4話
王女様、エリザベスさんと話した翌日。
俺達は訓練し、エリザベスさんはさらに忙しそうだった。何故、あんなに忙しそうにしているのだろうか?
先生は他の皆を走り込みながら見て回ると話している。どうやら、ビルさん曰く先生に教えられることはもう無いらしい。
俺が休憩している時にビルさんが話しかけてきた。
「ところで、ユキト殿達は此度のダンジョン遠征に参加するので?」
ダンジョン?ゲームで聞いたことがある。何だったけ?
ビルさんに聞いてみる。
すると、この世界におけるダンジョンとは各地にある魔力で生きる、魔力生命体であるらしい。肉体はなく、場所や物に宿るそうだ。多くは場所に宿り、何層もある地下や深い森、山がその対象になる。
ダンジョンが宿ると、そこにはモンスターやら宝石やら武具に道具などが出現するそうだ。
また、ダンジョンは何かに宿る際に核となるものを作る。それは強力なモンスターだったり球体だったりするらしい。それを倒すか壊すかすればダンジョンは無くなるんだとか。
モンスターが一定数を越えると氾濫、つまり、モンスターがダンジョンから溢れかえる。それを防ぐために定期的にダンジョンを潰すかモンスターの数を減らす必要がある。
今回はこの国にあるダンジョンの1つに遠征にいくらしい。
「ダンジョンとはそういった存在なんですか。でも、俺達は今回の遠征の話は聞いていませんよ」
「なら、ユキト殿達には参加の要請をしないのでしょうね」
話を聞くと、遠征に出発する日が三日後であるそうだ。
ビルさんやジュエルさんも参加する様だ。そういえば、二、三週間程居なくなると話していた。
「ビルさんも行くんですね」
「ええ、そうです。自分の他にはエリザベス殿下も遠征に参加しますよ」
えっ!?だから、忙しそうにしていたのか。
「………すいません、ビルさん。その、モンスターと戦うって危なくないんですか」
「そうですね。危険がない、と言えば嘘になります。怪我は当たり前、時には死者もでます」
「そう、ですか。……ありがとうございます」
「ユキト殿は自分達や殿下のことを心配なさっているのですか」
俺はゆっくり頷く。少なくてもこの二週間以上、親しくしていた相手だ。怪我や最悪、死ぬかもしれない、と聞いて心配しない訳がなかった。
「いえ、大丈夫です。殿下は自分達が守ります。それに騎士団で向かいますから」
それに、何度もダンジョン遠征は行われ、自分も参加した経験がある、そう話すビルさん。だが、俺はやはり、心配だった。
その日の夜、皆にその事を話す。皆も今日知ったようだ。
「心配、ですよね。俺達に何か、できることはないのでしょうか」
皆で心配そうな顔をしながら、悩む。
「ナア、東郷。アタシ達にできることがあると思うか?」
「えーと、エリザベ………ビルさん達についていく、とか?」
「……………ああ、そうだよな。アタシもそう思う。でも、な…………アタシらがモンスターと戦えると思うか?…………ん?エリザベ?」
「ケフケフ!あの、モンスターと戦えるか、ですか?それは…………俺が心配なだけで先生達は大丈夫だと思いますが?」
「あー、そういうことじゃない。あのな、モンスターといっているが、様はモンスターってのは生物?な訳だろ?アタシらに倒せる、いや、殺せる、と思うか?」
「それは……………………」俺達は、返答できなかった。
それっきり先生も黙ってしまう。
やがて、先生が言った。
「ああ、もうヤメ!良し、東郷、テメエは戻れ」
「え?」
「だから、戻れ、って言ったんだよ。これ以上こうしていても結論なんて出ねぇよ。一旦、頭冷やそうぜ」
「……そう、ですね。じゃあ、俺は戻ります。お休みなさい、皆」
「おう、お休み」「……お休み~ユキ君~」「…ええ。お休みなさい」「お休み、なさい」「お休みなさいデス」
俺は部屋に戻ると、ベッドに倒れこんだ。
「…………はあ」
どうしても、遠征の話が脳裏にちらつく。
ビルさんやジュエルさん、そして…………エリザベスさんの顔が浮かぶ。
正直、ついていきたい、そう思っている。だが、先生の言った通り、俺に、モンスターを殺せるのだろうか。地球では、魚や肉を食べていた。生物を殺して食べていたのだ。それに歩いていて蟻を気づかぬ内に踏み潰していたこともある。だから、生物の生死に関わったことはある。だが、さすがにこの手で殺したことはない。
モンスターとまともに戦えず、足手まといになりそうだ。だが、盾になるくらいなら………
そう考えたが、先生や先輩、後輩の顔が浮かぶ。駄目、か。俺自身死にたくはないし、多分、俺が死んだら悲しむ人がいる。
そう考えるとさらに悩む。それでも、心配はなくならない。本当に、どうすれば良いのだろう。延々と考えたが何も答えは出せなかった。
結局、一睡もできず、答えも出ず、朝を迎えたのだった。
そんな日でも訓練はする。というか、体を動かした方が気が楽だ。そんな俺にビルさんが話しかけてくる。
「どうなさいましたか。ユキト殿」
「へ?あー、何でも無いですよ」
「……ユキト殿。そんな心配なさらないで下さい」
「………アハハ、分かりましたか?」
「そのような表情をしているのなら、誰にでも分かりますよ」
ビルさんに、悩んでいることを伝えることにした。
「なるほど。…………一つ、お願いしたいことがあるのですが」
「構いません」
「有り難うございます。僭越ながら自分と手合わせ願えますか」
「大丈夫です。…………って、え?」今、何て?
