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彩炎の魔女  作者: 千風
Flame.5 緑の魔女は、笑わない。
26/309

◇6

『うわあああ!』

「え……?」

 マルクが右手を振り払った途端、マルクへと向かっていた魔炎たちがマルクの右手に弾かれるようにして、放った本人のもとへと戻っていく。戻ってきた自らの魔炎を受けた男たちは、あっという間に全員後方へと吹き飛ばされた。あまりに一瞬の、だが予想もしていなかった出来事に、ルビィネルとモルダバがそれぞれ驚きの表情を見せる。

「な、何だ……?」

 後方の倒れ込んだ男たちの方を振り返り、戸惑いの声を漏らすモルダバ。

「“燃焼”で弾き返した、のか? それにしたって、あんな強い魔炎を何個も同時になんて……」

 ルビィネルも戸惑うように、マルクの背を見つめる。

「まぁいい。所詮は、ただの試作実験の結果共だ」

 切り捨てるように言い放ち、モルダバが再びマルクの方を見る。その間にもマルクは歩を進めており、モルダバとの距離を数メートルとしたところで、その足を止めた。マルクが向けるまっすぐな視線を受け、モルダバがあからさまに表情をしかめる。

「君も、私の尊い研究の邪魔をする気かね?」

「あんたに何が尊いかなんて、わかるはずがない」

 試すように問いかけるモルダバに対し、マルクははっきりとした口調で言い放つ。

「あんたには、この世で一番尊いものが見えてないんだから」

 マルクのその言葉に、モルダバが眉をひそめる。

「まったく、生意気なお坊ちゃんの仲間は同じように生意気というわけか」

 そっと微笑むモルダバであったが、その表情は明らかに引きつっていた。前方に立つマルクへと鋭い視線を向け、モルダバが右手を前へと突き出す。

「では仲良く灰になるといい」

 モルダバの口元が、そっと歪む。

「“赤突火”!」

 真っ赤な炎が、マルクへと迫り来る。だがマルクはまた逃げることなく、向かってくる魔炎を迎えに行くように自分の右手を突き出した。マルクの右手がモルダバの赤炎に接触した瞬間、炎が強く瞬いたかと思うと、次の瞬間、魔炎がマルクの味方をするように、マルクの右手に纏わりつく。

「何!?」

「あれはっ」

 その光景に、同時に目を見張るルビィネルとモルダバ。モルダバの放った魔炎を逆に右手に纏ったマルクは、勢いよくその場を駆け出していき、まっすぐにモルダバへと向かっていく。

「グ……!」

「モルダバぁぁぁ……!!」

 次の魔炎を放とうと身構えるモルダバに、マルクが魔炎を纏った右手を勢いよく繰り出す。

「ぐ、ぐあああああ!」

 モルダバが次の魔炎を放つ前に、マルクの炎を纏った拳がモルダバの左頬へと直撃する。拳の威力が相当のものだったのか、モルダバはすでに倒れている男たちよりも遥か後方まで、あっという間に吹き飛ばされていった。

「ハァ、ハァ」

 赤炎の消えた拳を下ろし、マルクが少し乱れた呼吸を零す。

「今、のは“転化てんか”に、“身体装纏しんたいそうてん”っ……?」

 そんなマルクの様子を、どこか茫然とした表情で見つめるルビィネル。

「高難易度の炎技を二つも? 奇跡、か?」

「んんっ」

「あっ」

 戸惑いきった表情で首を傾げていたルビィネルが、下方から漏れ聞こえてくる声に気付き視線を落とす。ルビィネルのすぐ傍の地面に倒れ込んでいたポンドが、ゆっくりとその瞳を開いたのであった。

「あれ? 俺っ……」

「気が付いたか」

「ルビィネルちゃん」

 声を掛けたルビィネルを、ポンドが戸惑うように見上げる。

「モルダバの魔炎による傷は魔療水で塞いだ。もう大丈夫だ」

「ありがと。助かったよ」

 ルビィネルへと笑顔を見せながら、ポンドがゆっくりと体を起こす。起こした途端ポンドは、目の前に広がる光景に何度も目を瞬かせた。

「え、えっ!? マルクが倒したのか!?」

「んー、まぁ私も原理はよくわからぬのだが……」

 驚きの表情で問いかけるポンドに、ルビィネルが歯切れ悪く答える。

「ク、クソっ……」

 マルクに殴られ、左頬を真っ赤に腫れ上がらせたモルダバが、今までで最も険しい表情を見せながら、その場で体を起こす。起き上がったモルダバを見て、眉をひそめるマルク。

「小癪な魔士が!」

「あやつ、まだっ……」

 同じようにモルダバを見つめ、ルビィネルが警戒するように身構える。

「最早手加減はせん! ここで全員、燃やし尽くしてやっ……!」

「そこまでだ、モルダバ」

 モルダバが再びマルクを攻撃するため立ち上がろうとしたその瞬間、凛々しく声が響き渡ったかと思うと、モルダバの周囲に何人もの人間が現れ、あっという間にモルダバを拘束した。

