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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.8 朱の魔女は、奪えない。
46/309

vs赤炎騎士団 ◇3

「何? あの子。あのウザ魔士、別に何にもしてないのに、勝手に叫んで倒れちゃった」

 サファイが不思議そうに首を傾げ見つめるその先には、何もない地面に倒れ込んだサフィリンの姿があった。紫炎の空間に閉じ込められたサフィリンは、フランが手を振り払った途端突然叫びあげ、何の攻撃も受けていないというのに、そのまま気を失って倒れてしまったのだ。

「幻炎だ。魔炎で攻撃したという幻を見せて、気を失わせたんだ」

「へぇ~」

 シリングからの解説に、サファイが感心の声を漏らす。

「上級騎士相手にあそこまで幻惑を見せるとは、あいつもなかなかの者だな」

 シリングがフランへと視線を移し、そっと呟きを落とす。

「痛つぅっ」

 サフィリンを倒し終えたフランが左手の火傷が痛むのか、不意に大きく表情を歪め、その場に力なく座り込んだ。

「怪我が酷いのに無茶するからよ」

「アメジェス」

 すぐ傍へとやって来たアメジェスを見上げ、フランが苦痛の表情を一気に笑顔へと変える。

「どうだい!? この素敵かつ無敵な僕に、惚れ直っ……!」

「初めから惚れてないから、惚れ直しようがないわ」

 フランの言葉をあっさりと遮り、冷たく言い放ったアメジェスがフランのすぐ横へとしゃがみ込む。

「ほら、左手診せて。魔療水で手当てするから」

「すまない、我が魔女」

 透明の液体の入った瓶を取り出したアメジェスへ、フランが火傷を負った左手を差し出す。

「マルク・クラウドはどこだ?」

 フランの傷の治療を始めたアメジェスのもとへ、シリングがサファイと共に歩み寄って来て静かな口調でそっと問いかける。

「あの真っ赤な建物の中よ」

 アメジェスが赤炎棟を見据え、真剣な表情を見せる。

「あの中にルビィネルも居る」

「そうか」

 赤炎棟を確認し、シリングがそっと頷く。

「俺たちは先に行く」

「ええ。私たちもフランの傷の治療が終わったら、すぐに後を追うわ」

 互いに真剣な表情で、言葉を交わすシリングとアメジェス。

「あなたにこんなこと頼むのって、おかしいのかも知れないけれど」

 アメジェスがまっすぐに、シリングを見つめる。

「マルクのこと、お願い」

 願うようなアメジェスのその言葉に、シリングは頷くことも拒否することもなく、ただほんの少しだけ眉を動かした。

「行くぞ、サファイ」

「ええ」

 シリングが呼びかけサファイが頷くと、二人はそのまま赤炎棟へと駆けていく。

「マルク……」

 その後ろ姿を見つめながら、アメジェスはどこか不安げにマルクの名を呼んだ。




「“緑実火”!」

「“赤壁火”」

 ポンドの放った無数の緑炎の粒が、インディゴが自身の前方へと張った赤炎の壁にすべて受け止められる。受け止められた緑炎は、まるで吸収されるように赤炎の壁の中へと掻き消えた。

「お返ししましょう」

 インディゴが言葉を発しながら右手を動かし、壁を形成していた赤炎を一つの大きな塊へと変える。

「“赤業火せきごうか”」

 荒れ狂う赤炎の塊が、ポンドへと一気に駆け抜けていく。

「“緑壁火”!」

 ポンドもインディゴと同じように自身の目の前に緑炎の壁を作り出し、インディゴの放った炎の塊を受け止める。

「ううぅ!」

 だがその赤炎の勢いはあまりに強く、壁で受け止めた途端にポンドの両腕にも強い圧が掛かり、ポンドは思わず顔をしかめた。壁越しに押されるようにして、ポンドがどんどんと後退していく。

「ポン、ド……!」

「来んな、メル!」

 ポンドのもとへと駆け寄って行こうとしたエメラルディアを、ポンドが強く止める。その声にエメラルディアは足を止めたが、その無表情な顔には汗が流れ落ちていた。

「ただの放出じゃねぇっ」

「察しが良いですね」

 険しい表情を見せるポンドに、インディゴが不敵に微笑みかける。

「見せて差し上げましょう。我が華麗なる炎技を」

 得意げに言い放ったインディゴが、そっと右手を掲げる。

「“赤針火せきしんか”!」

「あっ……!」

 ポンドの受け止めていた巨大な赤炎の塊が、突然無数の小さな塊へと分解したかと思うと、その一つひとつが針のように鋭い刃となり、ポンドの張っていた緑炎の壁を突き抜け一斉にポンドへと襲いかかった。

