8話
北門に着く。今いるのは門の前から少し離れた開けた所だ。ここでビルさん達を待つらしい。
目の前の門の周囲には大勢の人々がいた。
その中で多いのは、皮鎧や金属の鎧に剣や槍、弓など様々な武器を持った人達だった。
そういった人達に何かを渡している人も多くいた。
見た限りだと、家族や友人みたいだった。親しく話していたり、抱き合ったりしている。
・・・うん?あの人やその向こうとかは何をやって・・・顔を近づけて・・・・・はっ!
俺は慌てて他に視線を向ける。
そちらでは樽や壺など、何らかの物資を馬車に積んでいる。
いや、よく見ると馬車だけでは無かった。
数十台ある馬車の他に、何と言うか、二足歩行のトカゲ?か恐竜の様な生物が牽いている荷車も同じぐらいあった。
あの生物は何だろうか。
その生物を見ていると、声を掛けられた。
「おや、殿下達じゃないっすか」
そちらを見ると、酒屋の店主であるスコールさんだった。
スコールさんは何かの革で造られた鎧に身を包み、弓?を背負っている。なぜ、疑問に思ったかと言うと、その弓がとても大きかったからだ。
スコールさんは俺と同じぐらいか、少し高いぐらいの身長だ。
なお、俺の身長は少し前に測ったが174㎝だった。
その弓は彼女の背丈よりも長かった。
「ユキトさん?何かあるっすか?」
「え?ええと、大きな、弓だなぁ、と思いまして」
「ああ、それっすか」
辺りには弓を持っている人も多くいたが、彼女の弓より小ぶりな物ばかりだった。
「はい。気になりまして。使うの難しそうですね、それ」
「……あー、アハハ。慣れればどうってこと無いっすよ」
「そう、ですか」
?彼女の表情が一瞬強張った様に見えたが、今は笑顔だ。うーん、気のせいだろうか。
ふと、気になった事を聞く。
「そういえば、スコールさんは何故こちらに?」
「ああ、そういえば言ってなかったっすね」
俺や皆は首をかしげる。
「一応、ウチは現役の冒険者っすから」
・・・冒険者?そう、疑問に思っていると、東が叫ぶ。
「冒険者、デスか!?」
「ワッ!驚かせないで欲しいっす」
「ア、す、すみマセン」
「気をつけてくれれば大丈夫っす。ああ、そういえば異世界の中には冒険者って存在がない世界もあったすね。ひょっとして、リオさん達の世界はそういう世界だったんすか?」
「は、はい。そう、デス」
「じゃあ、仕方ないっすね。お詫びにはならないかもっすけど、冒険者について話させてもらうっす」
冒険者には、文字通りの冒険、未開の地にいったり、宝物を探したりする
人やどこかの町に滞在し、近くのモンスターと戦うような人、更にゲームであるような依頼を受けこなしていく人など、その仕事の内容は様々らしい。
中には、このスコールさんの様に扱う品を自分の足で探し当て、採取したり仕入れたりする、冒険者兼商人といった人達もいるそうだ。
腕に自信があり、護衛といった人件費を削りたいと考えて、そうしている人は意外と多いらしい。
ただ、スコールさんは始めは単なる一冒険者だったらしい。
それでお金を貯めてあのお店を開いたそうだ。
そういった訳で、実はあの酒屋はまだ出来てから三年程しか経っていないそうだ。
冒険者ってそんな儲かる職業なのだろうか?
「結構新シイお店だったんデスね」
「その、スコールさん。聞きたいことがあるんですが」
「何すか?」
「ええと、こんな事訊くのも悪いとは思うんですが…」
「何でも言って下さいっす」
「そのう、冒険者ってそんなに収入は良いんですか?」
「うーん、どうっすかねー。割とピンキリっすから。まあ、稼げる人は稼いでいるっすね」
「じゃあ、スコールさんは稼いでいる方なんですね」
「アハハ、ウチはそこそこっすよ」
そこでエリザベスさんが会話に入ってきた。
「あら。アリスさんがそこそこですか?」
「そうっす。ウチより上の冒険者なんていくらでもいるっすよ」
「ですが、アリスさんは……」
「確かにそうっすけど……ウチは大したことないっす」
どうしたのだろうか?
