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侍女にスパイをやらせたら  作者: 伊賀海栗
侍女、一肌脱ぐ

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第10話 秘密の露呈


 窓の外には立派な広葉樹がある。青々と葉を茂らせて、大きく育った木は、樹齢について尋ねても答えない。

 彼女、プテレアー曰く『レディに年を聞かないで』。


 エヴァは在学中からこの中庭にいるプテレアーとよくお喋りをしていた。愚痴を聞いてもらったり、愚痴を聞かせたり、愚痴を言ったりだ。


 中庭に面した図書室では、ポールクレルとクラウディアが勉強している間、エヴァは大体いつも窓から外を眺めていた。

 と、周囲の人間にはそう見えただろう。実際のところは、プテレアーの話を聞いたり、彼女が歌うのを聞いたりしていたわけだが。



 エヴァはいつものように窓を開けて、外から入ってくる涼しい風にあたりながら数日前のクラウディアの言葉を思い返していた。


 ――重要なのは、瘴気沼の対応にルシアン様が名乗りを上げるということ。


 これは、クラウディアが前世の【ぱそこんげーむ】で得た預言である。

 マテュール領の瘴気沼はそんなに大きなものではないが、そもそも瘴気沼の対応は国家の管轄であることや、国境から軍備を引き上げるには限度があることから、マテュール侯爵は国に対して早期決着を要請する。


 しかし王家は北方の大規模瘴気沼の対応を理由に、マテュール領へ最低限の人員しか送らず、じりじりとマテュール兵の戦意が失われていく。

 そして最後にルシアンが立ち上がるというのだ。プリメラを伴い、瘴気沼の浄化を行うと。



 聖女プリメラは虹属性だ。

 全ての属性の特色を持つ虹は、一緒にいる人物の魔力の底上げの他に、瘴気沼の浄化ができた。

 これは、唯一、虹属性だけにできる特別な力で、虹の力を持つ者の多くが王国騎士団の浄化チームに所属している。


 ルシアンの提案は、王国騎士団およびマテュール兵のサポートに限るという条件で受諾され、学生を中心としたいくつかのチームが編成されることになる……というのがクラウディアの預言だ。



『難しい顔なんてできるのね』


 プテレアーの言葉に、エヴァは顔を上げて室内を一瞥してから小声で「まぁね」と適当に返事をした。

 勘違いでなければ、アルベールはエヴァの異常行動を訝しんでいる。できるだけ怪しい行動や言動は避けるべきだ。


 つい先ほども、クラウディアが「この学校は処刑場の跡地である」という根も葉もない噂に怯え、エヴァがプテレアーに真実を確認したばかりである。

 古い地図では学校のある場所に【ガエテル円形広場】との記載がある。その広場で死刑等の見世物もあったはずだというのだ。


 プテレアーの語った真相は、「処刑は古くから監獄塔近くの広場で行われるのが普通で、この場所は芸術を楽しむイベントや王国主催の演説に用いられていた」ということだった。

