7話
部屋に戻り、寝ようとはしたが、全く寝付けなかった。
だからだろうか、体が若干重い。
だが、皆と話の続きをしなければならない。
俺は妙にぼんやりとした頭と重い体で、皆がいる部屋に向かった。
俺が向かっている皆の部屋は数少ない空いていた部屋だったらしい。実はあの時はダンジョン攻略の為に大勢の貴族や騎士が王都や王城に集まっていたそうだ。
その関係で客室にも余裕はなく、あの部屋に案内したらしい。
それで、今から数日程前にダンジョンへの先遣隊を出した為、大きい部屋が空き、そこに移るかを訊かれたのだ。
なお、皆は断っている。あの部屋に慣れたから、と皆はそう言っていた。だが、それだけでは無さそうだ。
予想ではあるが、この世界に慣れてきたからこそ、不安が増してきたのではないか、と思っている。
皆の部屋の前に着く。ドアをノックし、声をかける。
すると、ドアが空いた。そこには先生がいる。
「おう、来たか。……顔色が悪いが大丈夫か?」
「…そうですかね。至って健康ですよ。それよりも話の続きを……」
「分かってるさ。……結論から言うとだな、てめえは……」
「?俺が、ですか?」
「ああ。…………てめえ、いや……東郷は、動くな」
「……俺は待機してろ、ってことですよね。それは昨日と同じじゃないですか。先生や皆はどうするんですか?……もし、昨日と同じく行くと言うのなら俺も行きます」
「……お前は変わんねぇな。……まあ、中入れ」
中に入ると、皆が起きていた。朝が弱い奏先輩もいる。
皆は暗いが何か、決意した顔をしていた。
「……先ずは、お早うございます。それでどうするんですか?」
「……ああ。アタシは行くよ。後は……いや、自分の口で言った方が良い、か」
「お姉ちゃん……ユキくん。私は、行くよ」
「……そう、ですか。じ、じゃあ美琴先輩も?」
「……そう、ね。ええ、幸人君。私も行くわ」
「……変わらなかったんですね」
俺は思わず黙ってしまう。
「…………東郷、先輩」
見ると、何かを決めた様な顔をしている木下と東が真っ直ぐ俺、先輩達のことを見ていた。
嫌な予感がしたが、俺も木下と東を見る。
「……木下。…東。……どうした?」
木下は東と顔を見合わせると、頭を下げた。
「……すいません。私も、行きます」
「ゴメンなさい。ワタシも行きマス」
二人まで行く、と言っている。ただ、二人の発言に対し、先輩達も、いや先生以外は驚いている。
「……行った先輩や先生が無事に帰ってきたなら嬉しいです。ですが……もし、誰かが怪我をしていたら、もし、誰かが欠けていたら…………そう、思ってしまったら……」
「で、でも……」
「……ワタシも、ユカと同じ気持ちデス。ダカラ、お願い、しマス」
そう言って木下と東は改めて頭を下げた。
「お、お姉ちゃん……」
奏先輩は先生を見る。先生は目を瞑っていた。
やがて目を開けると、「…アタシは、反対しない」と言った。
先輩と俺は目を見開く。
「な、何を言って…」
「……だがな、無茶をしろ、とは言わねぇ。危ないと思ったら逃がすし、それは奏も織田も一緒だ」
「……………」
「天使先輩、織田先輩、お願いします。私達も行きたいです」
「お願いしマス。ミコ先輩、カナ先輩」
後輩二人は奏先輩と美琴先輩を見つめる。
「……分かったわ。でも、先生の言う通り、危ないと思ったら逃げること。分かった?」
「ミコちゃん………本当は嫌だけど……ユカちゃん、リオちゃん。……止めても、駄目、だよね~」
「……すいません、先輩」
「ゴメンなさい」
「約束してね~……無理はしないって」
「分かりました……天使先輩、織田先輩……すいません…いえ、ありがとう、ございます」
「ハイ、無理はしまセン。ありがとうごさいマス」
……どうやら、皆行くことに決めた様だ。
なら…………
「東郷、分かってると思うが……」
「……なぜ、ですか!?皆、行くんですよね?なら、俺も…」
「東郷!!」
先生が怒鳴る。
「……ハア、改めて言うが、テメェは待ってろ、東郷」
「…………いや、です」
