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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.2 黄の魔女は、認めない。
6/309

◇1

 レイール聖魔院、院長室。

「随分と、軽率な真似をしたものですな」

 感心した口調で話しつつも、その表情はどこか呆れたような様子の、一人の白髪の老人。魔士たちの制服と似たような法衣を纏ったその老人が、机に両肘をついたまま、ゆっくりと顔を上げ、前方に立つ人物へと視線を送る。

「ルビィネル殿」

 院長室の中央に堂々と立っているのは、ルビィネルであった。院長室にはその老人とルビィネルの姿しかない。聖魔院のトップである院長を前にしているというのに、ルビィネルにかしこまった様子はなく、どちらかというと院長の方がかしこまっているように見える。

「今回の編入は、あくまで社会勉強の一貫。パートナーを組むことは厳禁、というのが条件だったはずです」

 院長が鋭い視線を投げかけるが、ルビィネルはまったく表情を変えずに飄々としている。

「それを初日から早速、しかも本結でパートナー契約を行ってしまうとは……」

「仕方ないだろう? 魔女に罵られている可哀想な魔士を、見て見ぬ振りなど出来なかったのだから」

 ルビィネルの白々しい言葉を聞き、院長が深々と息を吐く。

「もしこれが、フレイヤ側に知れたら……」

「ああ」

 大きく頷いたルビィネルが、どこか怪しげな笑みを浮かべる。

「だから知れないよう、くれぐれもよろしく頼むぞ。院長」

 不敵なその笑みを院長へと向け、魔紋の入った左手を軽く振り上げると、ルビィネルはあっさりと院長に背を向け、院長室を後にした。ルビィネルが去り扉が閉まると、院長が再び深く息を吐く。

「よろしいのですか?」

 どこからともなく現れた、院長と同じ法衣を纏った眼鏡の女性が、院長へと問いかける。

「構わん」

 女性の問いに、院長は手短に答える。

「パートナーは、あの最下級魔士だ。いくらあの魔女でも、何も出来まい」

 片眉を吊り上げた院長は、どこか冷たく言い放った。




 レイール聖魔院、第五演習室。

「だっから何度、言わせんだ! てめぇはぁ!」

 勉学の場であるはずの演習室に、荒々しい怒鳴り声が響き渡る。

「“放出”をやれっつってんだよ、“放出”を! こうポンっと、炎を前に飛ばすやつ!」

「だから、それが出来ないって言ってるだろ!?」

 演習室の中央で、他の魔士や魔女たちに呆れた視線を向けられながら、怒鳴り合っているのはマルクともう一人。紫がかった黒色の短髪に鋭い青色の瞳をした、妙に目つきも柄も悪い男であった。二十代後半くらいであろうか。魔士の制服は着ておらず、全身黒一色のシンプルな服装をしている。

「放出も出来ねぇって、どういうことだぁ!? 魔炎操作の基礎になる六つの炎技えんぎの中でも、一番簡単な技だぞ!?」

「出来ないもんは出来ないんだから、仕方ないだろ!? だいたい、それを教えるのが講師の務めだろうが!」

「んな簡単な技はなぁ、養成学校で習ってくるのが当たり前なんだよ! 特別手当出せ、コラァ!」

「出せるかぁ!」

「んだとぉ!?」

 徐々に熱さを増していく怒鳴り合いに、周囲から向けられる視線は徐々に冷めていく。

「はぁ」

 二人から少し離れた地面にしゃがみ込んだルビィネルは、他の魔士や魔女同様、怒鳴り合いを続ける二人に呆れた視線を送っていた。

「相変わらずみたいだねぇ~」

 すぐ横から聞こえてくる声に、ルビィネルが顔を上げる。

「よっ」

「そなたは、確か」

「ポンド・アラーネル。マルクとは、養成学校時代からの無二の親友! よろしくね、ルビィネルちゃん」

 馴れ馴れしい口調でルビィネルへと軽い笑みを浮かべながら、ルビィネルのすぐ横へと座り込んだのはポンドであった。

「そなたはまだ、パートナーがいないのだろう? 魔炎操作の講義には出る必要ないのでは?」

「まぁそうなんだけど、暇してるよりは最下級魔士くんの奮闘振りを見学しようかと思ってね」

 ルビィネルの問いかけに答えながら、ポンドが未だ怒鳴り合いを続けているマルクの方へと視線を向ける。マルクが突然、ルビィネルのパートナーとなったのは三日前。色々と問題はあるが、とりあえずパートナーの魔女を得ることが出来たマルクは、パートナーがいなければ参加出来なかった魔炎操作の実技講習に参加し始めたのだった。だが、マルクの最下級魔士としての実力は偽りなく、毎日、担当講師を怒り狂わせているのである。

