6話
鐘が何度も叩かれて響いている。
先生たちと顔を見合わせる。
何が起こっているか、分からなかった。
エリザベスさんとスコールさんを見ると、強張った表情をしていた。
「申し訳ございません。ヒビキ様、一度城へ戻りましょう」
「殿下、ウチはギルドに向かうっす」
「はい、アリスさん。お願い致します」
〈大雨屋〉を出ると、先程まで笑顔が絶えず、賑やかだった町は、緊張した表情が溢れ、度々怒声の様な大声が聞こえる様になっていた。
あちらこちらに走り回る住民を掻き分けながら、城に戻る道すがら、あの鐘の意味を聞いた。
何でもあの鐘は緊急事態を知らせる鐘らしい。
俺たちは情報が集まりそうな王城に戻った。
王城に着くと、街中から人が集まっていた。
すると、向こう側からビルさんが走ってきた。
「エリザベス殿下!」
「ビル、何がありましたか?」
「それは……少々耳をお貸しください」
ビルさんがエリザベスさんに何かを呟く。
「……………なっ、何故、こんなに早く!……申し訳ございません。ヒビキ様たちはお部屋にお戻り下さい」
………えっ?今、何て?
「……ビルさん、何があったんですか?」
「……………皆様がお気になされるようなことでは……」
「流石に気になりますよ。お願いします。教えて下さい」
「ビルさん、頼む。アタシ達にも教えてくれ。一体何が…」
先生だけでなく、皆も教えて欲しいとビルさんとエリザベスさんに言う。
二人は迷う素振りを見せ、黙ってしまった。
その場に鎧を着た、兵士や騎士といった雰囲気の男性が走ってくる。
「エリザベス殿下!ホーディ団長、ヒビキ様達と共に謁見の間にいらっしゃるよう、陛下が仰せです」
「なっ!ヒビキ様達も!?……申し訳ございません、皆様。私に着いてきて頂けないでしょうか?」
エリザベスさんは一瞬驚愕の表情を浮かべるが直ぐに俺たちの方へ向くと頭を下げてそう言った。
俺たちはこの状況に何か嫌な予感がしながら着いていくことに決めた。
そうして、エリザベスさんから話を聞く。
先程の鐘は、とある街で問題が起こり、大勢の住民が逃げてくるというものだった。どうやら、先行してきた人がいて、そう伝えたそうだ。
だが、その問題のことを聞くと途端に言い淀み、結局分からなかった。
そうこうしていると、広間に着いた。
広間には俺たちの他に国王様、王妃たち、クロウズさんがいた。
おや、以前の謁見の際にはもう少し人がいたのだが。その時いたあの人たちはこの国の大臣だと後で聞いた。
国王様が口を開く。
「……異世界の方々よ、折り入って頼みたいことがある」
以前の謁見と同じく先生が代表として話す。
「……何でしょうか」
「……あなた方の世界のことはホーディらから聞いた。その上でのこの頼みだ。無論断ってくれて構わない」
…………国王って人が言うのだから、難しい問題なのだろうか。
国王様は続ける。
「先のダンジョン攻略の話は聞いた、と聞く。頼みというのはそれに関することだ。…………今回向かう予定だった〈ワールカ〉のダンジョンで魔物の暴走が起こった」
えっ?!
