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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.2 黄の魔女は、認めない。
7/309

◇2

 全講義、終了後。レイール聖魔院、大図書館。

「うぅぅ~ん……」

 徐々に空も赤く染まり始めた夕暮れ時、マルクは一人、大図書館内の机に向かい、何やら分厚い本と険しい表情で睨み合っていた。吹き抜け二階建ての図書館は一階、二階、どちらにも机と椅子が並べられており、魔士や魔女が皆、本を手に勉強を行っている。

「調べ物か?」

「へ?」

 突然話し掛けられ、マルクが本から目を離し顔を上げる。すると、そこにはマルクが座る席のすぐ傍に立ち、マルクに微笑みかけるルビィネルの姿があった。

「ルビィネル」

「“養成学校生のための、六つの炎技”?」

 マルクの読んでいる本のタイトルを見たルビィネルが、戸惑うように眉をひそめる。

「ああ、養成学校の教科書。図書館に置いてあったから、読み直してみようかと思って」

 ルビィネルに答えながら、マルクが少し苦い笑みを零す。

「随分と熱心なんだな。昼間、一生使えないんだと嘆いていたわりに」

「嘆くのはもう、癖みたいなもんなんだよ」

 からかうように言うルビィネルに、拗ねるように口を尖らせるマルク。

「嘆くのは嘆くけど、でも、すぐに諦めずに、出来ることから少しずつやっていこうかと思って」

 口元を緩めて、マルクが穏やかに笑う。

「せっかく、お前がチャンスくれたんだし」

 微笑むマルクに、ルビィネルが少し驚いたような表情を見せる。だが、すぐにその表情は緩み、ルビィネルはどこか楽しげに微笑んだ。

「そなたは単純だな」

「放っとけ!」

 ルビィネルの言葉に、マルクが思わず怒鳴る。

「どうせ、俺は単純なんだよー。思考回路とか、三本くらいしか通ってねぇんだよー」

 視線を落としたマルクが、いじけるように呟く。そんなマルクを見て、ルビィネルがホッとしたような笑みを落とす。

「いや、三本も通ってないだろう」

「落ち込み中に、さらに凹ませるようなこと言うなって!」

 確信めいて言い放つルビィネルに、マルクが強く言い返す。

「そういや、なんでお前はここに?」

「共に帰ろうと思って探していた。一人で帰ると、道に迷う可能性が高いからな」

「偉そうに言うなよ」

 堂々と方向音痴宣言をしているルビィネルに、マルクが少し呆れた表情を見せる。

「けど、よく俺がここに居るってわかったな。図書館なんて俺、初めて来たのに」

「そなたとは魔紋で繋がっているからな。魔紋の波動を辿れば、居場所くらいすぐにわかる」

「へぇ~、そりゃ便利だな」

 右手の甲に刻まれた魔紋を見ながら、マルクが感心した様子で声を出す。

「じゃあ俺も、お前の居場所が感知出来るってこと?」

「ある程度の魔力がないと波動は辿れないから、そなたにはまず無理だな」

「あ、そう……」

 あっさりと言い放つルビィネルに、元気なく肩を落とすマルク。

「そうだ。マルク、ちょっと来い」

「え?」

 マルクの腕を掴み、椅子から立ち上がらせるように、引っ張り上げるルビィネルに、マルクが戸惑った表情を浮かべる。

「な、何だよ? 俺、今、勉強をっ……」

「教科書を読んでも理解出来なかったから、今、この状態なのだろう?」

 マルクの言葉を退け、ルビィネルが得意げに微笑む。そのままルビィネルに強く腕を引かれたため、マルクは机の上に読んでいた本を放り投げた状態で、ルビィネルと共に図書館を出た。講義が終わり、もうほとんど人通りのない中庭を進んで、各教室のある煉瓦の建物へと入る。廊下を突き進みルビィネルが向かった先は、昼間にブラッドスの講義を受けた第五演習室であった。

「演習室なんかに、何の用なんだ?」

「演習に決まっているだろう?」

 不思議そうに問いかけたマルクに当然のように答えたルビィネルが、掴んでいたマルクの腕を離し、マルクの右手へと自身の左手を伸ばす。

「これは前にも説明したな? 魔紋の刻まれた同士の手を重ね合わせることが、契約の合図」

 その言葉通りに、ルビィネルが魔紋の刻まれた左手で、魔紋の刻まれたマルクの右手を握る。

「契約すれば魔炎を共有出来るが、しばらくすれば共有の効果は途切れ、再度の契約が必要となる」

「しばらくって、どんくらい?」

「その時々だ」

「結構、曖昧なんだな」

 正確さに欠けるルビィネルの問いに、少々困った表情を見せるマルク。

「目醒めよ、我が赤炎」

 ルビィネルが凛々しく言葉を発すると、発せられた途端に、マルクはルビィネルと重ね合わせている右手から熱い、燃え上がるような何かが伝わってくるように感じた。その熱感は皮膚の外側からではなく、内側から、まるで血液内を流れるように伝わって来る。

