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Itan 2  作者: 三千
2/10

心の拠りどころ


「お前の中、すごいな」


先生の言葉がこだまする。


あれはいつだったのかな、私の中に初めて先生が入ってきた日。

私が、誰にも操られることのないようにと、訓練を始めた日。


先生は私をどうしたいんだろう。


能力者との共存を望んでいるのだろうか。


それとも、先生自身が私の能力を支配したいと思っているのだろうか。


異端者の、私を。


それとも。

独りで生きていけるようにと、私を自立させようとしているのだろうか。


考えてみると、それらの可能性の全てを否定したくなる。


どれも私じゃないような気がして。

私らしく生きていないような気がして。


「泣くな、よ」


先生の声。


その声で、私は覚醒し、目をあける。


そのまま顔を横に向けると、竹澤先生の苦々しい顔。


私が横になっているベッドの枕元に両腕を重ねて、その上に顔を乗せている。


顔が近くて。

キスできる距離。


けれど、気恥ずかしさはなく、私はそのまま先生を見つめていた。


睫毛が濡れて少し重いような気がして、まぶたを半分だけ閉じる。


薄ら目になっているだろうけど、その目でしっかりと先生を見て留めていた。


「ごめんな、辛かったな。結構な負担だったと思うけど、段々慣れてくるから。そしたら、負担も感じなくなるはずだから、」


先生の言葉を遮って、


「帰りたい」


先生はさらに苦く笑って、言った。


「帰れないんだ、すまない」


「善光先生が、迎えに来てくれる」


自分でも思いがけない言葉が口をついて出た。


「そうだな、善は、来るだろうな」


いや、悪い、本当のことを言うよ。


すぐに口から出た先生のその言葉で、動かせない身体全体にぞわりと冷たいものが這い上がってきた。


「善は今、ここで拘束されている。お前を迎えに来た時、あいつ暴れまくって。皆で押さえつけてようやく、」


「先生が、」


私は、横たえていた身体を少しだけ起こすと、ベッドに乗せていた先生の両の腕にそっと触れた。


「先生、お願い。善光先生のとこに連れてって。助けて、先生を助けて」


涙がどんどん溢れてくる。


けれど、それに構っている余裕はなかった。


顔をぐしゃぐしゃにして、私は懇願こんがんした。


「お願い、ここから出して。そんで皆んなで一緒に帰ろうよ。お願いだから、」


けれど、先生の表情は固く閉ざされたまま、いつもの柔和な表情に戻ることはなかった。


その薄い唇は噛みしめられていた。


嘘、先生、その顔は何?

どうして、そんな恐い顔をするの?


「それはできない。お前と俺は今、自衛隊に協力している。自衛隊だぞ、国に協力しているようなもんなんだぞ。俺を信じてくれ、悪いようにはしないから。分かったな、瑠衣」


「先生、自衛隊に協力なんてして何をするの? 何をさせられるの?」


先生はそれには答えずに口をむっと結んで立ち上がると、スタスタと歩いていった。

扉の横にある小さなパネルのようなものにパスを持つ手をかざす。


「待って、待って‼︎ 行かないで‼︎」


私はベッドから飛び降り、追い掛けようとする。


けれど、実験の後遺症なのか足がうまく動かずにもつれ、そのまま床へと倒れ込んでしまった。


けれど、先生は構わずに外に出ていってしまった。


「先生っ‼︎ せんせえ‼︎」


這い上がって、ようやくドアの前に来ると先生がやったようにして、パネルに手をかざす。


けれど、ドアは開かなかった。

パネルをバシバシと叩く。


「先生‼︎」


ドアの隙間に指をねじ込む。

けれど、すぐに滑って意味をなさない。


何度かガリガリとやってみるけど、ドアはビクともしなかった。

何もかもが無駄だった。


私はベッドへのろのろと戻ると、シーツのように薄い真っ白な布団へと潜り込んだ。

膝を抱えるようにして丸くなる。


そして、自分に何度も言い聞かせた。


考えろ、と。


良い方向へ向かうように。

先生たちと一緒に帰れるように。


何もかもが上手くいくように、何か方法はないだろうか。


今までは先生たちに任せっぱなしだった。

頼りっぱなしだった。


私のせいで、善光先生は捕まってしまった。


考えろ、最善の方法を。

考えろ、私。


涙は止めどなく流れ落ちていく。


けれど構わず、私はぐるぐると回る頭を考え巡らせていった。


✳︎✳︎✳︎


その日。


私は突然、気がついた。


このところ、私は実験の合間を縫って、身体が重くて動かない時でも、目を瞑りながらずっと考えていた。


考えていたら、何かがおかしいと、矛盾点に気がつく。


いつもなら、竹澤先生や善光先生が入ってきた後には、はっきりとした目覚めが用意されていた。


身体は必要以上に動き過ぎるくらい動かせるし、その身は軽くしなやかになる。


意識はそんな動き過ぎるくらいの身体よりも、もっと早くに覚醒できていたし、私の脳の中の細胞全てが、身体に繋がるその意思を疎通させているようでもあった。


それなのに、最近は何だろう。


身体中が鉛のように重く重く、動かない。


目覚めた時には意識も朦朧もうろうとし、再度泥に沈められたかのように意識を手離した。


そう、身体をろくに動かすことも出来ずに、二度三度と、深く深く眠り込んでしまうのだ。


どうしてだろう、今までと何が違ってた?


