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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.2 黄の魔女は、認めない。
9/309

◇4

「ううぅ……!」

 その爆発によりマルクだけでなくトゥーパも吹き飛ばされ、同じように床へと倒れ込む。トゥーパが床に背中を打ちつけると、その衝撃でか首筋にとまっていた魔蟲が、力なく床へと落ちた。

「あっ……」

 魔蟲が落ちた途端、トゥーパの全身から力が抜ける。

「魔蟲が取れたか。ん?」

 トゥーパから魔蟲が落ちたことを確認し、ホッとしたように肩を落としたルビィネルであったが、上方から聞こえてくる何か重たいものが揺らめくような、そんな鈍い音に気付き、ゆっくりと顔を上げる。顔を上げた途端、ルビィネルがまた表情を険しいものへと変える。天井から吊り下げられていた巨大なシャンデリアの照明が、大きく揺れ動き、天井と繋いでいる器具も壊れ、今にも落ちようとしていた。

「さっきの魔炎が当たったのか……!」

 ルビィネルが焦ったように声を漏らしている間に、照明はいよいよ天井との繋がりをなくし、速度をつけて下へと落ちていく。その照明の真下には、未だ、倒れた状態のままのトゥーパの姿があった。魔蟲から離れたトゥーパは感覚が戻ったからか、ひどくぐったりとした様子だ。魔炎を使うことも、その場から動くことも出来そうにない。

「マズい……!」

 落ちていく照明の下にトゥーパの姿を見つけ、ルビィネルが慌てて右手を突き出す。

「トゥーパ!」

「え?」

 右手を突き出したルビィネルの前方で、マルクが勢いよく立ち上がる。マルクのその姿が照明を撃とうとしていた、ルビィネルの魔炎の行く手を遮ってしまう。

「退け! マルっ……!」

 その場から動くよう指示を出そうとしたルビィネルが、マルクの右手に集まる赤々とした炎を見つけ、呼びかけようとした名を止める。

「右手を突き出せ、マルク!」

「え? あ……!」

 背中から聞こえてくるルビィネルの声に、一度は戸惑ったマルクであったが、自身の右手に集まる強い熱、右手を包む赤い炎に気付き、真剣な表情を作る。

「そして、叫べ!」

 ルビィネルの声に後押しされ、マルクがトゥーパへと落ちていく照明に、魔紋の刻まれた右手を向け大きく口を開く。

「“赤煉火せきれんか”!」

 マルクが大きく叫んだその瞬間、マルクの右手から赤々とした炎の塊が放たれた。

「ううぅ……!」

 すぐ上方で起きた衝突に、トゥーパが思わず目を伏せる。美しいまでの真っ赤な炎が、空中を駆け抜け、降下して来ていた照明に当たると、恐らくは鉄製であろう照明が、一瞬にして溶けてなくなった。何の破片も残らなかったため、トゥーパに危害が及ぶことはなく、炎が止むと、演習室は一気に静まり返った。その静けさに気付き、トゥーパがゆっくりと目を開く。

「大丈夫か!?」

 トゥーパが目を開くと、そこには心配するような表情を見せたマルクの姿があった。マルクは倒れているトゥーパのすぐ横にしゃがみ込み、トゥーパの顔を覗き込んでいる。先程トゥーパの魔炎により焼かれた左手が、痛々しい。平気な顔をしていられるような傷ではないというのに、それでもマルクはトゥーパの心配をしている。

「……っ」

 そんなマルクの様子を見て、トゥーパがどこか力ない表情となる。

「ご、めん……なさい……」

「へ?」

 弱々しい声が、かすかにマルクの耳に届く。だがマルクの戸惑いの表情を見ることもなく、トゥーパは深々と目を閉じてしまった。

「あ、おい!」

「すぐに医務室に運ぶんだ」

 焦るマルクの背に、冷静な声が届く。マルクが振り返ると、マルクの後ろにルビィネルが立っていた。

「今すぐ栄養剤を打ってもらえば、十分に助かる」

「わ、わかった!」

 ルビィネルの言葉に素直に頷くと、マルクが両手でトゥーパの体を横抱きにし、必死の足取りで演習室の出口へと駆けていく。

「ついでに、そなたの火傷も診てもらえよ」

「おう! って、お前は?」

「私も後から、すぐに行く」

「わかった!」

 素直な返事を響かせて、マルクが演習室を後にする。演習室にルビィネルだけが残ると、より一層静けさが増した。照明を一つ失い、少し薄暗くなった部屋で、ルビィネルが床に落ちた魔蟲を見つめ、目つきを鋭くする。

「“赤煉火”」

 ルビィネルが魔蟲へと人差し指を伸ばすと、その指先から赤い炎が放たれ、魔蟲に直撃すると、その小さな体を一瞬にして灰にした。魔蟲を燃やしたルビィネルが、どこか冷たい表情を見せる。

「フレイヤでも滅多に出ない魔蟲が、たまたま魔院に現れ、たまたま私たちを快く思っていない魔女に取りついた、か……」

 静かに言葉を落とし、ルビィネルが目を伏せる。

「随分な偶然だな」



「うぅーん」

 魔院の領土内にある、マルクたちが居た演習室がよく見える木に登り、細い枝の上に器用に立って双眼鏡を覗いている、魔士の格好をした青年。茶色のサラサラとした髪が風に流れ、下ろされた双眼鏡の下から金色の瞳が現れる。その青年は、昼間にトゥーパと接触していた、あの魔士の青年であった。

