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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.1 赤き魔女は、いとわない。
5/309

◇5

 自分の体を真っ赤な炎が包んだが、まるで熱さはなく、炎が消えたと思うと、そこはもう魔院の廊下ではなく屋外であった。何度か見回していると、見覚えのある場所であることに気付く。そこは魔院の建物の一つの、屋上であった。広い屋上の中心に、マルクとルビィネルが手を繋いだ状態で立っている。

「あ、あれ? 俺……」

「移動の炎、“移り火”。魔炎の一種だ」

「お前、また魔炎使って……! あっ」

 解説するように言うルビィネルに、言い返そうとしたマルクが、まだ繋いだままの手に気付き、少し頬を赤らめて慌ててルビィネルの左手を振り払う。自分の右手と振り払ったルビィネルの左手の甲に、同じ黒い紋様があることに気付き、マルクは眉をひそめた。

「これって……」

「“本結”のパートナー契約の証、“魔紋まもん”だ」

 紋様を見つめるマルクに気付き、ルビィネルが自身の左手の甲に刻まれた紋様を見せるようにしながら、マルクへと説明の言葉を投げかける。

「魔紋の刻まれた同士の手を重ね合わせれば、魔唱なしに炎を共有することが出来る。つまり、先程の“移り火”は私ではなく、そなたが使ったのだ」

「俺が、魔炎を?」

「ああ。これが本結の契約だ」

「本、結……」

 ルビィネルの口から放たれるその言葉に、一気に険しい表情となるマルク。先程のルビィネルとのやりとりや、ポンドの言葉はすべて現実で、マルクが夢を見ていたとか、そういったわけではないようである。

「マジ、かよ……」

 マルクが魔紋の刻まれた右手で、頭を抱える。

「なんでっ……なんで、俺とパートナー契約なんか、したんだよ!?」

 顔を上げたマルクがまるで責めるように、ルビィネルへと怒鳴りあげる。

「は?」

「“は”じゃない!」

 惚けたような声を出すルビィネルに、マルクがさらに声を荒げる。

「もし昨日のことで恩とか感じて、それで契約したっていうんなら……!」

「心配するな。そこまで恩に感じていない」

「それはそれで、どうだろ……」

 あっさりと答えるルビィネルに、引きつった表情を見せるマルク。

「そなたは魔士で、パートナーとなってくれる魔女を探していた。私は魔女で、パートナーとなってくれる魔士を探していた。だから契約した。何か問題があるか?」

「大有りだ、馬鹿野郎! さっきの会話聞いてなかったのか!? 俺は……!」

「“最下級魔士”」

 ルビィネルが発した自分の呼び名に、マルクが思わず表情をしかめ、言葉を詰まらせる。

「そうだよ。俺は、最下級魔士なんだっ……」

 ルビィネルから視線を逸らし、深く俯いたマルクが、苦々しく言葉を落とす。不名誉極まりない呼び名ではあったが、その呼び名は事実であった。

「魔士試験だって、試験官のミスで合格しちゃっただけだし、魔女九十九人にパートナー断られてて、魔院皆の、笑い者、で……」

 徐々に勢いのなくなっていくマルクの言葉を聞きながら、ルビィネルがそっと目を細める。

「だったら何だ?」

「何だじゃないよ! お前、彩炎の魔女になるんだろ!? 聖地マフレイヤに行くんだろ!? 昨日言ってたじゃないか! だったら何で俺と本結の契約なんか、したんだよ!」

 大したことではないと言わんばかりのルビィネルに、マルクは再び顔を上げ、畳み掛けるように次々と言葉を発していく。必死に叫ぶマルクを、ルビィネルは真剣な表情でまっすぐに見つめていた。

「俺とパートナーになったりなんかしたら、お前の夢が……!」

「叶わないとでも言う気か?」

 遮るルビィネルの声に、マルクが言葉を止める。

「そうだよ。俺みたいな最下級魔士とパートナー組んで、彩炎の魔女になんか、なれるはずっ……」

「何故、そう決めつける?」

 またマルクの言葉を遮ったルビィネルが、強い視線をマルクへと向ける。

「何故、踏み出してもいないのに、その足を止めようとする?」

 荒々しくはない落ち着いた声だが、その言葉はまるで、マルクを責め立てているようであった。

「何故、夢見てもいないのに、諦めるようなことを言う?」

 ルビィネルの銀灰の瞳が、マルクの瞳を突き刺す。

「何故、目指してもいないのに、“行ってみたかった”などと言うのだ? そなたは」

「あっ……」


――――俺も、行ってみたかったな……――――


 それは、昨日、聖地マフレイヤに行くと言ったルビィネルを前に、マルクが漏らした言葉であった。

「それ、は……」

 答えとなる言葉を見つけることが出来ずに、そっと俯くマルク。マルクは子供の頃からずっと、聖地マフレイヤに憧れていた。すべての炎が生まれたとされる始まりの場所を、いつか自分の目で見てみたいと思っていた。だがずっと思っているだけで、それを目指しはしなかった。行けるはずがないと、子供ながらにすでに決めつけていたからである。ルビィネルの言った通りであった自分に気付き、マルクがどこか悔いるように強く唇を噛み締め、拳を握り締める。

「そう、だね。目指してもないのに、“行ってみたかった”とか、俺に言う資格ないよな……」

 力なく呟くマルクを見つめ、目を細めたルビィネルは、静かに魔紋の入った左手を伸ばし、きつく握り締められたマルクの右手を取った。

「なら、今から目指せばいい」

「へ?」

 力強く右手を掴まれ、マルクが戸惑うように顔を上げる。

「今から、その足を踏み出せばいい。今から、夢を見ればいい」

 ルビィネルが口元を緩め、大きく微笑む。

「私が、そなたの夢も、一緒に叶えてやる」

 何の迷いもない、晴れやかな笑みを、ルビィネルが、マルクへと向ける。

「私と共に、マフレイヤに行こう! マルク・クラウド!」

「……!」

 天高く、空まで響き渡るほどの大声は、まるで誓いのようで、その言葉を向けられたマルクはただ、驚きの表情で、目の前のルビィネルの見つめることしか出来なかった。

「そ、そんな、ことっ……」

「というか、もう本結の契約をしてしまったんだ。そなたに残された道は、共に目指すか、ここで死ぬか、の二択だ」

「へ?」

 戸惑う間もなく、ルビィネルから突き付けられる現実。

「な、何だよ! それえぇぇぇ!」

 マルクの大きな声が、屋上から、青々とした空へと、響き渡った。



 百人目の魔女がくれた契約が、マルクのこれからの人生を、大きく変えることは、言うまでもない。



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