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Itan 2  作者: 三千
1/10

想い

竹澤たけざわ先生が、好きだった。


心から信頼していた。


お母さんを愛してても、私の中にお母さんを重ねていても、それでも良いって思ってた。


けれど、いつからか善光ぜんこう先生を好きになっていた。


いつの間にか、善光先生を心から頼るようになっていた。


心が先生を欲するようになっていた。


誰にも渡したくないと思うようになっていた。


そんな心の、気持ちの変化を、私は素直に受け入れ、認めていた。


それが、喜びでもあった。

そう、善光先生を好きだと思う気持ちは、私に喜びをもたらしていた。


けれど、こんなことって。

どうして、こんなことに。


善光先生を好きになっても、竹澤先生への信頼は揺らがなかった。

揺らぎようがなかった。


だから、私は信じられないという、何かの間違いだろうという目で、今。


竹澤先生を見つめている。


先生は、哀しい目をしていた。

泣きそうな、今にも泣き出しそうな。


先生、私は大丈夫だから。

泣かないでね。


そして私は目を閉じた。

名前を呼ばれた気がした。頬をそっと撫でられた、そんな気がした。


瑠衣るい、瑠衣っ‼︎」


名前を呼ばれて、はっと目が醒める。


覚醒。


目の前が朱色に染まっている。


けれど、それは青白い色となり、けれど次にはオレンジ色となった。


焔だ、そう思った瞬間、頭が冴えた。


先生が、竹澤先生が私の中に入っている。


今度はパニックにならず、私は起き上がった。


「瑠衣、起きるな。勝手に身体を動かすなっ‼︎」


先生の声が届く。


私はまだ、身体は動かせないはずであったのに。


なぜか、自分の意思でいうことをきく身体をのろのろと動かし、立ち上がる。


ドームのどこを見ても視界がオレンジ色に染まっている。

それで知る。


私は今、焔なのだ。


手を上げる。


私の身体を、焔が這い上がってくるような感覚。


身体が言うことをきくばかりでなく、その焔さえも私の意思に従っている。


私は上げた手を、なぎ払うように振り下ろした。


すると、焔がぶわりと轟音を響かせながら、一つの塊となって飛んでいった。


全てが白で、壁と床でさえ判別がつきにくいこの真っ白なドームの、その壁にぶつかり遮られたのであろう、水風船が割れる時と同じように、焔の飛沫は四方へと飛び散っていった。


黒く焦げたようなすすが、その軌跡を辿たどって走る。

そして、その煤の匂い。


鼻腔で感じているというよりは、脳の細胞がその匂いを感じ取っている。


細胞が。

率先して。


一つ一つの動作が、まるでスローモーションに見える。


私は、焔を手に入れた。

ついに、手に入れたんだ。


そう考えがぽっと浮かんだ時、私を叱責する声で、我に返った。


「瑠衣、止めろっ‼︎ 動くんじゃない‼︎ 俺の声を聞くんだ、俺の言う通りにしろ‼︎」


けれど、私は引き続き、腕を振り上げた。


それは、自分の意思に反した惰性の動作だった。


「瑠衣、聞いてくれ、もう動かなくていい」


再度、その腕をなぎ払おうとした時、


「瑠衣っ‼︎ お前、言うこと聞かねえなら、もう一度キスすんぞっ‼︎」


私はそれで完全に正気を取り戻し、振り上げた腕をゆっくりと下ろした。


意識を先生に任す。

ふわふわと揺れる空間。


先生に抱き締められている感覚。

そして、眠った。


✳︎✳︎✳︎


目を醒ますといつものしゃっきり感はなかった。


全身がだるく重い。


頭を少し動かすだけで、ズキっと痛みが走る。

頭痛がある。


動くと痛いし、だるいのでそのまま仰向けのまま、当分そうしていた。


この白い天井、どこまでも白い天井。


こんな個室には入ったことはないけれど、見覚えのある施設の特徴。


白い、天井。


もう冬休みが終わり、新学期が始まってすぐの土曜日、ピンポンという玄関の呼び鈴で、私は竹澤先生に連れ出されていた。


車に乗せられ、知らないような知っているような道を延々と走り、以前来たことのある自衛隊の施設へと連れてこられた。


その間、竹澤先生は腹減ってないかとか、トイレは良いかとか、最低限のことしか訊いてこなかったし、私がどこへ行くのと訊いても返事はなかったので、私ももうそれ以上は、何も訊かなかった。


先生の表情。


これが苦渋の決断だったこと。


私が抱く先生への信頼に、揺るぎはなかった。

だから、私は大人しく先生の後ろをついていった。


天井を見つめる目から涙が流れる。


これは実験だ。


この部屋の扉は施錠してあり、そんなことが確認しなくても、分かるなんて。


けれど、こんなことをするのは先生じゃない、先生の意思じゃない。

そう思いたくて。


涙がどんどん溢れて流れていく。

一筋が耳を伝う。


涙を拭う手も、重く動かない。


私は流れて落ちる涙をそのままにさせておいて、悪い夢から醒めますようにと願って、目を閉じた。

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