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シリアスな小説の練習

僕は、小石を蹴る。

作者: 螺房ナロ


 蹴とばした丸い石が、線路際の道を寂しそうに転がる。

 あんまり強く蹴ると茂みに入ってしまうから、足の先で優しく弾く。

 何度も何度も。そうしないと、小石を家まで運べないから。


 小学校の帰り道。僕はいつも1人で帰っている。

 クラスの連中からは小石を飼っているんじゃないか、なんてバカにされたりする。好きでやっていることなんだから別にいいじゃないかと、僕は心の中でぶーたれる。


 僕の相棒は、シンちゃん家の庭にあった石だ。その辺に落ちている石じゃなくて、ホームセンターで売っているようなちょっと良い石。手にしたときは表面がすべすべしていて綺麗だったけど、何度も蹴られた今はその輝きを失っている。


 今日は、学級委員のお仕事で掃除をしなくちゃいけなかった

 帰りがいつもより遅いから、茶化してくる同級生はいない。


 少し強く蹴ったせいで、相棒はいつもより遠くに転がってしまった。ピンクの靴のかかとに、僕の相棒はこつんとぶつかる。僕は急いで取りに行こうとしたけど、ぶつけられた靴の持ち主が先に拾った。


 赤いランドセルを背負った、髪を二つ縛りにした女の子。キャラもののTシャツを着ていて、外国人みたいに目がくりっとしていた。おもちゃを見つけた幼稚園生みたいな顔をして、僕を見る。同じくらいの歳に見えたけど、僕は学校でその子を見たことがなかった。


「これ、あなたの?」


 女の子は僕に質問する。女の子と会話をするのがなんか恥ずかしいから、僕は頷くだけにする。手を差し伸べて、それをもらおうとした。女の子は手を後ろに回して返してくれない。


「お返事は?」


「……僕のだよ」


「ふーん。そうなんだー」


 女の子は上目づかいで僕の方を見ながら、両手で僕の相棒を包む。


「大事なものなの?」


「そうだよ」


「でも、大事なものならどうして蹴って歩いてたりしたの?」


「そんなのいいじゃないか。僕の勝手だよ」


「ママが言ってた。大事なものはちゃんとポケットにしまわなきゃダメだって」


 そうして女の子は、自分のポケットに丸い石を突っ込んだ。そうして、あっかんべーして走っていく。

 相棒が、連れ去られた。


「おい、待てよ!」


「待ったないよーだ!」


 線路を渡り、緑道を抜ける。女の子の足が意外と速いせいで、のろまな僕は必死である。マラソン大会も運動会の徒競走も、いつもみんなの背中ばかり見て走ってた。けど、今日だけは負けられない。


 女の子の方は交差点を白い線だけ踏んでスキップしたり、僕だけ渡れなかった赤信号をわざわざ待っててくれたりした。どうやら僕から逃げることなんて簡単だと言いたいようだ。狭い道だろうが、人の多い駅前の商店街だろうが、女の子は関係なく駆けまわる。僕はへたっぴだから何度も大人の人にぶつかった。せめて怖い人にぶつからないように、と祈りながら頑張った。


 ようやく追いついたとき、女の子は公園のブランコに座っていた。キャラもののTシャツは汗で色が変わっていたし、息も荒かった。僕も膝に手をつきそうな勢いだったけど、頑張って彼女の前まで歩いた。


「……返せよ、僕の石」


 ポケットに手を突っ込もうとすると、女の子は「やぁよエッチ」と言って僕の手を弾いた。僕の顔が熱くなる。「そういうつもりじゃないよ!」と思わず大きな声が出る。


「わかったわかった。はい、じゃあコレ」


女の子はポケットから相棒を取り出して、僕の手に重ねるようにして渡した。女の子の手が触れて、僕は手をひゅっと引っ込めてしまった。相棒が、地面に落ちる。


「大事なものじゃなかったの?」


「うるさい!」


 僕はすぐに石を拾った。それから歩いて帰ろうとしたけど、くたくたすぎて動けなかった。僕は仕方なく、隣のブランコに腰掛ける。


「ねえ」


「……なんだよ」


「君、なんでそんなにその石を大切にするの?」


 心底不思議そうな顔をした。たしかに、何も知らないやつからしたらこの石はただの石にしか見えないだろう。

 僕はゆっくり説明を始める。


「……これは、シンちゃんの石なんだ」


「シンちゃん」


「立花慎之介。五年一組の」


 僕がそう言うと、女の子は目を丸くした。


「え! あたし五年一組だけど、そんな子知らないよ」


 そのセリフで、僕はようやく気付いた。

 ああ、コイツが隣のクラスの転校生か、と。


「シンちゃんは、夏休みの前に転校しちゃったんだ。それで、代わりに入ってきたのがお前」


 僕はそう言って、女の子を睨みつけた。悪くないのは分かってる。だけど、なんだか僕には、こいつが来たせいでシンちゃんがどこかへ行ってしまったような気がして、憎らしかった。


