしに行ったかもしれない。……セレンはそう考えて、台座にレプリカを戻して架空の密告者を追いかけたんだ。
お父様には言わないでって頼みにな。だが、そんな奴はどこにもいなかった。メリリアの王はセレンが応接室を出た数分後に、その部屋でジャエルと会ってる」
アルベールが紅茶のカップに口をつけて唇を湿らせると、小さく舌打ちをしてから指を鳴らした。
直後、お互いの紅茶からほわほわと湯気が立ち昇って、清涼感のある香りが部屋に満ちる。エヴァはそれを赤魔法――炎属性の特性を利用した温度調節なのだろうと判断した。
「その証言の通りなら、ジャエル様が本物の【火花】を持って部屋を出たことになりますが、お城は普通……」
「ああ。客の出入りがあるようなエリアなら、警備も侍女も多く歩き回ってる。そもそも客を案内した応接室の前には騎士が2名立つ決まりがある。そいつらに見咎められずに部屋に出入りできるのは、内部の人間だけだ」
城の応接室は通常、廊下に面していて客人や侍従たちが使うための扉と、王族ないし関係者が使う専用の扉と、ふたつの出入口がある。
ジャエルはどちらの扉から出ようとも、その姿を目立たせず誰にも見つからず移動し、【火花】を城外へ持ち出すことなどできないはずだ。
「それではジャエル様の犯行であると言い切れません」
「部屋の外に出た痕跡がないだけであって、セレンがレプリカを持って帰ったときに誰もいなかったのは確かだ」
「ジャエル様を応接室にご案内したときには、既に犯行後でレプリカが戻って来ていた可能性は?」
苦笑したアルベールが、ゆっくりと首を横に振った。
その程度のことは、エヴァが指摘をするまでもなく検証済ということだろう。
心を落ち着けようと、炎の騎士が温め直してくれた紅茶を口に運ぶ。少し熱い液体が喉を通り抜けて胃へと流れ落ちて行くのが感じられた。
「俺、セレン、陛下、その他の警備を担当した者、全員の意見を並べても齟齬がない。柱時計も鳴った。コトの起きた順番に間違いはねぇんだ」
「神出鬼没のジャエル……」
ロシュタル国の中でも最も広い国境を持つマテュールは、結界を維持するために白魔法の血縁者を多く集めている。
が、ジャエル自身は黄色の土属性保持者だった。
自身の力では結界を維持する役に立たないため、武を極めたのだというのが専らの噂であり、実際に彼は「神出鬼没」の二つ名を持っている。
土や一部の植物、岩に石、そういったものを自在に操り、武器にしたり姿を隠したりするのだ。
「城ってのはどこの国も大理石を使いたがるんだよな」
エヴァにはもう、反論が思いつかなかった。
確かに、ジャエル・マテュールの犯行であろうと思わざるを得ない。
だがそれはそれで、問題は山積するだろう。
間違いなくジャエルが犯人で、ジャエルの手元に【火花】があるとしたら、彼らはどうするのだろうか。
黒魔法の存在を考えれば放置することもできない。
訴えればそれは国際問題に発展する。
「あの、もしかして、盗み出すつもりですか?」
「まずはそうだな。ただ、回収するだけじゃ終わらねぇだろうよ。すでに狂わされたジャエルが、【火花】を求めて行動を起こせばそれなりの対応が必要だ」
「じゃあ……」
エヴァは無意識に胸の前で両手を握った。場合によっては、ジャエルが何もできないようにするということか。
背中を冷たいものが落ちていった。
美術品っぽい名前……って考えた結果が【火花】なのダサすぎない?
作者のセンスの無さが如実にあらわれますね。





