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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.7 赤き魔女は、惜しまない。
39/309

朱色の残像 ◇4

 翌日。朱炎を使ったことによる体のだるさも取れたマルクは、いつも通り魔院に行くことにした。部屋で眠っていても、あれこれと考えを巡らせては気持ちが塞ぎ込むばかりだったので、外に出たかったという気持ちもあった。

「あれ? 今のって最下級魔士じゃね?」

「珍しいな。今日はパートナーのあの魔女と一緒じゃねぇんだ」

「今日炎技演習にも出てなかったぜぇ? 休みなんじゃねぇのぉ?」

 マルクと廊下で擦れ違った魔士たちの会話が、徐々に離れていくマルクの背中に届く。

「それか最下級魔士に飽きて、フレイヤに帰っちまったとか?」

「おっ前、それ酷でぇ!」

「聞こえたら、どうすんだよ! ほら、行くぞ!」

 足早に去っていくその足音たちが小さくなっていくと、マルクがその場に立ち止まり、ゆっくりと後方を振り返る。遠ざかっていく魔士たちの背中を見つめた後、マルクはそっと視線を落とした。怒りが沸くことはない。嘲りの言葉など、マルクには慣れたものであった。


――――困ったものだな――――


 慣れたと言ったマルクに、いつかルビィネルが言っていた言葉を思い出す。呆れたように、だが案じるように、ルビィネルはその言葉をマルクへと向けた。

「あいつが居たら、言い返したりとかしたのかな……」

 小さな呟きを落とすと、マルクはまた体の向きを変えて廊下を歩いて行った。




 レイール聖魔院、第二講義室。

「マルクは?」

 次の講義を受けるため講義室へとやって来たアメジェスは、講義室の窓側後方に席を陣取ったポンドのもとへと歩み寄り、挨拶よりも先にそう問いかけた。ポンドの横にエメラルディアの姿はあるが、いつも共に居るはずのマルクの姿はない。

「さぁ?」

「さぁって……マルク、今日は魔院に来てるんでしょう?」

「ああ。朝、見かけたから居ることは居ると思うけど」

 眉をひそめるアメジェスに対し、特に興味のなさそうな様子を見せるポンド。

「サボりじゃねぇ? 朝の炎技演習にも来なかったし」

「サボり? マフレイヤ概論を? あのマルクが?」

 ポンドの言葉にアメジェスが益々、眉間に皺を寄せる。幼い頃から聖地マフレイヤに憧れていたマルクは、他のどの講義をサボっても、マフレイヤ概論だけは欠かさず出席していた。

「案外、プッツリ憧れが途切れちまったのかもなぁ。ルビィネルちゃんのこともあったし」

 悟ったように言うポンドに、アメジェスが複雑そうに表情をしかめる。

「やっぱり傍に付いててあげた方が、いいんじゃっ……」

「一人で考えたいこともあるさ」

 アメジェスの言葉を遮るようにして、ポンドがそっと言い放つ。

「一人で決めなきゃいけないこともな」

 窓の外へと目を向けたポンドはどこか、遠くを見るような瞳を見せていた。




 講義に出る気分でもなかったマルクは、魔院の建物の一つの屋上へと来ていた。この場所で言われたルビィネルの言葉を思い出す。勝手に本結の契約を結び、何故そんなことをしたのだと責めるように言ったマルクに、ルビィネルは何の迷いもなく笑顔で言い放った。自身の夢を叶えるため、マルクを利用するためだけの言葉であったのかも知れないが、あの言葉は鮮烈に、マルクの脳裏に刻まれている。右手の甲の魔紋と同じように。

「マルク!」

 呼ばれる名に、マルクが大きく目を見開く。


――――マルク!――――


 柵にもたれかかっていたマルクは、すぐさま体を起こし勢いよく後ろを振り返った。そこに赤い髪の魔女の姿を求めるように。

「あっ……」

 だがそこに居たのは、赤い髪の魔女ではなかった。

「トゥーパ」

「何よぉ? あからさまにがっかりした顔しないでよ」

 屋上の出入口から現れた金色の髪の魔女は、振り返ったマルクを見て不満げに表情をしかめる。マルク自身はそういうつもりはなかったが、どうやら思いのほか表情に出ていたらしい。

「また私のプライド、傷つけたわね?」

「ご、ごめん」

 口を尖らせながら歩み寄って来るトゥーパに、マルクが少し困ったような顔をしながら謝る。

「サボり?」

「うん。トゥーパも?」

「私は空き時間。はい、これ。トゥーパ特製、元気とやる気と正気が漲るジュース!」

「正気は漲らなくても、元から保っておくものじゃない?」

 トゥーパの説明に少し呆れたように微笑みながら、マルクがトゥーパからクリーム色をしたジュースの入った瓶を受け取る。

「どうしたのぉ? 今、マフレイヤ概論でしょ? マルクが聖地マフレイヤの講義サボるなんて珍しいじゃない」

「うん……」

 ジュースを一口飲みながら、マルクが歯切れの悪い答えを返す。

「何か今ちょっと、マフレイヤのこととか考えたい気分じゃなくてさ」


――――私がそなたの夢も、一緒に叶えてやる!――――

――――私と共に、マフレイヤに行こう! マルク・クラウド!――――


 共に行こうと言ってくれた、ルビィネル。誰もが笑ったマルクの夢を一緒に叶えると宣言してみせた、ルビィネル。夢を叶えることもなくフレイヤへと連れ戻されていった、ルビィネル。今は、ただ純粋にマフレイヤに憧れ、マフレイヤを目指す心境では正直なかった。