「うあああああ!」

「ポンド!」

 無数の針を浴び後方へと吹き飛ばされていくポンドを、エメラルディアが必死に追いかける。

「グ、ううぅ……!」

 地面に背中を打ちつけたポンドが、苦しげな声をあげる。突き刺さった炎の針はすぐさま消えたが、突き刺されたポンドの体には傷が刻みこまれ、そこから赤い血が滲む。

「ポンド、大丈夫……? 略して、ポンダ?」

「あんま大丈夫じゃねぇかも」

 駆けつけたエメラルディアの手を借りながら、その場でゆっくりと上半身を起こすポンド。笑みこそ浮かべてはいるものの、その笑みには焦りの色が見えた。

「その程度ですか? 愚かなる魔士よ」

 構えていた右手を下ろし、インディゴが余裕に満ちた口調で語りかける。

「アハハ、さすがは上級騎士。お強いこって」

 少し頭を掻きながら、感心したように呟くポンド。

「当然です。我々魔族は、幼き頃から魔炎の戦闘訓練を受けています。そして、その魔族の中でも、より魔炎技術に優れた者のみが騎士となることを許される」

 誇らしげにインディゴが胸を張る。

「“魔女”という道具がなければ、魔炎を使うことすら出来ないあなた方とは物が違うのですよ」

「道、具……」

 インディゴのその言葉にエメラルディアの表情がかすかに揺れ動き、ポンドの肩を支える手に自然と力がこもる。


――――お前たち魔女は、私の偉大なる研究のための道具だ……――――


 魔炎研究の実験台にされていた頃のモルダバの言葉を思い出し、エメラルディアがわずかに表情をしかめ、視線を下方へと落とす。

「メル」

「え……?」

 優しい呼びかけにエメラルディアが顔を上げると、力の入ってしまったエメラルディアの手に重なるようにして、ポンドの傷だらけの手が乗った。

「思い出したくねぇことは思い出さなくていいって、言ったろ?」

「ポンド……」

 まるで安心させるように穏やかな笑みを向けるポンドに、エメラルディアが少し困ったように眉間に皺を寄せる。

「あんまレディーのこと、悪く言うもんじゃないぜぇ。上級騎士さんよ」

 エメラルディアから手を離すとポンドが再びインディゴの方を向き、傷だらけの体を少し重たそうにしながら、ゆっくりと立ち上がる。

「世の中には、その“魔女”のために、ヤールから遠路遥々、こんな所へ来る奴まで居るんだからさ」

「そうでしたね。あなた方の目的は確か、あの朱炎の魔女」

 思い出したように頷き、インディゴがどこか呆れたような表情を見せる。

「まったく人間のやることというのは、愚か過ぎて理解出来ません」

「理屈じゃねぇのよ」

 口角を上げ微笑んだポンドが、ゆっくりと上げた右手に緑色の炎を纏わせる。

「“一途”ってのはっ」

「まだ抵抗するおつもりですか?」

 魔炎を纏ったポンドに対し、特に焦った様子もなく大した身構えもないまま、インディゴが緩やかに問いかける。

「あなたと私の実力差は、十分に見せつけたつもりでしたが」

「あ、そうだったの? 俺、女の子はよく見てるけど男には興味ないから、全然気付かなかったなぁ」

「はぁ」

 軽い口調を続けるポンドに、インディゴが呆れたように深々と息を吐く。

「まぁ良いでしょう。わからぬというのであれば、何度でも見せつけて差し上げます」

 そう言ったインディゴが、まるで迎え入れるように大きく両手を左右に広げる。

「さぁ、どこからでもかかって来なさい」

「……じゃあ遠慮なくっ」

 余裕の表情で受け入れ態勢を取ったインディゴの姿を見て、そっと微笑んだポンドが、緑炎を纏った右手を素早く突き出す。

「“緑与炎りょくよえん”!」

 ポンドの右手に纏った緑炎が、ポンドの声と共に勢いよく飛び出したかと思うと、その緑炎はインディゴに当たることはなく、インディゴのすぐ横を通り過ぎ上空へと上昇すると、まるで煙のように掻き消えていった。