話を聞くと、ダンジョン攻略というのはある程度余裕を持って動くらしい。
ここから北に2週間行ったところにあるワールカという町にあるダンジョンは前回の攻略からさほど経ってなく、まだまだ余裕はあったそうで、今回の暴走は予想外のものなんだそうだ。
暴走時には少なくない住民が犠牲になったが、冒険者たちの尽力もあって、まだ多くの住民が町から逃げれたらしい。
それで、俺たちへの頼みとはその住民の救助を手伝って欲しいということだった。
「……お話は分かりました……ですが……」
「すまない。先程の通り、断ってくれても構わない。だが、一度考えてみて欲しい。この通りだ」
そう話すと、国王様は玉座から立ち上がり、頭を下げてしまった。
王様が頭を下げる、とは大丈夫なのだろうか?そう思い、周りを見渡すと、先生達、いや他のエリザベスさん達も驚いた顔をしていた。
クロウズさんが国王様を止める。さすがに頭を下げるのは不味いと諌めている。
「それで、どうだろうか」
「…………分かりました。一度戻り、他の者と話したいと思います」
「……そうか。ありがとう…………」
国王様は複雑そうな表情でそう言った。
ヒビキさん達が出ていきます。
それを確認し、十分に離れた頃を見計らい、陛下に話を聞きます。
ダンジョンによる魔物の暴走は、そのダンジョンがある程度力を蓄えていなければ起こりません。
その為、今回の暴走は前例のない程の早さでダンジョンは成長したと考えられます。
何があり、どんなモンスターがいるか分からないこの状況では少しでも多くの人員が必要であるから、ヒビキさん達にああいった要請をした、と陛下はおっしゃっています。
ですが、私は納得できませんでした。
「陛下、いえ父上のお考えは分かりました。ですが、彼らは、今までに生物の殺傷経験もなく、実戦の経験もない、と父上には申し上げましたが?」
「……エリザベスよ。余も彼らを戦わせたくはない、と思っている。だが、今回は非常事態だ。何があるか分からない」
「……もしや、父上は彼らは神が遣わされたのだとお考えなのでしょうか」
「…ああ、そうだ。彼らが来たことと今回の暴走は無関係ではない、と考えている。彼らが勇者である、ということもある。前回の召喚者も〈刀の勇者〉のJobを持っていたそうだ。その時は〈魔王〉に対する戦力として喚ばれた、ということはエリザベスも知っているだろう?そして、かの刀の勇者は魔王を実際に封じた」
「…………ですが、彼らは……」
「すまないな、エリザベス。……どうか、分かって欲しい」
「……………」
俺たちは謁見の間を出て、自分たちの部屋に戻る。
最近の俺は自身の部屋にそのまま向かうが、今日は皆の部屋に向かった。
こっちに来るのも久し振りだな。
「………んで、皆どうする?」
先生が問いかける。
「どうするって……」
皆、答えに窮し俯く。
俺は…どうしたいのだろうか?
わざわざ、ダンジョンに行くなんて危険を犯したいか?
それは嫌だ。
では、ダンジョンに行くのを辞めるか?
ダンジョンに行くエリザベスさんやビルさん、ジュエルさんを見捨てて?
当初の予定では余裕を持たせた戦力だったそうだが、今、こんな状況では戦力が足りるのか?そもそもダンジョンはどうなっている?
それらも分かっていない。そんな所に向かわせるのか?
もしかしたら、無傷で帰ってくるかもしれない。
もしかしたら、無傷ではないかもしれない。最悪は死………
俺は……………
「俺は……皆無事で帰ってきて欲しいと思っています。でもそれが難しいと言うのなら、俺は……」
「駄目!!」
俺は驚き、叫んだ人物を見る。その人は奏先輩だった。
奏先輩がここまでの大声を出すのを見たのはもしかしたら初めてかもしれない。
「……奏、先輩?」
「……なん、で……何でユキ君はそうやって無茶しようとするの!?」
奏先輩は泣いていた。
「……すいません」
「……ユキ君は、待ってて」
「……え?」
「……お姉ちゃん、私は行くよ~」
「……ハア、奏。気持ちは分かるが……」
「奏、待って」
「織田?………ハハ、テメェもかよ」
「はい、すみません。先生、私も行きます」
「……ハア、おい、東郷。木下と東を頼む」
「えっ?」
「アタシも行くよ。だから頼んだ、東郷」
「な、何で、ですか。先生や先輩が行く必要なんて……」
「そういうことだから、東郷は自分の部屋に戻れ」
「待っ…」
「うん?それとも東郷はアタシ達と寝たいのかい?」
「いや、そういう訳ではありませんが……」
そう言って先生は俺を追い出そうとする。
「ちょっ、待って下さい。まだ話は終わって…」
「大丈夫、大丈夫。ホラ、さっさと戻れ」
俺は部屋を閉め出された。直後、ガチャと扉の鍵が閉まる音がする。
「いや、閉めないで下さいよ!」
扉を何度も何度も叩く。そうしていると扉から「うるせぇぞ!……外を見てみろよ…………また明日話す」
言われた通り、周りを見る。辺りはすっかり暗くなり、人の気配も少ない。
「……もう、こんな時間か。…………戻るか……」
扉に向かって声をかける。
「お休みなさい。……明日、話をしましょう」
くぐもった声で「おやすみ」と返ってくる。
俺は、どうするか答えのでないまま、部屋に戻る。
そして、ベッドに倒れこんだ。
「…………ハア、どうすりゃ、良いんだよ……」
東郷先輩が出ていく。
でも、先輩は扉を何度も叩いて、声を張り上げている。ここまで必死な彼を見たのはいつ以来かな?
