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ルアーガ遭遇戦8

 彼女がもっぱら自分と向き合っているとき、取り巻きの上級隊員たちはそれをどう見守っていたか。

 実のところ彼らは、戦況が動きだすまでルツィエの真意に気づかなかった。逆にいえば、彼女の意図に気づいたときにはもはや手遅れだった。


 隊員たちの注意が逸れていたのはルアーガの戦闘に目を奪われてしまったからである。

 連邦の鉄兜団が攻撃に手をこまねいているあいだ、背中を向けて瞬間移動を行うルアーガに一機のチェイカが突撃をくり返していた。


 当初、鉄兜団の隊員は、戦闘空域に紛れ込んだ特定不能なチェイカと飛空艇から成る集団を、偶然戦いに巻き込まれた冒険者に違いないと判じていた。


 しかし衣服を見れば、それらは一般兵の軍装をしており、また驚くことにその集団は、意外にも善戦を続け、ルアーガの足を見事に一本奪ってみせた。隊員たちはそこでようやく彼らが何者であるかに注意を向けたのだが、それは実に無駄な思考だった。


 一瞬たりとも目を離してはいけなかったのはこのとき魔法を詠じだしたルツィエの動きだった。


 けれど足を一本失ったルアーガが天空に轟く絶叫をあげたのだから、意識を逸らすなというのも無理がある。しかも怒りを思わせる咆哮を放った途端、マナの凝集を示す波紋が大気中を伝わってきた。それはウィザード・ドラゴンの真骨頂、大規模魔法の作動を告げる合図だった。


 当然、隊員たちの対応も静観ではなく回避行動に向けられる。ところが、そのために目配せを交わしてから数秒後、彼らの頬にべつの波紋が押し寄せてきた。ふと見渡せば、ルアーガ攻撃に参戦して頂いた後、妙に黙りこくっていたルツィエが急激なマナの凝集をはじめている姿が飛び込んできた。


 敵の大規模魔法を前にして一歩も怯まないどころか堂々と立ち向かう気でいるのか。


 その気構えは勇敢さの表れだが、同時に深刻な問題を孕んでいた。ルツィエの安否が心配されるばかりではない。彼女の詠じる魔法はそれとは比較にならない破局をもたらす恐れがあったのだ。


 激しい動揺を浴びた隊員たちは、急いで距離を詰め、大声を放った。


「殿下、何をやっておられるのですか!」


 ルツィエは呼びかけに答えなかった。


「その魔法を躊躇なく放てば、味方の隊員すら巻き込みます。状況にご配慮くださいませ!」


 ルツィエはなおも答えなかった。


 彼女にいわせれば、詠唱がはじまった時点で何が起ころうとしているのか気づいてしかるべきなのだ。それが一流の魔導師というもの。


 とはいえ隊員たちが気づけなかったのも無理はない。彼らはルツィエから完全に注意を逸らしていた。しかも彼女の詠じる魔法は一般に馴染みの薄いもので、詠唱法を知る者も稀な、秘術に属する魔法であったから。危険性に思い到るまでどうしても時間は掛かってしまう。


 ルツィエが戦況に紛れて詠じていた魔法は〈爆縮〉だった。それは奇しくもルアーガとの遭遇戦がはじまる前、〈爆縮〉を得意とする隊員がルツィエに手本として見せたものである。出現した術式と白い火球の形状を見れば、魔法の種類は明らかだ。


 ――まさかあの短い時間で会得し、いまここで発動させるおつもりなのか?


 事情を知っていた隊員はすかさずそうした連想を働かせたようだったが、彼らのたちが抱いた焦燥感は、正解にいえば〈爆縮〉が行使されること自体にはなかった。味方の口ずさんだ詠唱文を聞き取り、それをそっくり真似された程度なら、ここまで慌てる必要はない。


 問題は魔法の規模にあった。ルツィエに詠唱を教えた隊員はクラスBの〈爆縮〉を唱えてみせた。それはそれで常識はずれな威力だが、ルツィエの魔法は明らかにその規模を超えようとしている。


 証拠は大気中から集められるマナの量だ。それは敵対するルアーガがおこなう凝集に勝るとも劣らないものがあった。


「おやめください姫殿下、それ以上は危険であります!」


 いちばん近くに控えた隊員が言っても、ルツィエは「もう間に合わない」とばかりに首を横に振った。その態度は殊勝だが、渦巻く結わえ髪によって隠れた表情は膨張する魔力に酔いしれていた。


 ――バカね。危険は百も承知よ。


 味方のいる空域で退避命令も出さず大規模魔法を唱えれば、通常なら軍規違反に問われる行為だろう。けれどルツィエは普通の軍人ではないし、よって彼女は平然と規律を踏み破る。


 ――退避など待っていたら敵の速度に遅れをとるだけだわ。そんなこともわからないの?


