第1話 さよなら私の「普通の」生活。
「沙莉ー!早く起きなさい、遅刻するわよ!」
午前7時。いつものような朝。何もならない日常。
私はごく普通の平凡な家庭で生まれ、ごく普通の友人関係を持ち、ごく普通の友人関係を持ち、特筆すべき出来事のない普通の日常を送っている。
「普通ってなんだろうな〜」
私は朝が苦手だ。だから朝は憂鬱だ。
憂鬱な人間は決まって「普通」や「当たり前」を疑い始めるのかもしれない。
「さてと…さっさと準備してご飯食べて学校行かなきゃ」
二度寝したい気持ちを抑えながら朝のルーティンワークをこなしていくうちに気づいたら食卓に座っていた。
「沙莉、さっさと食べちゃいなさい」
「お母さんありがとう」
私の家の朝食は決まって食パンの上に目玉焼きが乗っている。うん、おいしい。
「そういえば今日は終業式だったわね。夜はみんなで食事に行くから早めに帰ってきてね。」
「はーい」
いわゆるお疲れ様会みたいなものに私は連れていかれるらしい。
それはそうとしてなんか部屋の中が寒い事に私は気づいた。
(もしかして窓空いてる…?)
もう冬だってのになんで窓が開いてるんだろう。
「お母さん〜なんか寒いんだけど…窓開いてるんじゃないの?」
「…」
あれ?母の声が返ってこない。どうしたもんかともう一度声をかける。
「お母さん…?」
さっきまでそこにいたはずの母がいない。さらに周りを見渡してみると暖色の明かりも消えている。
「え、どういうこと…?」
私は妙な胸騒ぎを覚えた。よくよく周りを見ているとここは私の家であって私の家じゃないように思えてきた。
綺麗で暖かく母のいるリビングは自分以外人がいない、ゴミ屋敷のような、まるで廃墟のような雰囲気そのものだった。
「ひっ…!ここはどこ!?」
突然の出来事に私は頭を抱えた。だって普通を極めて来たごく普通の私がこんな目に遭うはずがない。
そう思っていた。
ここは廃墟のような場所じゃない、「廃墟」だ。
突然の出来事に頭がフル回転する私にさらなる事実が明らかになる。
「私じゃない私が部屋にいる」
リビングだと思っていた場所には「私と同じ形をした私」がいくつも転がっていた。
腕のない私。片足がない私。顔が半分ない私。頭がない私。何かしら欠けた「私たち」がこの部屋にたくさん落ちていた。
は、何だこの状況は?私はついに頭が狂ったのか?ははは。
とてもじゃないけどホラーすぎて笑えなかった。
「…」
実際私は発狂寸前だったと思う。だってこんな事ありえるはずがない。むしろこの光景を見てまだ正気を保てている私は既に発狂してるのかもしれない。
脳内に直接ノイズがなり始め、次第に当たりが真っ赤に染まり視界が歪んでいく。
(キーン…)
ノイズがどんどん私の脳を占領していく。
(ほんとになにがどうなってるの!?私の普通を、私の生活を返して!)
次の瞬間、私の全身は地面に叩きつけられたかのような衝撃を受けた。私の体が消失したかのような感覚を覚えた。まるでゆめのなかの出来事みたいだった。
(私の体は今どうなってるの?わけがわからないよ…)
朝学校に行こうとして朝食を食べていたらいきなり家がぐちゃぐちゃになってわたしがたくさん現れて。
頭の中を整理しようと頑張って考えていたけれど、考えてもわからないことはこの世の中に沢山ある。
それでも考え続けた結果、私の意識はいつの間にか深い底に落ちていった。
次に目覚めたのはそれからどれくらい経った時だろうか?
私は真冬のコンクリートの上に寝転がっていた。
(うーん…なんで私はこんなところに寝てるんだ?)
むくり…と私は立ち上がった。真冬のはずなのに意外と寒くは感じない。むしろ暖かい感じがした。
「ん?」
何かがおかしい気がして足元を見るとそこには赤い液体の海があった。
「いやいや嘘でしょ…?」
どう見てもこれは血だ。しかも私の。
でもこんなに大量の血が出ているのに私はこうしてピンピン生きている。
おかしい。絶対何かがおかしい。
次の瞬間私は大事なことを思い出した。
「あ、そういえば私自殺したんだった…」
この世で自殺した後にこんなに呑気に自殺を自認する人間は私しかいないだろう。というか私以外にいたらぜひ話してみたい。
普通の人生?そんなの私には関係なかった。どれだけ私の人生が今まで普通であったとしても今現在、こうして私が生きてること自体が普通じゃない。
あいにく周りには人はいない。さてこれからどうしたもんかと思っていたら不意に私のスマホが鳴り始めた。
「私のスマホ、音鳴らないようにしてたはずなのになんで…?」
すぐさまスマホを見てみると知らない人からメッセージが届いていた。
『 久しぶり。それとも初めましてって言うべきかな?君がこのメッセージを見ているということは、おそらく自分で死を選んだということだろう。君にあれから何があって、どうしてそういつ結末に至ってしまったのか。それは僕に聞く権利はない。ただ僕は君に恩を返さなければならないんだ。もしよかったら10年前、僕と最後にあった場所に来て欲しい。』
「…は?これはどういうことなの?怪しすぎるよ」
このメッセージの送り主は私が死の選択をしたことを知っている。周りを見渡しても私以外に人がいる気配はない。このまま怪しいメッセージとして無視してもいいのだが、最後の一文がどうしても引っかかった。
『 10年前、僕と最後にあった場所に来て欲しい。』
10年前。
私はこの言葉をどうしても無視することはできなかった。私がビルが飛んだ直後、気を失った私が思い出したことは10年前の出来事だ。特に大切な思い出だったわけじゃない。
でも忘れることは決してできなかった。今となっては『彼』の顔も声も名前も覚えていない。このメッセージを送ってきた人物が『10年前』のことを知っている人だとしたらどうしても私はこれを無視することはできない。
私の身に何が起こっているのか。
それよりも私はこのメッセージを送ってきた人物がどうしても『彼』なのではないか、という焦りと期待で頭がいっぱいになっていた。
人間って単純なんだなぁ。自分が今どうなってるかより昔のありふれた思い出で頭がいっぱいになるなんてさ。
メッセージの送り主は10年前に最後にあった場所にいると言っている。もちろん最後にあった場所は覚えている。
そう思った私はいつの間にか『彼』と最後に会った場所に向かっていた。