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ふわふわと漂う浮遊感の中で僕は再び目を覚ました。周囲が全て白で覆われた世界。起きているのか寝ているのかさえ分からない。子供の頃夢に見た、死後の世界そのものだ。
「僕は死んだのか」
「ええ、あなたは死にました。ですが残念ながら、あなたをこの先に連れて行くことはできません。あなたには転生する資格はないのです」
独り言に丁寧に答える声があった。どこかで聞いた声だった。
僕は何もないところで寝ていた。いや、もしかすると全てが白いために、ベッドと周囲の区別が付かないだけなのかもしれない。
その場から身体を起こす。手足を自由に動かすことができた。なるほど僕は死んだのか。死んで自由を手に入れたのだ。
ふと人の気配がしてそちらを向いた。何もないところで、その人物は洗練された仕草で腰を掛けていた。さっき声がしたのは彼の声だった。そうだ。彼とは一度、青陵高校の旧校舎で会っている。林田に化けていた桜の上位の死に神。
「あんた……破壊の死に神、だったか?」
「やれやれ、感心しませんね。彼女から血肉を喰らうべからずと、そう教わりませんでしたか? それとも彼女、桜の死に神があなたに血肉を?」
「いや僕からだ。身体の自由がきかない僕が自ら命を絶つには、この方法しかなかった」
破壊の死に神は、気の毒そうに僕を見る。
よく通る声で、破壊の死に神は僕に言った。
「彼女はあなたに正しく説明しなかったのですね」
「正しく説明? 桜の情報は、意図的にねじ曲げられていたということか?」
「そうではありません。あなたに説明した部分そのものは、決して間違えてはいない。その先の説明が足りないのです。ともすると重大な問題に発展しかねない、とても重要な説明です」
ゆるゆると首を振りながら、彼は淡々と語った。重要などと嘯きながら、彼の言葉にはまるで温度がない。重大な問題などとは微塵も感じていない。そんな口ぶりだ。
「死に神の血肉を喰らった人間は一度死に、死に神へと転生するのです」
言葉が出なかった。「何だと」唇だけが動いた。
「驚きましたか? そうでしょう。通常、このような話を聞いて、敢えて死に神の血肉を喰う人間はいない。何せ自ら『死』という、人間の最大にして最高の特権を手放すことになるのですからね。そんなことをする人間を『愚か』と呼ばずして何と呼びましょう」
嘆かわしや、などと首を振るも、破壊の死に神の口許は緩みっぱなしだった。
「あんた、笑ってるだろ」
「いえいえ滅相もありません。あれだけ世間を騒がせた、S級霊にも匹敵する能力を有する元悪霊の結末が、まさかの死神転生だとか……。ぷぷっ、失礼。残念です」
「そうかよ。格好付けて死ぬつもりで、それすらできなかった間抜けな元悪霊がここにいますよ。笑いたければ好きなだけ笑えよ」
破壊の死に神は、僕に指を差して笑った。
この失礼な死に神の親玉も大概だが、僕を騙して死に神にした、当の張本人に文句を言わないと、僕は気が収まらない。
「くそう桜の奴、どこに隠れていやがる。デコピンのひとつでも――」
「彼女は失脚しましたよ」
――は?
彼の意外な言葉に、僕は動きが止まった。
「失脚? どうして?」
「当然でしょう? 死神転生は、死に神界では禁忌とされています。そうでなければ、死に神が無尽蔵に増加してしまいますから。彼女が特務課のエースであろうと、勿論それは例外ではありません。むしろ彼女が禁忌を犯したことで、管理局内には動揺が広がっています。男嫌いの彼女が何故、と――」
最後の部分がよく分からなかった。
「男嫌いが何か関係あるのか?」
取り繕うように咳払いをひとつして、破壊の死に神は立ち上がった。
「とにかく、罪を犯した彼女は、その罰として下界に落とされました。あなたも新人の死に神として、いずれ下界で研修を受けて貰う必要があります。OJTです。」
「それ、体のいい放置って奴だろ。ブラック企業か、死に神管理局は」
「桜の死に神とも、どこかですれ違うことがあるかもしれませんね。その時は精々死に神同士仲良くしてやってください。ではお元気で、さようなら」
「待てコラ」
破壊の死に神は、颯爽と姿を消した。
「逃げやがったか」
こうして僕は、望まぬ死神転生を果たしたのだった。