「仲が良かったの?」


「……僕の『親友』だったんだ」


「男子って、すぐに『親友』とか言うよね」


「うるさい!」


 僕にとってのシンちゃんは、そんな薄っぺらい親友とは違った。

 登校班も一緒で、帰りもお互いのクラスの帰りの会が終わるまで待っていて、放課後も毎日遊んでいた。離れるなんて考えられなかった。

 引っ越した日は誰もいなくなったシンちゃんの家の前で、僕はこれからどうすればいいんだと泣いた。それぐらい、シンちゃんは僕にとって大切な存在だった。


 僕が黙っていると、ブランコを揺らしながら女の子は独り言を言う。


「親友かー……あたしもそんな友達、作ってみたかったなー」


 女の子はそう言いながら、ぎーこぎーことブランコを漕いだ。

 ぶらーりぶらりと揺られながら、寂しそうな目をする。


 僕は、こいつが何を考えているのか分からなかった。


「……お前、友達は?」


 質問の答えはしばらく返ってこなかった

 ブランコの揺れが徐々に弱まり、ピンク色のかかとがズズズと地面を擦る。そうしてブランコを止めて俯きながら、女の子は口を開いた。


「……引っ越してきたばっかだよ? いるわけないじゃん」


 僕は、嫌なことを聞いてしまった気がした。


 日が暮れ始め、沈黙がしばらく続き、服の汗が乾いてきた頃に、女の子はまた話し出す。


「君はさ、その『シンちゃん』って子をまだ親友だと思ってる?」


 何を聞くんだ、と僕は思った。そんなの答えは決まってる。


「そりゃ、思ってるさ。引っ越しするときも言ったんだ『シンちゃんのことを、一生忘れないよ』って」


 僕がそう答えると、女の子は「フフッ」と笑う。何がおかしいんだ、とつっかかると女の子は「子供だね」と返す。


「お前だって、子供だろ」


「そういうことじゃないよ」


「じゃあどういうことだよ」


 僕は聞き直す。

 すると女の子は、僕より少しだけ年上になったみたいな顔をして、こう言った。


「ママが言ってた。あたしたちはそういう約束をね、一生でなんどもすることになるんだって」


 それは何かに言い聞かせるようだった。

 街路灯がポツリポツリとつき始め、公園が少しだけ明るくなる。

 だけどここには僕たちしかいなくて、光はブランコに座る女の子だけを照らしているように見えた。


「一生の友達、最高のクラス、この人たちのおかげで頑張れたとか、この仲間が最高だって、あたしたちはこの先何度も言うんだよ。だけどそうやって何度も言ううちにね、あなたのなかでその『シンちゃん』を大切にする気持ちはだんだんと遠いものになっていくの。もしかしたら、忘れちゃうんだって」


 言いたいことはたくさんあったはずなのに、言葉は不思議と喉の奥に引っ込んでしまった。 

 隣の女の子の発言は、僕よりずっと深く考えられた言葉にしか思えなくて、僕は何も言い返せなかった。


「……僕はそれでもこの気持ちを、忘れたくないよ」


やっとの思いで絞り出た言葉は、言い返しなんかじゃなくて、ただ僕の願いごとを言ったに過ぎない。


 だけど女の子は、僕に間違ってるとは言わなかった。


「そっか……そうだよね」


 うなずきながら、小さな声で言う。

 それは肯定でも否定でもない相づちだった。


「……あたしは、あと何回の離れ離れで、この気持ちを忘れちゃうんだろうなって、いつも思う」


 それはどういう意味だったんだろうか。

 僕には、理解したくない言葉だった。


 手のひらの中の小石を、僕は見つめる。

 蹴られすぎて小さくなったその姿を観て、あと何回蹴っても大丈夫だろうかなんて、僕は少し先のことを考えていた。

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