俺は先生を睨む様に見ながら、絞り出す様にそう言った。
「………東郷…………ナア、分かってるよな?」
「……何を、ですか?」
先生は頭を掻きながら、苦い顔をした。
「…………テメェの…ステータス、だよ」
「!?…………今、それを、持ち出しますか?」
「……悪いな、東郷…………ナア、東?」
「……えーと、ワタシ、ですか?」
「ああ。東は確か、ステータスを見る魔法、使えたよな?」
「ハイ、使えるようになりマシタ」
「それを、東郷に使って欲しい、できるか?」
「……ハイ。できマスが……ユキ先輩のステータスがどうしたんデスか?」
「……おい、東郷。テメエ、自分で言うって言ったよなぁ?」
「…………すいません」
「ハア………気にせず使ってくれ、東」
「ハ、ハイ。分かりマシタ……デハ、使いマスね」
東が俺に手を翳し、光らせる。
すると、いつぞや見たような、ディスプレイが出現した。
そこに書かれていたのは――――――
[名前 東郷 幸人(16) Job 非正規雇用 レベル30 ★ 体力2080 筋力2080 魔力100 素早さ2340 器用1900 運勢計測不能 スキル 器用貧乏、貧乏暇なし、不運]
この二週間と少しで、俺のステータスの数値は軒並み上がった。レベルが2つ上がったからだろう。
だが、レベルの欄に★のマークがある。このマークは―――
「え?なん、デスか?このマーク?」
見ると、東以外にも木下や先輩らは不思議そうな顔をしている。
彼女らは知らなかったのであろう。
以前、俺のステータスを見た先生が苦々しげに言った。
「それはな………レベル最大値っつうマークだ」
それは俺がエリザベスさんをエリザベスさんと呼ぶようになる、その少し前のことだった。
その日も俺はビルさん、先生と鍛練をしていた。
鍛練にはまあまあ慣れてきて、一度ステータスを見てみようってことになったんだ。
他の皆はもう見ていて、皆しっかりとレベルは上がっていたらしい。
あのステータスを見る魔道具に先生が触れる。
[名前 天使 響(25) Job 拳の勇者 レベル35 体力2750 筋力3000 魔力1750 素早さ4000 器用1600 運勢1000 スキル 拳術の極みLvMax、神拳の使い手、気功術]
レベルが5上がり、それに伴って数値も上がっている。
ビルさん曰く、とても早い成長速度だそうだ。
先生の後、俺も触れた。それで★が出たのだ。
俺のステータスを見て、ビルさんが固まった。
俺は、★はどんな意味があるのか、聞いたんだ。
そうしたら、ビルさんは言いにくそうに、レベル最大値であると教えてくれた。
レベルには最大値があるそうだ。それには個人差があるが、平均50はあるらしい。
つまり、俺のレベル30での最大値は、なかなかないものである、とビルさんは言った。
それから、ビルさんは言った。
レベル最大値がくれば数値は上がらなくなる、と。
鍛練で、各種技術を身に付けたり、上手くなったりすることはできるが、それだけだと。
技術向上の為には、鍛練を続けることが一番だと聞いた。
適度に休むことも質の良い鍛練には必要だと聞いたが、皆のステータスを聞くと、いてもたってもいられなくなったのだ。
だから、エリザベスさんと話したあの夜も1人で鍛練していたのだ。
皆を守りたい気持ちもあったが、皆に置いていかれる、そんな漠然とした焦りがあったのかもしれない。
後、ビルさんにレベル最大値は上げることができる、と聞いたこともある。
それは、レベル最大値の状態で何かしらの条件を達成する必要があると聞いた。
その条件は、個人により違うそうだ。
だから、手当たり次第にやっていたという側面もあった。
だが、結局、貧乏暇なしの扱いは上手くなったが、最大値は上がらなかった。
現在、俺は先生に叱られ、他の皆には睨まれている。
「東郷、お前は自分で話すって言ったよな?」
「……すいません。言わずにいてすいませんでした」
俺は頭を下げる。
「……ハァ、言わなかったことは今は置いておく。分かるよな?東郷。お前は……連れていけない」