「やっぱり気位の高い魔女くらいじゃあ、使いものにもならないかぁ」

 青年が、がっかりした様子で肩を落とす。

「さぁて、じゃあ次は何して遊ぼうか?」

 そっと微笑んだ青年が演習室の方を見つめ、口元を緩める。

「ルビィネル」

 自然と呼ばれたその名が、夜の風に吹き抜けた。




 翌日、第五演習室。

「“放出の練習してたら照明が落ちて来て、ぶっ壊れちゃいました”だとぉ……?」

 常態でも目つきの悪いブラッドスの目つきが、さらに鋭く険しくなっていく。

「クソ真面目に練習なんか、してんじゃねぇよ!」

「あんたが放出使えないと、授業に出さないとか言ったんだろうが!」

 激しく睨み合い、どこか幼稚な怒鳴り合いを始めるマルクとブラッドス。トゥーパとの交戦により、第五演習室は照明一個を失い、他にも壁が黒焦げになったり、演習用の道具が燃え尽きていたりと、それなりの被害が出てしまった。だがトゥーパや魔蟲のことが、魔院側に知れればトゥーパが責任を取らされる可能性もあったため、ルビィネルの提案により、すべてはマルクの放出の練習によるものということにしたのである。

「バっ、俺を引き合いに出すんじゃねぇよ! 給料減俸されたら、どうすんだ!」

「されれば? 自分の発言にくらい、責任持てよ。講師さまっ」

「んだとぉ!?」

 挑発的なマルクの発言に、ブラッドスの表情が勢いよく歪む。

「つか、こんだけ派手に教室壊しといて、放出、出来るようになってねぇじゃねぇかよ!」

「昨日の夜は出来たんだよ!」

「夢だろ、それ!」

「夢じゃない!」

 二人の終わりそうもない言い合いを、ルビィネルは少し離れた場所から、まるで他人事のように眺めていた。

「はぁ~、今日も相変わらずだねぇ」

「本当、進歩のない人たちね」

 そんなルビィネルの元へ、先日と同じようにポンドとアメジェスがやって来る。

「すんごいのパートナーにしちゃったなぁって、そろそろ後悔して来た?」

 ポンドがまるで楽しむように、軽い口調でルビィネルへと問いかける。マルクを見つめたルビィネルは、そっと口元を緩めた。

「いいや」

「へ?」

 涼やかなルビィネルの声に、ポンドが首を傾げる。

「進んでるよ、少しずつだけどな」

 マルクを見つめるルビィネルの、浮かべたその笑みは、とても晴れやかなものであった。

「どうせ俺なんか、一生、物覚え良くなったりしないんだよぉ!」

「お、ネガティブスイッチ」

 頭を抱え嘆き始めたマルクを見て、ポンドがまた楽しそうに笑う。

「あー、面倒臭せぇ! パートナー! こいつをとっとと、何とかしろ!」

「ハイハイ」

 ブラッドスの怒鳴り声にルビィネルは疲れたように返事しながら、ゆっくりと立ち上がった。



 結局は放出を使いこなすようにはなれず、また、いつもと変わらぬ日々を送り始めたマルクに、変わったことが一つだけあった。

「はぁーい、マルク! お弁当、作って来たわよ!」

「ど、どうも……」

 満面の笑みのトゥーパに、桃色の可愛らしい包みに入った弁当箱を渡され、思いきり困惑の表情を見せるマルク。共に昼御飯を食べようとしていたポンドとアメジェスも、その光景に一瞬にして固まり、言葉すら失っていた。

「食後は手作りプリンも用意してるからー!」

「は、はぁ……」

 笑顔でプリンを見せてくるトゥーパに、マルクは短く頷くことしか出来なかった。

「お、おい、マルク」

 やっと自分を取り戻せた様子のポンドが、マルクの耳元に口を寄せ、トゥーパに聞こえないようにマルクへと問いかける。

「俺の目が確かであれば、あれは数日前、君をボロクソ言っていた高慢ちき魔女だと思うんが」

「うん、そうだよ。ポンドの目は正しい」

「じゃあ、なんだって急に、こんな展開に?」

 怪訝そうに眉をひそめ、ポンドが問う。

「いやぁ、それが俺も何がそんなにツボに入ったのか、よっくわかんないんだよねぇ」

 頭を抱え、困ったように答えるマルク。

「健康お野菜ドリンクも、作って来たのー!」

『は、はぁ……』

 さらに笑みを向けてくるトゥーパに思わずポンドもマルクと声を揃え、唖然と頷き返した。

「まぁ、良いのではないか」

 マルクのすぐ隣ですでにパンを頬張りながら、ルビィネルがそっと微笑む。

「そなたを認める者が一人、増えたのだから」

「認めるっていうか……」

 ルビィネルの言葉を受けたマルクが、ゆっくりとトゥーパの方を見る。ばっちりとその目が合うと、トゥーパはその頬を赤く染めた。

「やっだー、そんなに見ないでよ、マルク! 私、照れちゃう!」

「これは、ちょっと……」

 元気よく恥ずかしがっているトゥーパに、思わず声を失うマルクであった。




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