「では、失礼いたします」
ビルさんは構える。わわっ!慌てて俺も構える。
ビルさんの右拳が迫る。俺はそれを踏み込んで避け、右で掌打を腹部目掛けて放つ。が、ビルさんは俺の右手首を掴んだ。慌てて、左手でビルさんの手を払う。ビルさんが蹴りを放つ。俺は後ろに跳んだ。ビルさんはそんな俺に追撃を加える。俺は何とかギリギリで避け、反撃していった。
しかし、十数分後、俺は倒れていた。ついに体力が尽きたようだ。
「ビルさん……………どう、したんですか」
「申し訳ありません、ユキト殿。それで自分の体術はどうでしょうか」
「つ、強い、と思い、ました」息切れしながら答える。
「有り難うございます。ご覧になった通り、自分なら大丈夫ですよ」
大丈夫?何を………………ああ、そうか。
「はい。確かに、ビルさんなら、無事に、帰ってきそうですね」
「ハハハ。ユキト殿、申し訳ありませんでした」
「いえ。有り難うございます。俺が悩んでいたからこんなことをしたんですね」
「はい。それと、自分以上ににジュエルや殿下は強いです。ですから、ユキト殿達は安心してお待ち下さい」
「ビルさん。有り難うございます」
二人で笑いあった。
訓練を終えて、ビルさんと別れ、風呂場に行くことにした。
その途中、ジュエルさんと出会う。
「あ、お疲れ様です。ジュエルさん」
「いえ。自分は大丈夫です。ユキト殿もお疲れ様です」
「アハハ、有り難うございます」
「…………悩んでおられる様でしたが解決なさった様ですね」
ジュエルさんにもバレていたか。
「すみません。ご心配をおかけして」
「ヒビキ殿やミコト殿、ユカ殿も心配なさっていましたよ」
「え、本当ですか」
「はい。…………ユキト殿は何を悩んでおられたのですか」
「え?」
「いえ。勿論おっしゃりたくないのならおっしゃらないで下さい」
「あー、別に、大丈夫ですよ」
「申し訳ございません」
ジュエルさんにも話すことにした。
「なるほど。ユキト殿達の世界では、理由なく生物を殺すのは悪で、ユキト殿達も直接は殺したことがない、その為、戦える自信がない、とそういうことでしたか」
「……すみません」
「おや、何を謝る必要があるのですか。素晴らしいではないですか」
「素晴らしい、ですか?」
「はい。モンスターもおらず、手を汚さずに生きていける、そんな世界なのですよね?素晴らしい世界である、と思ったのです」
「そう、ですね」素晴らしい、世界か。それを聞き、俺は昔を思い出した。俺は昔、世界なんてろくでもない、そう思うことがあった。だが、それがあったからこそ、響先生や奏先輩、美琴先輩に出会え、後輩達との出会いに繋がった。改めて、あの世界を思う。そして、戻らなければならない、そう心に強く刻む。
「はい。………とても、素晴らしい、世界でした」
ジュエルさんは微笑む。
「すみません、ジュエルさん」
「いえ、自分の感じたことを申したまでですので。それと、ユキト殿。頼みたいことがあるのですが」
「はい。構いません」
「では、一つ、自分と約束をしてもらいたいのです」
「約束、ですか?」
「はい。我々が戻ってきたら歓迎して欲しいのです」
「歓迎、ですか?」頼まれなくてもするのだが。
「はい。そうした、誰かが待っている、というのは戦う者にとって力となります」
「それなら、ジュエルさん。俺は、俺達は待っています。皆さんが無事に帰ってくるのを」
「……………フフッ。有り難うございます。必ず、戻って参ります」
ジュエルさんと笑い合う。
ジュエルさんと別れ、風呂場に行って汗を流した。
どうやら、俺は皆に心配をかけていたらしい。もっと、しゃっきりしなきゃな、そう思った。
夕食をとり、皆との話し合いをする。
今日あった話をする。
「そうか。なら、アタシ達はその期待には応えてやらなきゃな」
皆で頷く。戦うよりもこっちの方が良い。そう思った。
皆と別れ、自分の部屋に戻る。何となく俺は真っ直ぐ戻る気にはなれず、遠回りをした。
すると、訓練を終えたらしいエリザベスさんとばったり出会った。
「あら、ユキト、さん」彼女は顔を赤くする。
「え、エリザベス、さん」俺も似たような顔だろう。
彼女と今日の話をした。この際、彼女にも話したい、そう思ったのだ。
ジュエルさんとの約束の話をした時、彼女は微妙に変な表情を浮かべた。そういえば、先生達も似たような顔をしていた。何故だろう?
「………私とは、約束、して下さらないのですか」
「へ?えーと、エリザベスさんがしたいなら俺はいくらでもしますが」俺がそう言うと彼女はキョトンとした顔を浮かべる。
「……ふ、フフッ。いえ、私の帰還をお待ち下されば、大丈夫ですよ」
「はい。………お、俺は、貴女の帰りをお待ちしています」
・・・・・今のは結構恥ずかしかった。エリザベスさんを見ると、彼女も恥ずかしい様だ。俺はその様子を見てさらに恥ずかしくなるのであった。