……もしかしたら初めてかもしれない。
そう考えていると天使先生が、東郷先輩に返事をする。外?
私も外を見るとすっかり暗くなっていた。
「……ねぇ、お姉ちゃん~本当に良いの~?」
天使先輩がそう声をかける。
「……ああ。東郷には無理はさせられねぇ、だろ?」
「……そっか~」
「……東郷には我慢してもらうしかねぇ。…………ハア、アタシ達も寝るか」
皆、寝室に戻る。
寝室に入るやいなやベッドに倒れた。隣を見ると莉緒ちゃんも同じように倒れている。
やがて、莉緒ちゃんがポツリと話した。
「………大丈夫、デスよね?ユカ、皆無事で帰ってきマスよね?」
「……大丈夫だよ。エリザベスさんやビルさん、ジュエルさんもいるんだから」
私はそう、自分にも言い聞かせる様に言った。
「そう、デスよね。………おやすみなさい、ユカ」
「…うん、お休み」
私は目を瞑り、眠ろうとする。でも、眠れなかった。
私は少し前のことを思い出していた。
その時の私はまだこちらの世界に来たばかりでとても不安に感じていた。それは莉緒ちゃんも、先輩達も先生もそうだったと思う。
だから、私は地球にいた頃からの習慣を続けていた。それは剣の鍛練だ。続けていなければもう帰れなくなる、と漠然と感じていたのかもしれない。
私の家は昔からの剣術道場だった。幼い私はただ剣が好きで振っていた。
いつだっただろうか。周りの女の子は剣に一切関わっていないことに気づいたのは。それから剣を振ることを恥ずかしく感じる様になり、いつしか剣から離れていった。
昔の私は剣を振るのに邪魔だと思って髪を短く切っていた。でも、剣を手放してからは髪を伸ばしていた。
また、私は可愛いものが好きだった。ぬいぐるみやキーホルダーなども持っていた。
でも、ある時クラスメートにこんなことを言われた。
そうした、可愛い物は私のイメージに合わない、と。
ショックだった。私には似合わないと言われた様で。
私のイメージって?好きな物も好きって言っちゃ駄目なの?
本当は剣だって辞めたくなかった。でも、皆と違う、それはおかしい、と言われるのが嫌だった私は手放した。そう、手放してしまったんだ。
そんな時だった。莉緒ちゃんに出会ったのは。
莉緒ちゃんは、可愛いものが好きな私を、剣が好きな私を、好きだって言ってくれた。
莉緒ちゃんがそう言って寄り添ってくれたから、また剣をやることが出来たんだ。
でも、私は今でも剣を人前で振ることが恥ずかしくて、苦手だ。
だから、こちらに来てからも、私は人目のない所で鍛練をしていた。
その日も、一人で鍛練をしていた。
そろそろ止めて皆の所に戻ろうかな、と思った頃だった。
近い所から物音がしたのは。なんだろう、これは・・・風を切る音、に似ているな。
そう思った私は物音のする方へ歩いた。
すると、そこにいたのはエリザベスさんだった。
エリザベスさんは槍を持っていて、汗をかいていた。
どうやら彼女も鍛練をしていたみたいだった。
私が近づくと、彼女も私に気付いた。私は剣の鍛練をしていたことを伝えたら、その様子を見せて欲しいと言った。
私は最初気恥ずかしさから断ろうとしたが、彼女は至って真剣な表情で、結局私は根負けしてしまった。
私は緊張しながら体を動かす。
私自身、大分ぎこちない動きだと感じたが、外から見てもそうだったらしい。
エリザベスさんは何故か嬉しそうな顔をしていたが、私の動きを見ている内に考え込む様な表情になると、何かを思い付いたらしく、槍を手に取り、彼女も動いた。
私はその光景を見て、固まった。
彼女の動きや技術が精練されていたこともあったが、いや、それらも含めて、綺麗だったからだ。
水を差すような無骨な槍もその無骨さを感じさせない。
一つ動く度に彼女の黄金色の、日を跳ね返すどころか自ら輝く様な髪が揺れている。
しばらく私が茫然としていると、彼女がこちらを見る。