 普通なら許されない逸脱を事も無げにできるのは、まさに王族ならではの傲慢か。とはいえ大規模魔法を詠じるルアーガとの撃ち合いは、ひとつ間違えば身を滅ぼす。周囲を巻き込むだけでなく、本人がいちばん危険なのだ。


 現にルツィエは護衛もない状態でチェイカを進め、魔法の作動範囲に収めるべくルアーガとの距離を詰めていった。


 それはいっけんすると自殺行為にも映るが、それは誤った見方だ。ルツィエには厳然としてあるのだ、「ここを逃してはならない」という警告めいた直感が。ルアーガと遭遇したときから予感はすでにあり、背中を強く押したのはグレアムの通告だった。


 そう、彼女はルアーガを倒さねばならない。勝利への渇望を抱き、成功に飢えているからだ。


 竜属でも最高クラスの強さを持つルアーガを完膚なきまでに叩き潰すことで、ルツィエは知らしめたいのだ、自分が王位継承者のなかでも真にすぐれた魔導師であることを。


 見事に目的を達成すれば、噂は鉄兜団の隊員を通して王都中に広まるだろう。そうなれば、たぐい稀なその実力を指導部に印象づけられるはずだし、自分に劣等感を植えつけたイェーガーさえ見返してやれるはずなのだ。


 ルツィエにとって全ては権力闘争につながっている。連邦軍の鉄兜団に入隊をはたし、最年少で隊長の座を掴んだことも、権力への階段をのぼる一歩である以外に、どんな意味合いもありはしない。


 国に尽くしたいという気持ちなどなかった。自分こそが国家となるのだ。


 時間にすれば、ほんの一〇秒足らず。

 空域を渦巻くマナの流れから、攻撃対象であるルアーガにおいて魔法がもうじき完成されることを敏感に察しつつ、ルツィエは自分の〈爆縮〉魔法の発動がより速いだろうと判じ、空域に居る憐れな巻き添えたちに警告を送った。


 ――ルアーガは妾の獲物だ。邪魔者は消えろ。


 そんな有無を言わさぬ呼び声を大気中に震わせ、名も知らぬチェイカの一群と飛空艇まで飛ばす。


 彼女が使った魔法を水素伝達といった。髪の毛といった依り代がない場合とても難度の高い魔法となり、効果に比べマナの消費量が多く、非効率な魔法として使用者は稀であるが、部隊指揮を任されがちな高級将校、鉄兜団のような特殊部隊の隊員、ならびに王族に名を連ねる者たちは皆その魔法を身につけている。


 ルツィエの発した呼びかけは、おそらく周囲一ギロメーテルの空域の隅々に行き渡った。それは当然のことながら、すぐ後ろに控えた上級隊員にたいしても向かったことを意味する。


 しかしこのとき、制止に耳を貸さない姫殿下を前にして、陪臣である隊員たちはもうどうしたらいいかわからなくなっていた。


 凝集したマナの規模から推し測れば、魔法はクラスSに到達しても不思議ではない。けれど魔導の世界における常識として、クラスSの〈爆縮〉魔法はみだりに使用してはならないとされている。魔法理論はまだその謎を解き明かしていないが、それを行使すると、周囲に致死性の毒をまき散らすことが知られているからだ。


 ルツィエの魔法が最終的にそのクラスまで達するかは不確定だが、彼女の実力を考えるとそうなる確率のほうが高く思える。


 ――いますぐ殿下の詠唱を食い止め、クラスAの段階で止めねば。


 本来ならそうした決断を、どこかの段階で下すべきだった。しかしもう時すでに遅しである。

 ルツィエの掲げた腕の前方には、詠唱で構築した星形の術式が大気中のマナと溶け合い、太陽のように眩い火球は人間の背丈ほどに膨張していた。


 この段階に到ってしまえば、術者に危害をくわえない限り、発動を止めることは不可能である。けれど上級隊員にとって大事な姫殿下を傷つけることなどできるわけもなく、そうした心の縛りは彼らに現実からの逃避を許した。


 たとえクラスSの〈爆縮〉を放ったとしても、ここは辺境だし、住民の被害はない。発動と同時にルツィエを連れ、残った鉄兜団全員が最大推力で空域から離脱できれば、被害は最小限で済む。


 戦闘に巻き込まれた連中が死ぬことになっても、これは偶発的な事故だし、最悪自分たちが謹慎処分を受け入れれば済むことだ。


 起きうる損失を一瞬で頭のなかにはじき出し、上級隊員たちは互いに合図を交わした。〈爆縮〉の光は目に悪い。クラスSの光ともなれば、どれだけダメージを受けるか、想像しなくてもわかる。


「総員、〈爆縮〉の光に備え、眼を防護せよ。なお、魔法が発動し次第、空域を即時離脱する」


 各自水素伝達によって他の隊員にも告げてまわり、彼らは黒い遮蔽具で速やかに目許を覆った。

 その言葉を無視して、ルツィエが愉しげに言った。


 ――理不尽を心ゆくまで味わえ、ゴミクズども。

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