5話
一度空から辺りを見渡したところ、西の方向にいくつかの街と、一際大きな王都らしき街が見つかりはしたが、結構な遠方にあるのが見えるだけだった。東から来たといっていたので逆戻りという事はないだろう。
とはいえ、馬車も無しに子供を連れて歩けば確実に日が暮れる、一直線に行けるわけでもないのでマスターが歩くのに合わせていたら道中で何泊かすることになる。何より馬車も無しでは王都にたどり着くまでに何日かかるか。
結果、空から目的地まで辿り着くのが一番危険が少ないだろうという結論に達した。悪魔界で調子に乗って飛び回っていた経験が生きるといいが。
「では、口をしっかり閉じていてくれ。舌を噛むとつらいぞ」
制限を受けたとはいえ、軽くなら治療できるのでおそらく死にはしないが。
「あ、あの、ファルさん、その」
「ん? どうした」
「あ、頭にですね、なにか当たってると言うか、全身当たってると言うか」
彼は今、顔だけを外に出しつつ、私が普段使っているマントに身体をくるまれている。
……私と一緒に。位置に関しては自然と身長差からそういう位置になるのだ、我慢して欲しい。
仕方ないだろう、敵対者が諦めたかどうかわからない状態で目につきやすい空に上がるんだ。狙撃のような手段が有るかもしれないのに、なんの対策も無しにお姫様抱っこで空に繰り出すほど私は間抜けじゃないぞ。
文字通り懐にいれば私も守りやすいし、このマントは私の生体外装……まぁ人間でいう所の爪みたいなもので生まれつき所持していて、並の攻撃なら弾くし冷気もある程度遮断してくれる優れものだ。武器と同じように物質化しているので着脱も一瞬。ただし、体から外して人に渡したりできないといった欠点がある。あくまで私用ということだな。
後、上空は結構寒いので人の身だと風邪を引くかもしれない。二重の意味で身を守れて一石二鳥じゃないか。
「あ、あの、恥ずかしいんですが」
「大丈夫だ、この辺りは人っ子一人いない。誰も見ていないぞ」
死体は大量にあるが、これのことを言っているわけでないだろう。
「それよりも、しっかりと捕まってくれないと万が一があるから困るぞ。こっちを向いて私の体に抱ききついてくれ」
頑なにこちらに体を向けてくれないので、こちらから近づく。
「そ、そうじゃなくて……あぁもう、なんでこんなに無防備に……あっ」
「ん?」
「……」
さっきまで抵抗が激しかったが、妙に大人しくなったぞ。
「……大きくなっちゃった」
マスターがポツリと呟く。
「ん? 何か言ったかな?マスター」
「な、なんでもないですっ!それより、やっぱり小脇に抱えてくれればいいです! ま、マスター命令です!」
「むむ、そこまで言われては仕方ないな。ただ、やはり、落ちる可能性があるのでせめてお姫様抱っこを……」
「絶対ダメーっ! そんな体勢だとばれちゃうーっ!」
顔から蒸気が出そうなほど赤くなっているが、マントの中はそんなに暑かったのだろうか。
……まぁ聞こえていたのだが、前も言ったが地獄耳なので。これ以上言及しないのが情けだろう。
私は欠片も気にしないのだが。まぁ、私だけならマントに穴を開けてまで翼を展開する必要もないだろう。再生に時間かかるし。そんなことを考えながら、翼を広げつつマントを収納した。マスターが勢い良く顔を背けた。
正確な時間は分からないが、だいたい一時間ほどのフライトで街が見える所まで辿り着いた。流石に直接街に乗り込む訳にはいかないからな。ひと目を遮る場所で地面に降りた。
あまり速度を出してもマスターに負担をかけてしまうので遅めに飛ぼうかと思ったが、かといって長時間飛んでいるのも体に悪いので普通に飛んだ。だが道中を空からショートカットしたことも含めてかなりの時間短縮になっただろう。馬車よりは確実に早いはずだ。
「くしゅんっ」
「む、くしゃみか。やっぱりマントで包んだほうが良かったんじゃないか? それとも、私の人肌では暖かさが足りなかったかな」
「い、いえ全然そんなことは……くしゅんっ」
顔を赤くしたり青くしたりと忙しないな。ちなみに流石に小脇に抱えるわけにも行かず、結局私が後ろからしっかりと抱きかかえる案で妥協した。
「とはいえ、体調が悪いなら無理をするのは禁物だぞ。街についたら、一日くらいゆっくりするのもありだ」
「そうですね、街についたら考えてみます。ただ、急がないと集合日時に間に合うか分からないのでまずは街に行きましょう」
むぅ、ままならないものだ。確かに本来馬車で移動する予定の旅程であり、マスターが目を覚ますまでの時間を足すとむしろ遅いくらいかもしれないな。結構な時間のロスになっている。
残念ながら私は怪我は治せても病気を治す魔術は使えないので、風邪を引いていないことを悪魔なりに祈るしか無い。
もうすぐ日没になる。早めに街につかないとな。
生体外装:主人公で言う所の誕生時着ていた服や明星といった生まれつき所持していたもの。
体の一部に含まれ、時間経過で再生するし、緊急時魔力などを消費して急速再生もできる。