『あっ!』

 数名の従者を連れ、その場へと現れたその人物に、マルクたちが大きく目を見開く。

「お、親父!?」

 その場へと姿を見せたのは、ポンドの父ディルハムであった。

「な、なんで親父がここにっ……」

 戸惑うポンドになど見向きもせずに、ディルハムが拘束されたモルダバのすぐ前へと歩み寄り、高々とモルダバを見下ろす。

「貴様の違法実験の数々、その証拠品はすべて我々が押収した。この品共々貴様を、フレイヤへ引き渡す」

「ディルハムっ……!」

 モルダバが必死に顔を上げ、ディルハムを睨みつける。

「何故だ!? お前は……!」

「すべては貴様の尻尾を掴むため、資金援助をする振りをしていただけだ。私は貴様のことなど初めから、一瞬も信用などしていない」

「グ……!」

 はっきりと言い放つディルハムに反論の言葉も持たず、モルダバが黙り込み唇を噛み締める。

「連れて行け」

『はっ!』

 ディルハムの言葉に頷くと、従者たちは拘束したままモルダバを連行していった。倒れていたモルダバの研究結果である魔族の男たちも、従者により運ばれていく。その光景をどこか唖然とした表情で見つめるポンド。

「まったく、また勝手に家を抜け出して。こちらの計画が、お前のせいで狂っただろう」

 非難するような目で、ポンドの方を振り返るディルハム。

「お前が部屋で大人しくしておけば、すべては順調に片付いたんだ」

「だ、だって俺、親父がモルダバに誑かされて、トチ狂ったんだと思って……!」

「馬鹿を言うな」

 身を乗り出して訴えるポンドの言葉を、ディルハムがそっと遮る。

「私が、魔族など信用するはずがないだろう」

 ディルハムが何の迷いもなく、はっきりと断言する。

「じゃあポンドを軟禁したのは……」

「これに、これ以上勝手なことをさせないためだ。モルダバの奴もいい加減、痺れを切らす頃だろうと思っていたからな」

 マルクの問いかけに、ディルハムが振り向くことなく答える。

「痺れを切らせたのは、予想通りだったな。まったく、本当に手を煩わせてくれる」

「す、すみません……」

 呆れ果てた様子で言い放つディルハムに、ポンドはただ大人しく謝った。ディルハムが視線を動かし、マルクといつの間にかマルクの傍まで歩み寄って来ていたルビィネルの方を見る。傷を負っている二人を見つめ、そっと眉をひそめるディルハム。