「スコールさんに何かあるんですか?」
「……あー、そうっすね。ウチのJobの事なんすよ」
「Job?Jobがどうかしたんですか?」
「ウチのJobは……〈弓聖〉なんすよ」
……〈弓聖〉?何と言うか凄そうなJobだ。
「えっと、どんなJobなんですか?」
スコールさんはポカンとした表情を浮かべている。
「………あー、そういえば、ユキトさん達は異世界の……知らないのも、当たり前、すねぇ」
スコールさんは表情を崩し、苦笑する。
「どうか、しましたか?」
「いや、何でも無いっすよ。弓聖についてっすよね」
「?えっと、はい」
スコールさんがしてくれた話によると、〈〇聖〉というJobはその武器などの扱いが上手くなる効果があるそうだ。
それだけなら、先生達の様な〈〇〇の勇者〉のJobと似ているが、〈〇聖〉のJobには欠点があるという。
スコールさんの〈弓聖〉では弓の扱いは上手くなるが、その他の武器、例えば剣や槍などを振るえば必ず手からすっぽ抜け、クロスボウや銃を持てば必ず明後日の方向に矢などが飛んでいくという欠点がある。
こうした欠点があるJobは〈〇聖〉系のものだけらしい。
あと、実はこの世界には銃があるそうだ。ただ、地球のものとは違い、魔法を撃つ武器だそうだ。
「へー、そんなJobがあるんですね。あ、ありがとうございます」
「いや、お礼なんて良いっすよ」
「……なあ、アリスさん。ひとつ聞いても良いかな?」
先生は何やら難しい顔をしている。
「大丈夫っす。何すか?ヒビキさん」
「確か、アリスさんは19歳だったよな?」
「そうっすね」
「あー、アリスさんは冒険者をいくつからやってる?」
「うーん、そうっすねー。登録をしたのは、8、9歳だったすかね」
8、9歳!?
俺は驚く。見ると、皆も驚いた表情だった。
「……あー、ありがとう。アリスさん」
「どうかしたんすか?」
「……うーん、アタシ達の所では子どもに労働させてはいけない事になってるんだ」
「はー、色んな世界があるもんっすねぇ」
そして、全員黙ってしまう。
と、そこにビルさんとジュエルさん、後は大勢の人が来た。
「殿下、皆様。おや、アリス殿もいらっしゃいましたか。丁度良かった」
「ビルさん」
「殿下、陛下からの指示書です」
「ありがとう、ビル」
ビルさんがエリザベスさんに何かが書かれた目の粗い紙を渡す。
「陛下は許可を出したのですね」
「はい。既に準備はしております」
エリザベスさんが俺達を見る。
「皆様、もう一度確認致します。本当に、宜しいのでしょうか?今ならまだ、何とかできます」
俺は何度も考えて、そして何度も同じ答えが出た問いについてまた考える。
目の前の彼女達を放って、待つことができるのか。
何度も何度もイメージしてみたが、その全てで無理だと感じた。
ただ、もう一度想像してみる。
俺は……どうしたい?
死にたくない。帰りたい。皆で。友人や家族、お世話になった人達にも会いたい。それに……父さんや母さんにも謝りきれていない。
だが……だが、見ないフリもしたくない。
だから…………
俺はゆっくり、頷いた。
「そう、ですか。……申し訳、ございません。私達の、国の為に……」
「……エリザベスさん」
「……はい」
「これは、俺自身で決めた事です」
「…………」
皆が動くのを感じた。
「私も~。だから、気にしないで?リズちゃん」
「リズさん。私は、私達は自分達で考えて決めたわ」
「ハイ。カナ先輩とミコ先輩の言う通りデス。ワタシは行きたいと思ったカラ、こうしているんデスヨ」
「……リズさん。その、一緒に頑張りましょう」
「リズが気にすることじゃないさ。まあ、少しは頼ってくれよ?アタシはリズよりも年上だからな」
「皆様……はい。ありがとう、ございますっ……」
エリザベスさんは深々と頭を下げた。
それに対して、俺達は慌てるのだった。
「皆様、ありがとうございます。……では、自分から今回の対応についてご説明致します」
ビルさんが、今までに見たことのない程、畏まっている。
それを見て、空気が緊張したものに変わる。
ビルさんの話は、俺達に先遣隊に参加して欲しいという事だった。
今回の作戦では本隊と先遣隊に分け、行動するそうだ。
本隊はモンスター駆除、ダンジョン攻略を担当し、先遣隊は避難民の避難誘導、保護を担当する。
ただし、先遣隊がモンスターとの戦闘にならない訳では無いそうだ。
ダンジョンから溢れたモンスターだけでなく、野生のモンスターもいるからだ。
以前聞いた話を思い出す。
それは、スキルや魔法の練習をしていた頃の休憩中の事だ。確か、先生はステータスが高いせいか、まるで疲れないらしく、もう少し続けていた筈だ。
「モンスターに種類なんてあるんですか?」
「はい。モンスターには種族の他に発生源により、二つに分けられます。魔力から産まれる魔物、他生物が魔力により変化した魔獣の2つがあります」
「そうなんですね。何か、違いとかあるんですか?」
「そうですね。ふむ……大きな違いで挙げますと――――」
ビルさんの話では、魔物は魔力から形作られているため、死ぬと消える、そうだ。
魔獣は死んでも消えないらしい。
「消える、ですか?」
「はい。そうです」
「……えーと、どの様に?」
「どの様に、ですか?そうですね……例えるなら……砂が風で飛ぶようなものでしょうか」
あまりはっきりとしたイメージは湧かなかった。そもそもモンスターを実際に見たことがないのもあるし、生物が消える、という現象も知らないからだ。
そこでふと気が付いたが、モンスターとはどんな姿をした生物なのだろうか?
