正論
特に、なんも相談なしで、目的地に着いてしまった。
仲が悪い人たちもいるし、作戦なしで本当に大丈夫なのかなあって呟くと、皆は思い思いに言った。
「おいおい、僕たちを誰だと思ってんの。大丈夫だって、僕を信じなさいっ」
って、お気楽に言う人。
「何とかなるだろう、おい、ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てろ」
って、周りに一言ずつ忠告しながら無表情で言う人。
「考えたって、何ごともその通りにはいかないんだよ、そんなバカなことに頭を使うなよ、バーカ」
って、嫌味を含めた嫌~な言い方をする人。
「…………」
な人。
あと、
「瑠衣ちゃんは、まだ子どもだから、車で待っててくれていいのよ。私もお留守番なのよ。探知能力って、実戦ではとんと役に立たなくてえ。善ったら、ヒドいのよ、竹澤さんがここに居ることだけ確認できたら、もう用済みだなんて、ねえ。だから、一緒にお留守番しましょ。その方が良いわよねえ、善」
って、何かムカつく人。
「ああ、そうだな。お前は待機してろ」
の、さらにムカつく人‼︎
何これ、本当に頭にくるわ。
私はこんなおばはんに負けてたまるかの意気込みで(決して口に出しては言わないが)、車を降りて上着をはおった。
「行くに決まってんでしょ。竹澤先生を……助けに行くんだから」
敷地内に入る時に、絶対に足止めを食らわされるなんて思い込んでいたから、あっけなく門を通して貰って、少し驚いた。
こんな風に駐車場に車を行儀良く停められるとは。
おいで、と手招きされているようで、それだけで不気味なものを感じる。
「まあ、いい。俺から離れるなよ」
言われて、ぞんざいに返す。
「嫌」
「おい、仲違いしてる場合じゃねえんだ。言うこと聞けって」
「でも、」
私が言おうとしたことを、怒鳴りつけて切る。
「うるさいっ‼︎ 終わるまでは俺の言う通りにしろっ‼︎」
「先生っ」
さらなる反抗の色を見せると、先生は乱暴に言葉を投げつけた。
「竹が戻ったら、二人でどこへでも行きゃ良いだろ‼︎ それまでの辛抱だっつってんの、良いから俺の側を離れるな‼︎」
皆が無言のまま、上着をはおったり、髪を縛ったりしている。
重い空気の中、ライズが声を掛けた。
「行くぞ」
私は頭ごなしに無理矢理押さえつけられたことではなく、その投げつけられた言葉に傷ついていた。
二人でどこへでも行けばいい、その言葉が私を深く深くえぐる。
もうそれだけで泣きそうな気持ちになる。
やっぱり、先生は私のことを何とも思ってないんだ。
けれど、今はそれどころじゃない。
私は、唇を噛んでから、善光先生の後をつかず離れずで、ついていった。
崎さんが先生に寄ってきて、囁くように話し掛ける。
「お前、あれはないだろ。墓穴掘ってどうすんの、本当バカだな」
「うるせえっ」
けれど、私の耳にはもう入って来なかった。
完全に耳を塞いでしまっていた。
もう先生の言葉は聞きたくない。
泣かないようにと睨んだ視線は、先生の背中にあった。
✳︎✳︎✳︎
玄関から中に入る。
駐車場の警備員から連絡があったのであろう、また私たちが来るであろうことを予測してのこの準備だったに違いない。
そんな重厚な出迎えを受けて、私はすくみ上がる気持ちになっていた。
前回とは違う、この対応。
ざっと数えて、自衛官の五十人ほどに一定の距離を置いて取り囲まれ、私たちは玄関を背にしていた。
そんな態勢だからまだ、逃げる余裕はありそうかもと思い、ちらと皆んなを見る。
けれどこちら側は皆、逃げる気はなさそうな雰囲気だ。
何だか、ヤル気に満ちたような、崎さんやウェイリンの生き生きとした表情。
「何だ、善光。わざわざ連れてきてくれたのか。ならば、渡してもらおう」
自衛官数人がぞろぞろと開けた道を通って、二人の男がやってくる。
各務と、その隣には竹澤先生。
「先生っ、竹澤先生‼︎」
「竹澤、お前には本当にイライラさせられた。俺が始めから手をつけておけば良かったな」
各務が言った。
横に立つ、竹澤先生に向けてだ。
「先生、迎えに来たんだ。一緒に帰ろうよ、お願いだから」
懇願する。
「いい歳をした、大の男二人が。こんな小娘に夢中だとはな、目も当てられん」
「うるさい、瑠衣は特別な子だ。お前には関係ない」
珍しく怒りを抑えたような竹澤先生の様子に日和る。
「いや、俺にもおおいに関係あるんだよ。笑える話だが、俺もこの子が必要だからな」
各務が微笑む。
憎たらしいような、けれど何を考えているか分からない不気味な表情で。
竹澤先生は、無言でこちらを見ている。
私はどう声を掛けていいのか、迷っていた。
けれど、何度考えても、ぐるぐると考え巡らせても、この一言に尽きるんだ。
「帰ろうよ、一緒に帰ってよ。先生、帰ろう」
先生は顔を歪ませてはいるものの、身じろぎ一つせず、その場に立ち尽くしていた。
届かないのだろうか、私の言葉は。
私の想いは。
「竹、戻れよ。戻ってお前は……瑠衣と一緒になるんだ。丸井のじいさんも賛成してる。俺たちも、俺も賛成だ」
竹澤先生の目が、見開かれる。
「な、何言ってるんだ、善、お前……」
「何だ、その話は。結婚か、良いシナリオだ。それは良かったなあ、竹澤」
各務がニヤッと笑う。
私はここにコップに入った水があったなら、それをこの高慢な顔にぶっ掛けてやりたいと思う。
「ならば、お前は竹のものだな。さあ、こちらへ来るんだ」
私に向かって手を伸ばす。
私はそれを無視し、すいっと前へ出た。
「先生っ」
両手を伸ばし、先生へと駆け寄る。
その両腕を、先生の腕に回して抱きついた瞬間。
身体のあちこちが、拘束された。
よく見ると、ぐるぐるとロープのようなもので巻かれている。
その紐は、色とりどりの細い紐で織り上げられた美しいものだった。
これは組紐?