「………………」
そして俺は・・・・・つい、口走ってしまう。
「………連れていけない、ですか。良いですよ、別に。……1人で行きますから」
「……テメエ、なんつってるか、分かってるか」
「……分かってますよ」
「東郷、テメェ……」
俺は黙っていられず、言い訳を繰り出す。
「み、皆には迷惑は掛けませんよ。俺だって、怪我とかしたくはありませんし。それに、ビルさんだって、言っていたじゃないですか。俺はそこそこ強いって。そりゃ先生達には負けるかもしれませんが…」
「東郷!!……お前、マジで言ってんのか」
俺はゆっくり頷いた。
「……そうか。なら、来い。無理矢理にでもお前の頭を冷やさせてやる」
「…はい?」
俺はその言葉を聞き、猛烈に嫌な予感がした。
中庭に行く途中、エリザベスさんと出会った。
俺達が決めたことを聞きに来たようだ。
俺と先生に漂う妙な雰囲気に気づいたのか、微妙な表情をする。
先輩達が近付き、事情を話す。
何があったのか聞いた彼女は驚いている。
ただ、先輩や後輩達が行くことを伝えた時は、驚愕とは別の、複雑そうな表情をしていた。
俺がその表情のことを考えていると、目的の中庭に着いた。
「ナア、東郷。改めて聞くが、大人しく待つ気はないのか?」
「……はい」
「……そうか。……構えろ、東郷」
先生は腰を落とす。先生の眼は、本気の眼だった。
俺もゆっくり構える。
訓練の時、先生とは何度か組手はしている。まあ、勝ったことどころか、まともに当てたこともなかったが。
「アタシに一回でも当てたら、考えてやるよ。…だがな、当てられなかったら、最悪簀巻きにしてでも置いてく。分かったな?」
何度見ても、やっぱり彼女は本気だった。
組手の時とは違う、迫力があった。
汗が吹き出る。体が重い。
「……来ないのか?なら、アタシから行くぞ」
「…!!」
先生が距離を詰める。
というか早い!!
真っ直ぐ襲い来る拳を、横に避ける。ただの拳なのに、大きな風切り音が響く。
ギリギリ避けたか、と思ったら足を狙った蹴りが繰り出された。
俺は思わず下がった。
だが、一瞬で接近される。ヤバい!!そう思い、咄嗟に腕を交差する。
腕に重い衝撃が走り、俺は浮いた。
先生は浮かした俺を掴もうと手を伸ばした。
俺は貧乏暇なしを使い、体を無理矢理倒す。
……ツッ!無理な動きのせいで体が軋む。
まだ痺れている腕を動かし、何とか受身をとる。
少し距離ができた。息を整えながら、立つ。
・・・不味い。このままでは一発も当てられない。ずっと避けるのも無理だ。となれば・・・・・どこか、それも早々に賭けに出る必要がある。
先生がゆっくり歩きながら話す。
「なあ、東郷。まだ、諦める気は無いのか?」
「ハァハァ、ケホッ……諦める気、なんて、ありませんよ」
「……そうか。そうだよな…………とっとと、決める」
先生がスッと踏み込んだ。
右のストレートがくる。体を倒して避ける。
膝蹴りがきた。後ろに下がりつつ、もう片方の足めがけて足を振る。
先生はステップして避けると、左手を素早く突き出した。
かろうじて見えたそれを、腕を動かし、防ぐ。
動きの止まった俺目掛けて、先生は腹部への回し蹴りを放った。
俺は足に拳を当てて止める。
俺はバランスを崩した。
先生は足を戻しながら拳を振りかぶる。
俺は無理矢理後ろに跳んだ。
着地するが、体勢を崩す。そんな隙を見逃す筈もなく、先生は走る。
今、ここで、無理をする!
貧乏暇なしで無理に体を前に倒し、思い切り踏み込む。
今までより無茶な動きに体が鋭い痛みが走る。
だが、以前よりも堪えられる。鍛えた効果は確かにあるようだ。
先生は一瞬驚いた顔をするが、すぐに拳を振るった。
当たっては駄目だ!ただ、もう止まることは無理だろう。
それなら、避けるしかない。
俺は、半ば自棄で右に避ける。頬の肉が引っ張られる感覚と共にヒリヒリ、よりジクジクする熱が広がる。
何とか擦る程度で済んだみたいだ。
だが、先生は次の攻撃に移ろうとしている。
この勢いのまま、突っ込むしかない!間に合え!