「ルビィネルのこと?」

 トゥーパがマルクの横に並びながら、マルクへと問いかける。その問いかけはすべてを知っているような、わかっているような言葉であった。恐らくアメジェスか誰かから、事情を聞いたのだろう。

「不思議なんだ」

「え?」

 マルクの言葉に戸惑うように、トゥーパが少し首を傾げる。

「あいつの言葉が、姿が、まるで炎みたいに鮮烈に、瞼の裏に焼きついて消えないのに」

 ゆっくりと顔を上げ、空を見上げるマルク。青い空を見上げていても、赤々と燃え盛る炎はすぐに思い出せる。もうこの手に纏う炎はなくとも、ルビィネルの魔炎に包まれた時のぬくもりは消えることなく憶えている。

「何の跡形もなく、あっという間に消えてしまうような、そんな気がして……」

 そのマルクの言葉を聞き、トゥーパがそっと眉をひそめる。

「ルビィネルのこと、全部夢だったと思えば思えなくもないかなぁとか、思ったりもしちゃって」

 マルクが屋上から遠く広がるレイールの景色を眺めながら、口元を緩め、困ったように微笑む。

「あいつ来てから色々ぶっ飛んだことばっかりだったし、現実というよりむしろ夢見てたって方が納得するっていうかさ」

 話を続けるマルクの声の音調が、徐々に低くなっていく。

「このまま時間が流れていけば、俺の中でルビィネルのことが全部、無かったことになるんじゃないかって……」

「怖い?」

 トゥーパの問いかけに、マルクの表情が曇る。

「それは、喪失感?」

 少し鋭い口調で、トゥーパがマルクの恐れの原因を問う。

「それとも、罪悪感?」

「……っ」

 別の言葉を投げかけるトゥーパに、曇ったマルクの表情がさらに揺れ動いた。忘れてしまうことが、恐ろしいのではない。忘れてしまう自分が、何事もなかったことにしてしまう自分が、無責任なように思えて、許されないような気がして怖いのだ。

「別にいいんじゃない?」

「え?」

 今のマルクを肯定するようなその言葉に、空を見上げていたマルクが少し焦ったようにトゥーパの方を振り向く。

「無かったことにしたって」

「け、けどっ……」

「でも私は、無かったことになんてしないから」

「へ?」

 遮るようなトゥーパの言葉に、マルクが戸惑うように目を丸くする。

「私の目の前でマルクがルビィネルとパートナーになった時の、あの悔しいって気持ちも、魔蟲に取りつかれて二人を襲った時の、あの情けないって気持ちも」

 過去を思い出すように空を見上げ、トゥーパが言葉を続ける。

「本当プライド、ずったずた。忘れたくても、忘れられる気しないもの」

 トゥーパが困ったような笑みを浮かべ、マルクの方を振り返る。

「私はきっと、ずっと憶えてる」

 何の躊躇いもなく晴れやかに、トゥーパが笑う。

「だから」

 トゥーパの青色の瞳が強く光る。

「例え、あなたの中で無かったことになったって、この私が無かったことになんてさせないわよ。マルク・クラウド」

「トゥーパ」

 釘を刺すように言い放ったトゥーパに、マルクが見せたのは困った表情ではなく、どこか安心したような笑顔だった。

「無かったことに、ならない?」

「当たり前! 人のプライド傷つけといて、誰がキレイサッパリなんて流してやるもんですかっ」

「そっか」

 当然とばかりに言い放つトゥーパに、マルクがまたその笑みを大きくする。

「無かったことに、しなくていいんだ……」

 そっと頷いたマルクはどこか晴れやかな笑みを浮かべ、広がる景色へと視線を移した。




 一日の講義を終えるというよりも、ほとんど参加することなく一日を終えたマルクは、空が徐々に茜色に染まる中、レイール聖魔院からヤールの屋敷へと帰って来た。

「ただいま」

「あ、お帰りなさいませ! マルク様!」

 マルクが魔士の制服のままリビングへと入っていくと、キッチンでエプロン姿のラピスラズが夕食の準備であろうか、あれこれと忙しそうに手を動かしていた。マルクの声に気付いたラピスラズが火を止め、野菜のいっぱい入ったカゴを両手で抱えてキッチンから出てくる。