 エヴァはそれをクラウディアの父であるドナテロ伯爵の言葉として説明したが、多少の違和感は拭えない。

 だからより一層、不穏な行動や言動は控えることが要求されていた。



 能力について話すことは別に構わない。問題はそれを信じる人物がほとんどいないということだ。

 全く信じないならそれも構わない。ちょっと嘘つきだと思われたり、ちょっと可哀想な子だと同情されるのは、エヴァはもう慣れたのだから。


 だが、人の心まで読めるんだと勘違いされたり、全ての無生物の声が聴けるんだと思われたりするのが面倒くさい。

 過度に期待されたり、不安がられたりして、結局いつか相手はエヴァから離れて行く。



「そういえば、あの髪飾りはあまりつけないのですね」


 室内からポールクレルの朗らかな声が響いて、エヴァの耳は自然そちらに傾く。

 あの髪飾りという言葉に、エヴァは卒業パーティーでクラウディアが落としたダリアだろうと当たりを付けた。

 この四人が出会うきっかけになった髪飾りなのだから、話題になることは全く不自然ではない。


「ええ。あれは婚約者のルシアン様から頂いたもので、公の場でしかつけないのです」


 ぼんやりと中庭の木を眺めているエヴァは、クラウディアの言葉の落とし穴にも、アルベールが目を細めてエヴァを見やったことにも気づかなかった。


 視界の隅で、カーテンをまとめていたタッセルがひらひらと落ちて行って、エヴァの意識をひきつける。

 窓から乗り出すようにしてタッセルの行方を探す横で、枷を失ったカーテンが大きく広がって、ほんの一瞬だけ、エヴァの鼻腔を焦げた匂いが通り抜けた。



「どうかしたの、エヴァ?」


「あ……タッセルが落ちたようです。ちょっと、取って来ます」


 言い終わるや否やのタイミングで、エヴァは図書室を飛び出した。

 アルベールのいる場所から逃れられるなら、どんな理由でも構わなかった。彼の視線はエヴァの心をざわめかせる。




「確かこのへんに……」


 貴族の庭のように厳しく管理されているわけではない中庭は、レースフラワーやジャコウアオイのような野花も多く咲いている。

 けれどもその白や紫、ピンクの色合いはとても可憐で、在学中からエヴァのお気に入りだった。


『もっと右だと思うわー』


 プテレアーの気の無いアドバイスに二歩ほど右へ移動して、もう一度草花をかき分ける。


 ベージュの、ふさふさしたチャーム部分が見え、安堵とともに手を伸ばした先に黒い革靴の爪先が現れた。

 人気のない夏休みの学校の、人気のない中庭にエヴァ以外の人物がいるとは予想もしていなかったし、よしんば中庭に用事のある人物がいたとしても、距離が近すぎる。

 エヴァは、登場した人物のプライベートゾーンの狭さに驚き半分、嫌悪感半分で、体勢はそのままに顔だけ上げて確認した。



「よぉ」


「あっ……ルベール様、どうなさったんで――きゃっ」


 人気のない夏休み期間中である。

 誰かがいるとすれば最初に疑うべきは確かにこの人物であった、と後から思い直しても遅い。


 背の高い人物の顔を確認するのに、首を大きく傾けたせいもあって、慌てて距離を取ろうとしたエヴァの体は大きくバランスが崩れ、腕を泳がせた。



「聞きたいことがあってな」


 アルベールの長い腕は、倒れかけたエヴァの体をまるで猫を摘まみ上げるような気軽さで難なく抱き上げた。

 そのまま流れ作業が如くエヴァを降ろすと、足元に転がっているタッセルを拾い上げる。腰の長物がカチャリと音をたてた。


「な、なんでしょうか」


 アルベールの差し出したタッセルを受け取ろうとエヴァが手を伸ばすと、待ってましたとばかりに男はその腕を掴んで自らの胸のほうへと引き寄せる。

 またしても予想もしない状況に、エヴァの体は人形のようにコテンと倒れ、見た目よりもずっと厚い胸にぶつかって止まった。


「アンタ、能力持ちだろ? どんな能力だ?」


「な、なんの話だか」


「しらばっくれるのは得策じゃねぇな。アンタは、初めて会ったときから違和感があった……。

怪しいところを挙げればキリがないが、決定的だったのはさっきの【学校の怪談】だ。元々知っていたにしてはネタばらしのタイミングが遅すぎる。ドナテロ卿が知っててクラウディア嬢が知らねぇってのも、どうにも頷けねぇ。

それに、歴史に詳しくないアンタの言葉を、あのお嬢さんはドナテロの名前が出る前から信じてる風だった。

あと、そうだな。アンタたちはあの日が初対面だったのに、髪飾りまで覚えてるのは変な話だ。王領伯令嬢と子爵令嬢が両方招かれる()()()はどれだけある?」


「……」


 アルベールの左腕はエヴァの腰に回っていた。右手はエヴァの左腕を掴んだままである。

 力が入っているわけではなく、現にエヴァは痛みなどは感じていない。しかし、完全に体幹をズラされており、もがくこともまた難しい状態だ。


 ぴったりとくっついたその腕の中に漂う清潔な香りや、規則正しい心臓の鼓動に、エヴァは頭が真っ白になった。

 婚約者もいなければ、社交の場には父親のエスコートでしか参加したことがないエヴァにとって、男性に抱きすくめられるというのは人生最大の異常事態なのだ。



「言います、言いますから」


 右手で相手の腕を叩くのが精一杯の抵抗である。

 けれどもその意図を汲んだアルベールがエヴァを解放し、二人の間に生まれた適正な距離にエヴァは大きく息を吸って心を落ち着けようと試みた。


「で? 過去でも見えるか? それとも失せ物を探せる?」


「モノの声が聞こえるんです。全部じゃないですけど」


 アルベールがエヴァに投げてよこしたタッセルは、ロープ部分が千切れていて、その先端には焦げ跡があった。



一先ず今後は10~11時あたりを目安に更新したいと思いまーす。

強引な男子はイイモノだ……。

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お読みいただきありがとうございます
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― 新着の感想 ―
[一言] >エヴァは在学中からこの中庭にいるプテレアーとよくお喋りをしていた。愚痴を聞いてもらったり、愚痴を聞かせたり、愚痴を言ったりだ。 言葉のキャッチボールって知ってる?( ˘ω˘ ) ううーん…
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