「息子が世話になったようだな。礼を言う」

「え……?」

 ディルハムの思いがけない言葉に、マルクが戸惑ったような声を漏らす。

「だが、あの魔女にヤールから出て行けと伝えることは、忘れないように」

 釘を刺すようにそう言うと、ディルハムはあっさりと二人に背を向け、その場を立ち去っていった。従者もディルハムの後に続き、その場にマルクたち三人だけが取り残される。

「俺、ポンドの親父さんに対する見方、変わったかも」

「お、俺も……」

 思わず呟いたマルクに、しみじみと賛同するポンドであった。




 翌日。アラーネル家、ディルハム自室。

「じゃあ、モルダバはもうフレイヤに引き渡したのか?」

「ああ。フレイヤで正式に処罰されるだろう。実験台にされていた者たちも皆、フレイヤ政府が保護するそうだ」

「そっか」

 事の顛末を聞きにきたポンドが、ディルハムの言葉にホッとしたように肩を落とす。これでモルダバの研究も終わり、犠牲となる者も居なくなるだろう。

「これに懲りて、これからはもっと私の言うことを聞くんだな」

「悪かったって思ってるよ、今回は。反省してる」

 ディルハムからの小言に、ポンドがうんざりした表情を見せる。

「じゃあ俺、行くわ。もう魔院に行ってもいいんだろ?」

「ああ」

 ポンドがディルハムに背を向け、ディルハムの部屋を出て行こうとする。

「ポンド」

「ん?」

 扉を開けようとしたところで呼び止められ、ポンドがゆっくりと振り返る。

「お前が魔士になるというのであれば、それを止めはしない。だが友人は選べ」

 ディルハムの言葉に、ポンドが眉をひそめる。

「マルクの、こと?」

「あれは魔女の子だ。魔族も同然。魔族に関わると、ろくなことにはならん」

 はっきりと言い放つディルハムのその頑なな発言に、ポンドがどこか困ったように肩を落とす。

「俺、最初マルクと仲良くしたの、親父への反発だったんだよね」

 懐かしむように微笑むポンドに、ディルハムが訝しむように眉間に皺を寄せる。

「あれこれうるさい親父の言うことを、とにかく聞きたくなくて、そんな対抗心で俺は、マルクと友達になった」


――――俺、ポンド! 俺と友達になろうぜ? マルク!――――

――――えっ……?――――

 くだらない対抗心から、始まった友情。


「けどマルクは、そんな俺のくだらない対抗心にあっさり気付いて、なのに変わらず、ずっと友達で居てくれた」

 ポンドがまっすぐにディルハムを見つめ、そして誇らしく笑う。

「だからあいつは今の俺の、最高の友達なんだ!」

 何を気にすることもなく、堂々と言い放つポンドのその笑顔を見てディルハムが少し表情をしかめる。

「ってわけで、行ってきます!」

 笑顔のまま、軽く手を振り上げ挨拶を済ませると、ポンドはディルハムの部屋を出て行った。部屋に一人残ったディルハムが深々と肩を落とす。

「まったく、仕方のない息子だ」

 ディルハムのその言葉は、困ったような諦めたような、そんな呟きであった。



 同刻。アラーネル家、正門前。

「へぇー、じゃあ正式にレイールから承認してもらったんだ」

「うん……」

 マルクの言葉に小さく頷いたのは、エメラルディアであった。その首元には、今までなかったはずの緑色のリボンがしっかりと巻かれている。そのリボンはエメラルディアが“非公式の魔女”から、“公式魔女”になった証であった。

「魔院、にも……通、える……」

「へぇー、良かったな」

「ルビィ、頼んでくれた、お陰……」

「ルビィネルがぁ?」

 エメラルディアの言葉を聞いたマルクが、戸惑うようにすぐ横に立つルビィネルを振り向く。

「一日でそこまで手続き済ませるなんてお前、どんなパイプライン持ってんだよ」

「ま、まぁな。ハハハっ」

 少し疑うような視線を向けてくるマルクに対し、乾いた笑いを見せるルビィネル。

「けど、本当に良かったね」

「うん。良かった……」

 マルクからの呼びかけに、エメラルディアが深々と頷く。

「マルクたちの、お陰……あの時、マルクたち、ポンドのとこ、ポントに、連れて行って、正解、だった……」

「そういや、何で、俺たちを連れてってくれたんだ? ポンドから聞いたって言っても、話聞いたくらいじゃあ」

「マルクの話、する、時……」

 戸惑うマルクに、エメラルディアがゆっくりと言葉を紡いでいく。

「ポンド……一番、楽しそうな顔、してた、から……」

 思いがけないエメラルディアの言葉に、マルクが思わず口ごもる。

「清き友情だな」

「うるさい」

 からかうように微笑みかけるルビィネルに、マルクが少し照れ臭そうに言い返す。

「今朝、ポンド……すごく、嬉しそうだった。マルクの、お陰、だと思う……だから」

 エメラルディアがまっすぐに、マルクを見つめる。

「ありがとう、マルク」

「え……?」

 優しい微笑みを浮かべるエメラルディアに、マルクが思わず目を見開く。それは、感情を損失したはずのエメラルディアが見せた初めての笑顔で、その笑顔は何とも美しかった。

「あ、いや! あの、そのっ……!」

 無表情からの笑顔が何とも美しく、マルクは頬を赤く染め言葉をさまよわせる。

「ああぁー!!」

 そこへ、屋敷から出て来たばかりのポンドの絶叫が割って入った。

「なんで! なんで初めての笑顔が、俺にじゃなくてマルクになんだよぉー!!」

「え……?」

 すぐに笑顔からもとの無表情へと戻って、少し不思議そうに首を傾げるエメラルディア。頭を抱え込んだポンドは相当ショックだったのか、玄関先で座り込んでいる。

「俺、結構頑張ったのよぉ!? 俺の一途は、どこで報われたらいいのぉ!?」

「あのポンド、その、何かごめん」

 嘆くポンドに少し呆れつつも、謝罪の言葉を向けるマルク。

「ポンド……何、落ち込んでる……?」

「さぁな」

 エメラルディアに問いかけられ、ルビィネルはどこか楽しげに微笑んだ。


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