「見て下さいませ。お隣の農家から、たっぷりのお野菜をいただいたんです。今日はこれで、野菜たっぷりのシチューをっ」

「ラピス」

「はい?」

 ラピスラズの言葉を遮るようにして、名前を呼びかけるマルク。話の途中であったがラピスラズは大きく笑顔を見せ、マルクの顔を覗き込んだ。

「あの、さ、聞きたいことがあるんだけど」

「はい、何でございましょう? 何なりと聞いて下さいませっ」

 少し躊躇いがちに呟いたマルクに、ラピスラズが迎え入れるように満面の笑みを浮かべる。

「あの」

「はい!」

「フレイヤって、どうやって行くの?」

「はっ……?」

 マルクの質問に表情を固まらせたラピスラズの両手から勢いよくカゴが落ち、床に大量の野菜がバラ巻かれる。

「あ、あぁ~、すみません! 思わず動揺がっ……!」

「ううん。俺こそ、いきなりごめん」

 慌ててその場にしゃがみ込み、野菜を拾い上げ、カゴの中へと戻していくラピスラズ。マルクも同じようにしゃがみ込み、その作業を手伝う。

「ラピス魔族だから、もしかしてって思ったんだけど、よくよく考えたら俺が物心ついた時からずっとヤールだし、フレイヤへの行き方なんて知らないよね」

「いえ、そこに動揺したのではなくてですね」

 結論付けたように言うマルクに、ラピスラズが野菜を拾う手を止め、少し困った表情を見せる。

「あの、マルク様」

「ん?」

「もしこのラピスラズが、フレイヤに行く方法をお教え出来れば、マルク様はフレイヤに行かれるおつもりですか?」

「うん、一応」

 あっさりと頷くマルクに、ラピスラズが唖然とした表情を見せる。

「それはルビィネル様に会いに行くため、と解釈してよろしいのですか?」

「うん、一応」

 またも頷くマルクに、またも唖然とするラピスラズ。

「“俺に出来るわけない”、“俺には無理だ”、“俺は何をやってもダメなんだ”、の、マルク様が?」

「俺、そんなネガティブなことばっかり言ってたかな?」

 マルクの口癖をマネするようにして問いかけるラピスラズに、マルクが思わず呆れた表情を見せる。

「変だよね。俺捻くれてるし、根暗だし、何に対しても後ろ向きなのにさ」

 最後の野菜をカゴの中へと戻し、マルクが手を止める。

「でも」

 顔を上げラピスラズの方を見たマルクが、そっと笑みを浮かべる。

「すごい何回も考えたけど、“このまま忘れよう”って選択肢には、一回も辿り着かなかったんだ」

 そう言って微笑むマルクを見つめ、ラピスラズが思わず目を見張る。

「パートナーいないから魔炎も使えないし、行ったところで最下級魔士の俺に何が出来るのかなんてわからないけど」

 少し視線を落とした後、またマルクが顔を上げる。

「でも俺、フレイヤに行きたい。行かなきゃいけない気がするんだ」

「マルク様」

 少しの後ろ暗さもなく穏やかに微笑むマルクに、ラピスラズもつられるように笑みを浮かべる。

「わかりました」

「え?」

 受け止めるように大きく頷くラピスラズに、マルクが少し首を傾げる。

「お教えしましょう。フレイヤへの行き方を」

「ラピスっ」

 ラピスラズのその言葉に、マルクが嬉しそうに笑みを零す。

「よっしゃ! そうと決まれば善は急げだぁ!」

「うわっ」

 リビングへと勢いよく入って来る声にマルクが驚き、左手で胸を押さえつける。

「ポンドっ」

「かぁ~! あのネガネガマルクに、あそこまで言わせるとはねぇ~! ビバ、一途!」

「一人で盛り上がらないの」

「アメジェスも」

 屋敷の住人でもないのに、ごく自然とリビングに姿を現したのはポンドとアメジェスであった。ゆっくりと立ち上がったマルクが、戸惑うように二人を見つめる。

「何? 二人ともどうしたの? 何か用?」

「私たちも一緒にフレイヤに行こうと思って」

「え!?」

 アメジェスの言葉に、マルクが大きな声で驚く。

「な、なんで!?」

「なんでじゃねぇよ。お前みたいなトロくさ、不器用、無能魔士一人で行ったところで、聖騎士団相手にどうにか出来るわけねぇだろぉ?」

「どうせ俺はトロいし、不器用だし、無能だよ……」

 折角前向きになってきていたというのに、ポンドの容赦ない発言に、マルクがまた陰気な空気を纏い始める。

「俺らがバーンとサポートしてやるって! な!?」

「私……マルクの助け、なる……略して、マルタ……」

「ハッハッハ! この矛のように力強く、盾のように安心感のある僕が付いて行くんだ! 大船に乗った気でいたまえ、最下級魔士!」

「ウザ過ぎっ」

 ポンドたちに続くようにしてエメラルディア、フラン、トゥーパの三人も姿を見せる。

「みんなっ……」

「あなたは最下級魔士かも知れないけれど、でも一人じゃないのよ。マルク」

 驚きのあまり茫然とするマルクに、アメジェスが優しく微笑みかける。

「ルビィネルの炎がないというのなら私たちが、あなたの炎になるわ」

「アメジェス」

 力強いアメジェスのその言葉に、マルクの表情から笑みが零れた。

「ありがとう、みんな」

 マルクが噛み締めるように、皆へと礼を言う。

「行こう、フレイヤへ!」

 マルクの大きな呼びかけに、皆が明るく頷いた。




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