俺は先生の腹部に肩を当てた。
俺は先生を押し倒すように倒れる。
貧乏暇なしを解除すると、意識が飛びかけた。
それぐらいの激痛が走ったのだ。
一度痛みを意識すると、気絶することもできなくなった。
意識を手放しかけると、激痛で引き戻される。そんなことを何度も何度も繰り返した。
「……マジ、か。……………おい、東郷?…大丈夫か」
そこで俺は先生が下にいることを思い出す。離れなければ、と思うが、体は動かない。
「……す、すい、ません…………もう……少し、だけ…………この、ままで………いて………くだ、さい」
俺は息荒く、そう言った。
「……おう。…………なあ、東郷?お前はさ、やっぱり、ついてくるんだよな」
俺はゆっくり頷く。そして、喋ろうとするが先生に止められる。
「いや、キツいんだろ?喋らんで良い。…………ったく。お前は、ホントに変わんねぇな」
変わらない?俺はどういう意味か訊ねようとするが先生はそれきり黙ってしまう。
俺は俺で結構余裕がない。これでも必死で耐えているのだ。
そうこうしていると、何人かの足音が近付いてきた。
俺はそちらに顔を向けるのも酷く億劫だった。だが、おそらく先輩達だろう。
「お姉ちゃん、ユキくん。大丈夫?」
「おう、奏。アタシは良いから東郷を回復してくれ」
「分かった~ユキくん、行くよ~」
奏先輩のそんな掛け声と共に背中に温かいものを感じた。
すると、痛みが和らいでいった。
数秒後、何とか動ける程には回復できた。ただ、若干違和感を感じるが。まあ、じきになくなるだろう。
俺は先生から退く。
「奏先輩、ありがとうございます」
「うん。どういたしまして~。でも~心配したよ~」
「す、すみません」
奏先輩にお礼を言いつつ、先生に手を出す。
「あの、先生。えーと大丈夫ですか?」
「おう。大丈夫だ。…………悪かったな」
「え?」
「……アタシもアツくなっていたみたいだ。だから、すまん」
そう言って先生は頭を下げる。
「い、いやいや、元はと言えば俺のせいですし。お、俺もすみませんでした」
先生は俺を見ると、躊躇う様な仕草をしつつ、呟く。
「……ナア、東郷、ホントに来るん、だよな?」
「…………はい」
俺は再度、頷く。
「俺も、行きたい、です。いえ、絶対について行きます」
俺はゆっくり呼吸を整え、頭を下げる。
「お願い、します。俺が、足を引っ張るかもしれないことは分かっています。でも、行きたいんです。だから…だから、お願いします!」
さっきの組手?でも、俺はつい、貧乏暇なしに頼っていた。まあ、使っていなければ恐らく倒されていただろうが。
だが、頼った結果、最後は動けなくなっていた。
今はまだ良いだろう。だが、もし今後、何かしらのトラブルに巻き込まれ、その時もまた、動けなくなったら、確実に皆の足を引っ張ることになる。
そんな事は俺も分かっている。だが、もし、もしも、皆に何かあったら、と思うと堪らなくなるのだ。
俺はもう失いたくない。あんな思いはもう沢山だった。
だから、頭を下げ続ける。
しばらくそうしていると、先生がため息をついた。
「…………ハァ、無理はするなよ?」
「…!!あ、ありがとう、ございます!」
「ホントは来て欲しくないけど~…………ユキくんだもんね~。でも無理はしないで?」
「はい。分かってます。奏先輩」
「ホントに大丈夫?幸人君」
「…だ、大丈夫になる様に頑張ります」
「……もし、何かあれば遠慮なく私を、私達を頼ってね」
「ありがとうございます。美琴先輩」
「一緒に頑張りまショウ。ユキ先輩」
「宜しくお願いします。東郷先輩」
「東、木下。ありがとう。なるべく足を引っ張らない様にするから、宜しく頼む」
「……大丈夫ですか?ユキトさん」
「はい。俺も行きます。迷惑はかけない様にするのでお願いします。エリザベスさん」
「無理は、しないで下さいね」
「……はい。ありがとうございます」
ふと先生が呟いた。
「……そういや、東郷から頼むとか、お願いだとかって随分久しぶりに聞いたな」
「え?そうですかね?」
「う~ん、私も~あまり頼み事とか~されたことないな~」
「……私も幸人君には言われたことないわね」
「先輩達まで……俺だって、頼み事をするくらいは……まあ、しますよ」
一瞬詰まったのは、最近頼み事とかしたか?と考えたからだ。
「…ま、いいや。そういえばリズ、この後はどうするんだ?」
「………ふえ?…も、申し訳ございません!……そうですね。まずは北門まで向かいましょうか」
「ありがとう。んじゃ、行くか」
こうして俺達はダンジョンに行くことになったのだ。
しかし、この時はまだ、誰も知らなかったのだ。
あんな事態になる事を。
俺はこの時の事を後悔することになる。
行かないという選択はできないにしても、もう少しやりようはあったのではないか、と。
だが、既に事態は動き始めたのだ。・・・動き始めてしまったのだった。