ゲームでゴーレムとか動物的なものじゃない奴や足の生えた植物の奴とかを見たことがあるが。
ビルさんにモンスターについて聞いてみると、大きな虫や動物、動く死体に骸骨など、RPGゲームにいるようなモノも(聞いた限りでは虫や動物も地球のものと大差無さそうだった)、いたりするみたいだった。
「ユキト殿達の世界ではモンスターはいないのですか?」
「そうですね。まあ、ゲーム……物語?や伝説の中ではモンスターの存在が描かれていますが。えっと、現実ではいません」
「そうなのですね。ユキト殿達の世界でいうモンスターとはどのような存在でしょうか?」
「ええと、聞いた限りだと、こちらのものと結構似てますね」
「ふむ……ともすれば、歴代の神の使い、異世界の住民の中にはユキト殿と同じ世界の方もいらっしゃったのかもしれませんね」
どういうことだろうか?
ビルさんが言うには、こちらの世界に来た異世界人の中に地球の人間がいて、地球に戻った際に伝えたのかもしれない、という事だった。
「うーん、可能性は……あるのかもしれませんね」
「いえ、自分の勝手な想像ですから。おや、ヒビキ殿が戻られた様ですね」
見ると、先生が戻ってくる姿があった。
「では、鍛練を再開しましょうか」
「あ、はい。お願いします」
そして、先生が休んでいる間、俺とビルさんは組手をするのだった。
先遣隊の話に戻る。
先遣隊は、とあるアーティファクト(魔法を使った道具の中でも希少価値の高い物や使える人がほとんどいなくなった魔法をそう呼ぶらしい。その事から魔法遺産と呼ぶ人もいるそうだ)を使い、ダンジョンに向かうそうだ。
そのアーティファクトを使えば、普通は二週間かかる道程を5、6日に短縮できるという。
二分の一になる、というのは緊急の事態では大きいのかもしれない。
ただし、そのアーティファクトで移動できる人数は限られている。その為、この場にいるエリザベスさんとジュエルさん、俺達の他に騎士や冒険者が32人の全40人が先遣隊になるらしい。
40人は一瞬多い様に感じたが、モンスターの数や強さが分からないので、すぐに思い直す。
段々と不安に思う気持ちが沸き上がってきた。この場の張り詰めた空気も影響しているのかもしれない。ビルさんの話が耳に入らなくなってきた。首を振って、緊張を解こうとする。
アーティファクトの所へ向かう事に気付き、慌てて付いていくが、どこか、地に足の付かない様なふわふわとした感じがする。
暑くはないと感じているのに、おかしな汗をかき、手が湿る。
しっかりしよう、と思うが、更に酷くなる一方だった。
呼吸まで荒くなってきたように感じる。
ふと、ぎゅうと左手を握られる感覚があった。
驚いて、そちらを見ると、人の頭の様な物が見え、視線を下に下げると―――先生が俺の手を握った事が分かった。
「大丈夫か?」
「え?……だ、大丈、夫ですよ?ほら、皆に付いて行きましょうよ」
「……なあ、やっぱり、止めるか?」
「え?」
何を、という部分は分かった気がした。
俺は即答できなかった。ふと、自身の湿った手を思い出し、手を離そうとするが、はたと気付く。
……?何だろうか、この感覚。俺だけでなく、先生の手も湿っているような……
先生の顔を見ると、若干顔色が悪い様な……
そこで周りの人の様子にも気付いた。どの人の表情も険しい。
口数も減っている。
……はあ。
不安に思っているのは、俺だけじゃない、か。
俺は頭を軽く叩く。
「……先生」
「……ああ」
「俺は……行きますよ。先生と、皆と、この人達と一緒に」
「……そうか」
先生は、そう言うと穏やかに笑った、様な気がした。
俺達は人の多い門付近を通り抜け、門の外に出る。
付いていった先にあったのは――――――
「…………じ、どう車?」
そこにあったのは、バスにも似ている、大型の自動車だった。