「しかし、放出も出来ないとは」

「予想を上回る最下級ぷりっしょ? うちのマルクくんは」

 呆れを通り越したのか、感心するように言うルビィネルに、ポンドがどこか得意げに微笑みかける。

「あんたも凄い奴、パートナーにしちゃったねぇ」

「まぁ、じっくり進めばいいさ」

「進めばいいけどねぇ」

「どう? マルクは相変わらず?」

「おっ」

 ルビィネルとポンドが言葉を交わしていると、そこにアメジェスが姿を現した。

「お前も見学かぁ? アメジェス」

「まぁね」

「ってか、この講義、見学者多くね?」

 後方を見回しながら、ポンドがポツリと呟く。二人の怒鳴り合いを見つめている者たちは、主に講義に参加している魔士と魔女だが、その他にも講義には参加していない、魔女の集団や、魔士単独の者たちも多い。関係のない者がこれほど集まるのは、他の講義ではないことだ。

「パートナーの成り方が成り方だったから、注目を集めてるんじゃない? ただでさえ、話題の二人だし」

「まぁ最下級魔士とフレイヤからの編入魔女だもんな」

 アメジェスの言葉に、ポンドが納得した様子で頷く。ポンドからルビィネルへと視線を動かしたアメジェスが、ルビィネルへと右手を差し出す。

「自己紹介、まだだったわよね。私、魔女科の紫炎しえんクラスのアメジェス。マルクやポンドとは、昔からの知り合いなの」

「赤炎クラスに入ったルビィネルだ。よろしく」

 ルビィネルとアメジェスが互いに笑みを浮かべ、握手を交わす。

「随分と困らせてるみたいね、あのブラッドス先生を」

 アメジェスが、マルクと怒鳴り合っている講師の方を見ながら、感心したように呟く。

「まぁ魔炎操作の一流の使い手からしたら、放出も使えないマルクは、特殊生命体に見えるだろうな」

「一流の使い手?」

「ええ。このレイール聖魔院でも、トップクラスの魔炎の使い手よ」

「では、あの者は魔族なのか」

 マルクの前に立つブラッドスを見つめ、ルビィネルが少し眉をひそめる。

「あまり魔族らしくないな」

「確かに。ブラッドス先生って何か、ちょっと人間的だもんな」

「人間的というより、感情的でしょ」

 大きく頷くポンドの横で、アメジェスはあまり興味のない表情を見せる。

「どうせ俺なんか一生、放出使えないんだよぉ! この講義に出る資格もないんだよぉ、俺なんてぇ!」

「あ、ネガティブスイッチ入った」

 頭を抱え、叫び散らしているマルクを見て、ポンドが慣れた様子で言う。

「あぁーウゼ。おい、こいつのパートナー! 何とかしろ!」

 マルクと怒鳴り合っていた目つきも柄も悪いブラッドスが、ルビィネルを呼ぶ。

「すまない」

「いいえ」

 アメジェスに軽く謝ると、ルビィネルは立ち上がり、マルクとブラッドスのもとへと足早に歩いていく。

「お前、んな無能、パートナーにしてナメてんのかぁ!?」

「どうせ、俺なんか無能なんだぁ!」

「無能の方が、伸びしろがあるだろう?」

「俺なんか一生、無能なんだよぉぉ!」

 ルビィネルが加わっても、怒鳴り声が止むことはなく、まだしばらく講義は再開されそうにない。

「はぁ~あ、やれやれだなぁ」

 呆れたように肩を落としながらも、楽しそうな笑みを零すポンドの横で、アメジェスはどこか険しい表情で、マルクたちの様子を見つめる。

「んな顔するくらいなら、とっととパートナーになってやっとけば良かったのに」

「え?」

 横から入ってくるポンドの声に、アメジェスが少し驚いたような表情を見せる。アメジェスが振り向くと、ポンドは鋭い瞳でアメジェスを見ていた。

「誰にも取られないって思ってた? そんな余裕ぶっこいてるから、ぽっと出の魔女に持ってかれちゃったんだよ」

 挑発するように言うポンドに、アメジェスがあからさまに表情をしかめる。

「燃やすわよ……?」

「へぇへぇ、ごめんなさい」

 声を低くし、脅すというよりは本気の口調で言い放つアメジェスに、ポンドはあまり悪びれた様子なく平謝りし、その場からさっと立ち上がる。

「さぁーて、マルクもパートナーゲットしたことだし、俺も、俺が心に決めた魔女を口説き落としてこよっかなぁ~」

 両手を上げ伸びをしながら、ポンドが軽い口調で言い放ち、演習室の出入口へと歩いて行く。遠ざかっていくポンドの背を、アメジェスは険しい表情のまま見送った。やがて、ポンドが演習室から出ると、アメジェスがマルクとルビィネルの方へと視線を戻す。