「これが私が魔炎を解放する際の魔唱。そして契約により私の解放した魔炎は今、そなたと共有している状態だ」

 ルビィネルが握った手を軽く上げ、目の高さのところまで持っていく。

「どうだ? 何か感じるか?」

「んん~、何かすっごいホッカホッカするものが、血が流れるみたいに体中に広がってる感じがする」

「それが、私の魔炎だ」

 マルクの答えを聞いたルビィネルが、そっと微笑む。

「これが、魔炎?」

「そうだ。もっとホカホカを意識してみろ。そなたが魔炎を知ろうとすれば、やがて魔炎は、そなたの目に映る」

「魔炎を、知る……?」

 ルビィネルの言葉に促され、マルクが体中を駆け巡る、その温かいものへと意識を集中させる。すると最初は感覚だけであった温もりが、徐々にはっきりとしたものとして感じ取れ、やがてマルクの体全体を包み込む、赤い光の帯のようなものが見え始めた。その光を見て、マルクが少し驚いたような表情を見せる。

「これが、魔炎?」

「ああ」

 問いかけるマルクに、ルビィネルが大きく頷きかける。ルビィネルの周囲にも、マルクと同じように赤い光が見える。同じ光に包まれているということが、魔炎を共有しているということなのだろう。

「すごい。本当に見えた」

「次は、放出だ」

「へ? 放出?」

 ルビィネルのその言葉に、マルクが目を丸くする。

「お前、もしかして、俺に放出を教えてくれようとしてるのか?」

「それ以外の何に見えるのだ」

 今頃気付いたマルクへと、呆れた視線を送るルビィネル。

「そなたのような単細胞生物には、教科書に書かれた内容を理解し、かつ、それを実行する能力など、初めから備わっていない」

「ここ最近で一番、酷い悪口だわ」

 ルビィネルのあまりの言いように、マルクは怒鳴る気力も起きず、ただ呆れた表情を見せる。

「だから感覚で覚えろ。いいか? 今から、ここに魔炎を集中させる」

 そう言ってルビィネルが、マルクの右手を握る自身の左手を振り上げる。

「集中って……うわ!」

 マルクが言葉の意味を問う間もなく、二人の握り合った手のもとへ、二人の全身を包み込んでいた赤い光が集まっていく。集まった光はその眩さを増し、直視しては目が潰れてしまいそうなほどに輝き始める。集まった光は二人の手を包み、まるで炎のように揺らめき燃え上がる。そして集まったのは、光だけではなかった。

「熱ちちちち!」

 手を包む光から伝わって来る強い熱に、マルクが思わず声を上げ、その熱さから逃れようと、ルビィネルの手を離そうとする。だがルビィネルは強くマルクの手を握り締め、逃そうとしなかった。

「逃げるな!」

「逃げるよ! このままじゃ、火傷するだろうが!」

 強く言い放つルビィネルに対し、マルクも負けじと言い返す。

「魔炎を恐れる者に、魔炎は力を貸さぬ! 魔炎を……」

 ルビィネルが燃え盛る炎越しに、まっすぐにマルクを見つめる。

「私を信じろ! マルク・クラウド!」

 力強いその言葉に、逃げようとしていたマルクの手が止まる。逃げることを止めた途端、不思議と熱さはなくなった。いや、伝わる熱感はそのままだが、焼かれてしまうという恐怖がなくなったといった方が正しいかも知れない。

「それでいい」

 落ち着いたマルクを見て、ルビィネルが満足げに笑う。

「手に魔炎を集中させたまま、狙いを定める」

 ルビィネルが持ち上げた左手を、マルクの右手ごと前方へと突き出す。突き出した二人の手の前方には、演習で使われる大きめの藁の人形が立っていた。恐らくはあれを、狙いとしているのだろう。ルビィネルがその銀灰の瞳を、鋭く細める。

「狙いが定まったら、集めた魔炎を一気に放つ!」

「うわ!」

 突き出した手から魔炎が放たれた瞬間、マルクの右手を、後ろへと押し出されるような感覚が襲った。マルクの右手を弾き二人の手から飛び出した魔炎は、まっすぐに藁人形にぶつかり、一瞬にしてその姿を黒焦げにした。黒く焦げた藁が、細かく分解され地面へと崩れ落ちたその光景を見つめ、マルクが唖然とした表情を見せる。