私は慌てて、自身の鍛練を再開した。
でも、エリザベスさんを何度も盗み見ていた。
彼女は凄く、真剣な表情をしていた。
その真剣な表情を見ている内に段々と私の緊張がとれてきた。
そして、次第に自身の鍛練に集中できる様になっていた。
この日から朝はエリザベスさんと二人で鍛練する様になった。
私はこの日から、彼女のことをリズと呼ぶ様になっていた。
私がそう呼んだのをきっかけに皆も愛称で呼ぶ様になったのだ。その時の彼女の嬉しそうな様子は今でも覚えている。
私は目を瞑り、眠ろうとしばらくしていたが、寝付けなかった。
私は身動ぎする。すると、莉緒ちゃんの方から衣擦れの音がした。
どうやら彼女も眠れなかった様だ。
「……大丈夫?莉緒ちゃん」
「…イエ、大丈夫です。………ユカ、まだ起きれますか」
莉緒ちゃんは体を起こす。
とりあえず私も上体を起こして話すことにした。
「……ユカ………ワタシは………行きたい、と思ってマス」
私は、何処に?と聞かなかった。それは莉緒ちゃんの顔を見たら推測はできたし、おそらく……私も同じ気持ちだからだ。
「……莉緒ちゃん、でも、天使先生に言われたことはどうするの?」
「……それは…………」
莉緒ちゃんは黙り、俯く。
私は目を閉じて、自身の気持ちを考える。
「……莉緒ちゃん」
「……なんデスか、ユカ」
「私は……先生や先輩達に着いて行きたいって思ってる」
「…!……それは、ワタシもデス。でも……」
「だから、二人でお願いしよう」
「……ハイ。………ありがとうございマス、ユカ…」
「私もありがとう。莉緒ちゃんがいなければお願いしよう、って思わなかった」
「…フフッ……では、行きまショウ」
え?今から?
さすがに遅いと思い、莉緒ちゃんを止めるが、こういった大事なことは早く言った方が良いと諭され、先生が寝ていなければ、と条件付きで私も行くことにした。
先生が一人で寝ている部屋に着くと、先生はまだ起きていた。
先生は私達に驚いたが、やがて苦々しい表情になる。
多分、私達が考えていることに気付いたのだろう。
先生は私達を椅子に座らせた後、「待つのは、嫌か」とポツリと言った。
私と莉緒ちゃんは頷く。
先生はさらに表情を険しくさせながら、頭を掻く。
「……あー、言っとくが危険だぞ?」
「それは、先生達も同じですよね」
「ワタシも、分かっていマス」
「…………ハア、止めても駄目か」
私は莉緒ちゃんと顔を見合わせる。
そして、さっきよりも深く頷く。
「……分かった。アタシは反対、しない。それに、多分止めても来るだろ?」
先生はそう言って苦笑している。その笑顔は何だか寂しそうだった。
「……なぁ、東?」
「なんデスか?」
「いやな、確か、体育苦手だったよな?そんなんでも大丈夫か?」
「ウゥ……ま、魔法を使えば大丈夫なのデス!」
「そうかぁ?」
莉緒ちゃんが慌てている。
私は助け船を出すことにした。
「大丈夫ですよ。身体強化の魔法も覚えましたし」
「まあ、そうだな。……そういや、木下は変わったな」
「そう、ですか?」
「おう。雰囲気が柔らかくなった気がする」
「そうでしょうか?」
「ま、もう寝な。後は明日だ」
「そうですね。お休みなさい、先生」
「おやすみなサイ、先生」
「おう。二人ともお休み」
音を出さない様に静かに移動した。
「良かったデスね、ユカ」
「うん、莉緒ちゃん。……頑張ろうね」
「ハイ。頑張りまショウ」
そうして私達は眠りについた。
私は眠る直前、先生に言われたことを思い出した。
もしも私が変わったのなら、それは皆がいたから、そうなったのだろう。
この世界に来た不安、帰れるか分からない状況、そうしたものを共有し、少し前まで夢にも思わなかった、皆との生活。
地球にいた頃から、今に至るまでがあったからこそ、私は変わったのだろう。
私はそんなことを考えていたら、いつの間に眠っていた。