「とにかく放出が出来るようになるまで、俺の授業出んじゃねぇ!」

「それは授業放棄なんじゃないのか?」

「どうせ俺なんか、授業する価値もねぇ男なんだよぉ!」

 まだ終わらない騒ぎの中、まだ頭を抱え嘆いているマルクを見つめ、アメジェスが険しかった表情を落ち着かせ、少し視線を落とす。

「ねぇ、今日も休み? トゥーパ」

 背後から聞こえてくる魔女たちの会話に気付き、アメジェスが後方を振り返る。

「最近、ずっとじゃない?」

「よっぽど堪えてんでしょ。あの二人が目の前で、本結契約しちゃったことが」

「トゥーパの高いプライドが、ズっタズタって感じだったもんねぇ~」

「あの二人のこと、魔院中で話題になってるし、しばらくは講義出てきにくいんじゃない?」

 会話をしている魔女は、マルクがトゥーパと衝突したあの日、トゥーパと共に居た魔女たちだった。恐らくはいつも行動を共にしているのだろうが、トゥーパ自身を心配している様子は特になく、噂話の一つのように、楽しげに話しをしている。

 魔女たちの会話を受け、アメジェスは何やら思うところがあるように、眉間に皺を寄せた。




「お前、聞いたか? フレイヤからの編入魔女の話」

「ああ。陰険魔女に絡まれてた最下級魔士を、パートナーにしちまったんだろ? しかも本結で!」

「すっげぇ思いきりだよなぁ! 俺、今日の講義見に行ったぜ!」

「いいなぁ! 俺も行けば良かった!」

 魔院の中庭を行く魔士の制服を纏った者たちが、楽しげに会話をしている。先程から、通る者すべてが、マルクとルビィネルのことを話題にしていると言ってもいい。魔士も魔女も関係なく、皆が二人に興味を示している。そんな皆の会話を、中庭の目立たぬ端のベンチに一人腰掛けたトゥーパは、不快な表情で聞いていた。

「何よっ」

 金色で彩られた美しい爪を伸ばした、真っ白な美しい右手を、トゥーパが、血管が浮き出るまで強く握り締める。

「あんな奴等……」


――――これで、マルクが魔院を辞める必要はないな? ――――


 思い出される、勝ち誇ったようなルビィネルの笑みに、トゥーパがさらに拳を握り締め、唇を噛み締める。マルクとの本結により嘲笑われるかと思ったルビィネルであったが、皆の反応はむしろ良く、妙にルビィネルを英雄視した。そのお陰で、二人がパートナーとなるきっかけを作ったトゥーパはすっかり悪者扱いされ、ルビィネルよりも嘲りの対象となってしまったのだ。周りの視線が痛く、講義に出ることも出来なくなった自分の現状を見つめ、トゥーパがまた怒りを沸き上がらせる。

「何なのよ……!」

 トゥーパが握り締めた拳を振り上げ、強くベンチへと叩きつける。

「ストレスは、お肌の大敵ですよぉ? 美しい魔女さん」

 前方から降り落ちて来る声に、トゥーパが不快感いっぱいの表情のまま、ゆっくりと顔を上げる。そこに立っていたのはサラサラとした茶色の髪に、大きめの金色の瞳の、まだ若い青年であった。魔士の制服を纏っている。青年は満面の笑みを浮かべているわりに、少しも感情の伝わって来ない、不思議な雰囲気を持っていた。

「一介の魔士ごときが、慣れ慣れしく私に話し掛けないで」

「はぁーあ。本当に気位の高い魔女さんだ」

 睨みあげて言い放つトゥーパに、青年が困ったように肩を落とす。

「どうして魔族っていう生き物は、こうも無駄にプライドの高い方ばっかりなんだろうねぇ。だから僕はいつもいつも……」

「私、今、機嫌が悪いの」

 長々と続きそうだった青年の言葉を、トゥーパが勢いよく遮る。

「燃やされたくなかったら、今すぐ、ここから消えて」

 脅迫めいたトゥーパのその言葉を聞いて、青年は怯えるどころか、どこか満足げに微笑む。

「貴女のその塔のように高いプライドを、傷つけた者たちが、許せないんでしょう?」

 試すように問いかける青年に、トゥーパの表情がかすかに動く。

「何が言いたいの……?」

 答えを急くように問うトゥーパに、青年が口角を吊り上げる。

「貴女のその“憂さ晴らし”、このボクにぜひ協力させていただけませんか?」

 うかがうように問いかける青年の右手から、黒光りした体に、四枚の羽根の生えた、鋭い赤色の瞳の、怪しげな一匹の虫が飛び出した。




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