「す、凄い……」

「これが、放出だ」

 ルビィネルはそう解説したが、今のそれはマルクの知る放出ではなかった。養成学校時代の授業でも、昼間の講義でも、藁人形を一瞬にして燃やし尽くしてしまうような、そんな放出を使う者はいなかった。今まで見て来たどの魔炎よりも、ルビィネルの魔炎が速く、強く、そして熱い。

「やっぱりお前って、すごい魔女なんだな」

 改めて感心した様子で呟くマルクを横目に、ルビィネルが少し口元を緩める。

「当然だろう? 私は、魔女の頂点に立つ者だぞ?」

「ハハ、それもそっか」

 自信満々の笑みを浮かべるルビィネルにつられるようにして、マルクも笑みを浮かべた。

「今の感覚を忘れないうちに、次はそなただけで放出を使ってみろ」

 そう言ってルビィネルが、マルクの右手から手を離す。

「俺だけで?」

「今のはあくまで、私が補助したものだ。魔紋の刻まれた手を重ね合わせている間のみ、私がそなたの炎技を補助出来る」

「じゃあこの前、“移り火”っていうのが使えたのも?」

「ああ。私が補助したからだ」

 腕を組んだルビィネルが数歩後ろへ下がり、マルクとの間に距離を取る。

「だが手を繋いだままでは動きも鈍るし、手を離されてしまっては成す術がなくなる。だから、そなた単体でも炎技を使いこなす必要があるのだ」

「成程、成程」

 ルビィネルの言葉に何度も頷いたマルクが、ルビィネルの手を離れた右手を、改めてじっくりと見つめる。手を離した後もルビィネルと共有している魔炎を、感じることは出来た。全身を包む光も消えずに見えている。

「えぇーっと、魔炎を右手に集中っと」

 右手を掲げたマルクが魔炎を集中させようと、真剣な表情を見せる。

「うぅ~~ん、うぅぅ~~ん!」

 集中していることを表しているのであろう唸り声だけは大きいものの、マルクの右手に、魔炎が集まっていく様子は一切ない。

「理解力と実行力だけでなく、集中力も備わっていないのか」

「うるさいわ!」

 深々と肩を落とすルビィネルに、マルクが思わず振り向き怒鳴りあげる。

「どうせ俺には、知力も体力も魅力も備わってないよ……」

「これがネガティブスイッチというものか」

 全身から陰湿な雰囲気を醸し出し、一気に暗くなっていくマルクを見て、どこか感心したように呟くルビィネル。

「演習室の無断使用は、処罰の対象よ?」

 入口の方から聞こえてくるよく通る女性の声に、マルクとルビィネルが同時に振り返る。

「ああ、すみません。すぐに出っ……って、あっ」

 相手を確認せぬまま、魔院の講師だと思ったのか、謝りつつ振り返ったマルクであったが、入口に立つその人物を見ると、言葉を止め眉間に皺を寄せた。

「お前、はっ……」

「それとも、処罰が希望なのかしら?」

 金色の巻き髪を手で振り払いながら、マルクへと冷たい笑みを浮かべたのはトゥーパであった。こっぴどくパートナーを断られ、そしてルビィネルとのパートナー契約をするきっかけともなった魔女。マルクにとっては因縁の魔女とも呼べる。

「何だ。また、そなたか」

 ルビィネルがどこか呆れたような表情で、軽く肩を落とす。

「先日の謝罪にでも来たのか?」

「ええ、そうね」

 あっさりと頷くトゥーパに、マルクが戸惑うように首を傾ける。

「ぜひ、謝罪してもらいたいわ」

「は?」

 トゥーパの言葉に、眉をひそめるルビィネル。

「あなたたちのせいで私、魔院の皆からなんて呼ばれてると思う? “陰険魔女”とか“暴言魔女”とか、もう散々よ?」

「事実ではないか」

「おい!」

 涼しげな顔で、トゥーパにも負けぬ暴言を吐くルビィネルに、マルクが思わず注意するように声を発する。

「ケンカ売ってどうするんだよ!」

「先にケンカを売られたのは、そなただろう? 腹が立たぬのか?」

「俺はああいうの言われ慣れてるから、今更、腹とか立たないんだよ」

「困ったものだな」

 マルクの主張を聞いたルビィネルが、少し険しい表情を見せる。

「あなたたちのせいで、もう私のプライド、ズタズタなのよねぇ」

 二人のやりとりを特に気にすることなく、冷たいままの微笑みを浮かべたトゥーパが、言葉を続けながら、ゆっくりとその細い右手を掲げていく。

「起きてぇ、私の黄炎おうえん

 その白い右手が、黄色の炎を帯びていく。

「だから謝罪して。あなたたちの、すべてで」

『……!』

 トゥーパから向けられる黄色く燃え上がる炎に、マルクとルビィネルは大きく目を見開いた。




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