「はっ……?」

 予想していなかった緑炎の動きに、インディゴが思わず呆然となる。

「何をしているのです?」

 再びポンドの方を見たインディゴが、馬鹿にしたような笑みをポンドへと向ける。

「折角、攻撃を受けて差し上げようとしていたというのに、当てることすらも出来ないのですか? あなたは」

 インディゴの馬鹿にしたような口調が続く。

「いくら我々に劣る魔士とはいえ、ここまで酷いとはっ」

 そのインディゴの長々とした喋りは突然、インディゴの右頬が切り裂けたことにより止まった。

「えっ……?」

 頬に走るわずかな痛みに言葉を止め、戸惑いの表情を見せるインディゴ。インディゴがそっと頬に触れると、触れたその右手に赤い血が滲んだ。

「な、何っ……う、ううぅぅ!」

 インディゴが困惑し始めたその時、インディゴに強い風が吹きつけたかと思うと、その風がまるで意志を持っているかのように、インディゴの腕や足を勢いよく切りつけた。皮膚を切り裂かれ全身に痛みが走ると、インディゴが苦しげに表情を歪める。

「な、何だというのです!? 一体……!」

 傷ついた自身の体を見下ろし、インディゴが戸惑いの声をあげる。

「“風緑かざみどり”っ」

 聞こえてくるその声に、インディゴが引きつった表情のまま振り向く。そこには先程までインディゴが見せていたような、余裕の笑みを浮かべたポンドの姿があった。

「俺の炎技」

「炎技ですと? 愚かなことを! 風を操る炎技など聞いたこともないっ……!」

 声を荒げるインディゴのその表情には、先程までの余裕の色など一切残っていなかった。

「“他燃焼たねんしょう”って言ってね。自分を活性化する“自燃焼”と違って、放出で飛ばした魔炎で、自分の身の回りにあるものを活性化させて操るんだぁ」

 焦るインディゴへ、ポンドはいたって冷静に言葉を投げかける。

「俺のお得意炎技。よろしくねっ」

「愚かなっ」

 インディゴの口から零れ落ちた言葉が怒りからか、わずかに震える。

「何が他燃焼です! 風ごときを操ったところで、私の魔炎には勝てません!」

 怒りを押しだすように叫び、インディゴがポンドへと両手を突き出す。

「“赤針火せきしんか”!」

 先程の倍はあろう無数の針状の赤炎が、一気にポンドへと襲いかかっていく。だがポンドは迫り来る赤炎の針にも顔色一つ変えず、落ち着き払った笑みで右手を掲げた。

「緑の風よ、我が身を守れっ」

 歌うような軽い口調のポンドの言葉に導かれるようにして、淡い緑色の炎を纏った風が吹き抜け強い竜巻を起こすと、ポンドへと向かっていた赤炎の針を一本残らず掻き消す。

「んなっ!?」

 掻き消えた自らの赤炎に、驚きの表情を見せるインディゴ。

「さぁーてと、頼りねぇダチが待ってんだ。とっとと終わりにさせてもらうぜっ」

 驚いたままのインディゴへと、ポンドがそっと右手を向ける。

「“風緑”!」

 緑炎を纏った風の塊が、目にも留まらぬ速さでインディゴのもとへと駆け抜けていく。

「う、うわ、うわあああああ!」

 強烈な風に吹き抜かれ全身を切り裂かれると、インディゴは激しい叫び声をあげながら後方へと吹き飛ばされていった。そのまま力なく地面に倒れ込み、動かなくなる。恐らくは気を失ったのだろう。

「ふぅ、疲れたっ」

 その場に勢いよく座り込んだポンドが疲れを表情に出し、深く肩を落とす。

「お疲れ、ポンド……略して、オツポン……」

「ああ」

 座り込んだポンドのもとへと、エメラルディアが歩み寄って来る。すぐ傍にしゃがみ込み、じっと顔を覗き込んでくるエメラルディアに気付き、ポンドが不思議そうに首を傾げる。

「何? メル」

「ポンド、カッコ良かった……略して、ポンカ」

 ポンドをまっすぐに見つめ、エメラルディアが何の照れもなく言い放つ。

「そいつは、どうも。でも、そういうのは」

 エメラルディアの言葉を受けたポンドが穏やかに笑う。

「出来れば、抱き締める元気がある時に言って」



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