私は、竹澤先生が入って来て、焔を使った時のことを思い出そうとした。


途端に身体が熱くなり、酷い吐き気に襲われる。


けれど、思い出さなければ。


善光先生と竹澤先生を助ける何かに繋がるかもしれない。


大切な大切な、二人の先生を。


✳︎✳︎✳︎


「これ、着替え。俺が出てったら、着替えて大丈夫だから」


私がベッドの真ん中に座って、ぼけっとしているのを見て、竹澤先生が遠慮がちに言った。


差し出された着替えを見る。


真っ白なワンピースと下着。

映画でよく見る被験者候の服。


私は泣いて腫れているであろう目で、先生を見て言った。


「こんなの、嫌」


先生がベッドに腰掛ける。


「ずいぶん、着替えてないから気持ち悪いだろ。これに着替えろ、さっぱりするから」


私は服の下に隠してあった下着を取り出して、


「これ、先生の趣味?」


先生は目を逸らして、少し照れたような素振りをする。


「ばか、お前、」


「もっと可愛いのが良かった」


「じゃあ、今度買ってやるから」


今度って、いつのことだろう。

ここから出られる日が本当に来るのだろうか。


「ブラ、しなきゃダメ?」


慌てたように、先生が言う。


「ダメだろ、しなきゃ」


「だって、これすっごく大きいよ。こんなに胸ないもん」


「わ、分かった‼︎ 分かったから、それ早くおろせ‼︎」


先生が座ったまま、頭を両手で抱える。

耳まで真っ赤。


私はふっと吹き出した。


いつもの、先生とのやり取り。


けれど、何でこんなに切ないのだろう。


胸を締め上げられるような、痛み。


「女性の自衛官に用意して貰ったんだ。次はサ、サイズを小さくして貰うよ」


頭を抱えていた手を離すと、先生が振り返って私を見る。


「善が、」


その名前を聞くだけで、涙が出そうになる。


我慢しようと唇をぐっと結ぶと、私は俯いた。


「お前を……いつも泣かせてばかりだって言うんだ。お前、子供の頃、初めて俺らに会った時にも、善を見て泣いたんだってな。覚えてないかな」


「覚えてるよ……って言うか、思い出したんだ。先生も丸井のおじいさんと一緒だった。丸井のおじいさんにこの前、って言うか拉致られた時、初めて会ったのになんか懐かしい感じがするって思ったんだけど、前に会ってたからだったんだね」


「そうだな、それでなあ、お前を泣かせちまったって善が落ち込んじまって。あの後なだめるの、すげえ大変だった」


先生が遠くを見つめるような目をして、微笑む。


思い出しているのだろうか、私たちが初めて出逢った遠い遠い日の記憶。


「昨日な、善に会った」


私がはっとして顔を上げると、


「俺が側に居ても泣かせるだけだから、お前が一緒に居てやってくれって、言うんだよ、あいつ」


「え、」


嘘。


善光先生は私の側に居るって、側に居たいって言った。

言ってくれたのに。


「だけど、瑠衣を大切にしてくれ、大事にしてくれって、何度も頭を下げるんだ。俺の宝なんだ、お願いだから大切にしてくれって、ね。あいつ、本当にすげえ。何より、どんなことより……一番なんだよ、」


涙が。


「お前のことが」


先生が俯く。


だから表情は分からない。


「あいつ、お前が俺を好きだと思ってる」


うん、竹澤先生を好きだった。

先生と笑い合ったり、頭に手を乗せて貰ったり、大好きだった。


「俺らが両想いだと思ってるんだよ。バカだろ、あいつ」


うん、本当にバカだね。

先生は、お母さんを愛しているのに。


私でなく、お母さんを。


「だから、お前の前だとあんな風にぞんざいな態度に出ちまうんだよ。俺らの中には割り込めないって思い込んでて、そんで捨て鉢になっちまうんだ」


乱暴者だって、思った。

こんな人、好きになることなんて、絶対にないって思った。


そう思ってたのに。


けれど今、私は善光先生がこんなにも好きなんだ。


先生が笑って言う。


「お前は、善のことが好きなのにな」


その言葉があまりにも決定的すぎて、私は涙を零した。


しゃくり上げる私を片腕でそっと抱き締めると、先生は耳元で囁いた。


「なあ、あいつは心からお前を想ってる。十三年だぞ、信じられるか。それにこれからだって……たとえ、お前に想われなかったとしても、あいつはお前を想い続けるんだ」


そして私を離すと、立ち上がって後ろを向く。


「でもな、俺には無理だ、想うだけなんて。静さんが亡くなった時、結局は能力を使わずに、あっさり死んでしまった静さんを看取った時、俺は決めたんだ。お前を同じ目に合わせない、と。お前が自分の力を使って、自分の人生を有意義に選ぶことができるようにしたいんだ。お前のためなんだよ、信じてくれ」


先生は、私の顔を見なかった。


「善を説得してくれないか、お前の言うことなら、きく耳も持つだろう」


私は、頭を横に振った。


けれど、先生は私を見ることもなく、部屋を出ていった。


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