思った瞬間、その紐にぐいっと引っ張られ、引き戻される。
けれど、足がもつれて、倒れそうになった。
一緒になって紐に巻かれている先生が、私の身体に腕をぐっと回して、その身体を回転させた。
私は倒れたけれど、床への衝撃はない。
代わりに先生が、どんっと背中を打ちつけた。
私は、竹澤先生の上に乗っかっている。
けれどすぐにも、組紐によって、そのままズルズルと引き摺られた。
引き摺られる先に、メイファがいる。
彼女の手首から、組紐が伸びていて、これがメイファの力と知れる。
このまま、竹澤先生ごと、こちらに引っ張り込むつもりだったようだ。
引き摺られる痛み。
しかし、すぐに身体が熱くなって、その痛みがどこかへと飛ぶ。
この感触。
覚えている。
先生が力を使う、直前に感じる熱。
そのまま引き摺られながらも、身体がどんどん燃え上がる感触に身悶える。
「先生、熱いっ」
「大丈夫だろ、お前なら」
先生が呟いた。
同時に組紐があっという間に燃やされて、灰と化した。
そして、身体も解放される。
上に乗っかっていた私をぐいっと抱き締めると、そのまま立ち上がって、先生は私の腰を抱え込んだ。
「竹っ、お前そこにいる、って言うか自衛隊なんかに協力する意味なんてあんのかよ。教えてくれ、どうして今まで通りじゃダメなんだ。俺たちは俺たちだけで、今までもやってきたじゃねえか」
善光先生が、前のめりの姿勢で言う。
私の腰に回された、竹澤先生の腕に、力が入った気がした。
「ダメなんだよ、そんなのは。このままじゃ、俺たちは丸井のじいさんお抱えの、ただの戦闘集団だ。日本は弱い、まるで戦い慣れていない。そうだろウェイリン、そうだよなライズ。外国の能力者の集団とやりあうことになってみろ、他国と戦争にでもなってみろ、今のままじゃ絶対的に日本に勝ち目はないんだよ。だからこそ、自衛隊自体を強くしなきゃならない。そしてこの国を守るのに、自衛隊という大義名分が必要なんだ。それがなかったら、俺らそこら辺のテロ集団と変わらないんだぞ」
「たまにはいいことを言うな、竹澤。その通りだ、間違っていない。なぜなら、それが正義だからだ。分ったなら俺たちに少しは協力してみろ」
各務がぞんざいな態度で物を言う。
私はそれだけでもう、この人を好きにはなれなかった。
善光先生もそうらしい。
「何が正義だよ、やるかどうかも分かんねえケンカ想定して、先に握り拳を用意してどうすんだよ‼︎」
「その握り拳をいまだ用意できてないのが、先進国の中で日本だけだと言ってるんだ」
各務がともすれば正論を振りかざす。
この人が言うのは、間違っていないだろう。
だから賛成する人もいるだろうし、支持する人もいるだろう。
けれど、先生は……。
そして、私は……。
前を向いて、私は言った。
「でも先生、その握った拳を使わない道もある。たとえ叩かれても、殴られても、その固い意志で、ずっと握り続けることもできるよ」
すると各務が嘲るように言った。
「バカか、この小娘は。やられっぱなしで黙ってろって言うのか。攻め込まれたら、どれだけ蹂躙されて踏みにじられるのか、分かってて言ってるんだろうな。植民地の行く末がどれだけ悲惨なものか、目には目を、歯には歯を、だ。この小娘はまるで分かってない。竹澤、お前、学校で何を教えている」
嘲笑は、竹澤先生にも。
私は頭に来て、先生の腕を解くと、腹の底から吐き出すようにして言った。
「バカって言う方がバカなんだよ‼︎ 先生たちにはよくバカって言われるけど、あんたに言われるのが一番頭にくるっ‼︎」
各務は平然としている。
もっとムカついた、もっと言ってやる‼︎
「殴り合ったら両方ケガすんだよ、周りの人もケガさせるんだよ。そのケガになんの意味があるっていうの? だからケンカしないように、その為に口があるんでしょ。言葉があるんでしょ。ギリギリまで殴らなくても良いように、こっちも我慢して、そんであっちも我慢するんだよ。殴り合いになる前に、たくさんやることあるでしょうが。それはこんな風に殴る準備することじゃない、絶対に違う‼︎」
はあはあと息が上がる。
「あっはは、やっぱ瑠衣は瑠衣だね。単純だあ」
聞き覚えのある声、周りを見回す。
自衛官の中から聞こえたような。
そして、私は顔をくしゃりとさせた。
まさか。
各務の横に出たのは、私と一緒の高校の制服。
どうして、そこにいるの?
どうして、各務なんかの隣にいるの、エミりん。
「瑠衣、私も能力者なの。各務さんに雇われてるの。だから、」
ごめん。
小さく。
聞こえてきた。